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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第96話 ツンノメリ

「おいおい。殺っちまったのかよ」


 喉元に噛み付いた狼が、頭と思しき狼の合図を受けその牙を外すと、血塗れの狼は地に頭を落とし、その儘動かなく成った。


 やはり番いで有ったのか、血塗れの狼が事切れると、母親と思しき狼は、一歩前へと駆け出した。が、それを頭と思しき狼が、低く唸って制すると、その場に留まった。


 頭と思しき狼が小さく吼えると、血塗れの狼を葬った二頭は、その声に応じて駆け寄った。


「何しやがんだ」


 二頭の狼は、駆けた勢い任せて、一頭の子狼を吹き飛ばした。


 これを目の当たりにした母親と思しき狼が、反射的に吼えたが、それも頭と思しき狼が唸って制した。


 吹き飛ばされた子狼に、二頭の牙が襲う。


 子狼は大きく口を開けて抗ったのだが、成狼と子狼。しかも、二対一。子狼は、まりの様に宙を舞い、悲しき吼え声を上げた。


「ふざけるな」

 ピリカは両手に抱えた芹を横に放ると、腰に下げた剣を抜き、子狼を襲う二頭に向かって怒声を浴びせ、地を蹴って飛び出した。


 自らに迫るピリカに気が付いた二頭は、子狼を襲うのを止め、ピリカに眼を向けると、即座にピリカの方へと駆け出した。


 ピリカとの距離が縮まると、二頭は飛んだ。一頭はピリカの喉元へと、もう一頭はピリカの足元へと、その大きく赤く裂けた口の中から伸びる白い牙を奮った。


 ピリカが体を捌くと、二頭の牙は空を噛んだ。


 その刹那、ピリカは、眼の前を通り過ぎる喉元を狙った狼の横腹に、剣先を突き入れた。


 宙を舞う狼は、吼え叫ぶと、腹から血を噴き出し、地に落ちた。


 ピリカは足元を狙った狼に視線を向けると、剣を振って剣身に纏わり付く血液を浴びせ掛けた。


 腹を裂かれた狼は後ろ脚を動かす事が出来ず、前足で必死にその場から逃れようと足掻あがいたが、腹からは血液のみならず、腸も溢れている。ピリカが血を浴びせた狼と対峙している間に動かなくなった。


 ピリカは五年前とは違った。


 形名が斑鳩で学問を積み上げている間に、ピリカは毛野の森で狩りの腕を磨いた。狼とは幾度か獲物を巡って争った。だから、自信と余裕が有った。


「御前は仲間を殺っとるんじゃ、死んだって仕方ねぇ。恨むなよ」

 辺縁視野で狼の死を確認し、ピリカは呟いた。


「なぁ、もう良いじゃろ。子供を虐めんな。そいつを連れて、仲良く森へ帰れ」

 突き飛ばされてた子狼は、うずくまって、小刻みに震えて居た。


 ピリカが血を浴びた狼に話し掛けて居ると、頭と思しき狼は、牙を見せ、低く唸り乍ら、前へと歩み出した。頭と思しき狼は、蹲る子狼の横を敢えて通ると、鼻先を子狼に押し当て、邪魔だと言わんばかりにち上げた。


 子狼は宙に浮き、地に身体を打ち付けた。


「酷でぇ事をすんな。そいつが何をしたっちゅうんじゃ」


 頭と思しき狼は、血を浴びせた狼の横に来ると、低く唸り、三回短く吼えた。


 この吼え声を合図に、血を浴びせた狼はピリカの後ろ側へと回り込み、高く、大きく、短く、吼え続けた。


「五月蠅せぇ」

 ピリカが発すると同時に、頭と思しき狼がピリカへと飛び掛かった。


 ピリカは、牙を剥いて飛び掛かる狼の顔に向けて剣を薙いだ。


 頭と思しき狼は、それを寸でで躱した。


 糞っと、ピリカは思うや否や、前へとつんのめった。


 後ろに回り込んで居た狼が、ピリカの左足に喰らい付き、後ろへと引っ張ったのだ。


 頭と思しき狼の策で有った。


 ピリカは、足に喰らい付く狼によって、後ろへ、後ろへと引き摺られ、そこへ向けて頭と思しき狼の牙が襲った。


 ピリカは、うつ伏せの儘、我武者羅がむしゃらに剣を振るった。


 そんな剣が狼に当たる訳が無い。


 ピリカは仰向けと成ると、身体を起こして、足を引っ張る狼の顎に向けて剣を薙いだ。


 狼はそれを避ける為に、咄嗟に口を開け、後ろに飛んだ。


 ピリカは、この機を逃さず、横に転がり、二頭の狼が面前の視野に入る様に間合いを取った。


「危ねぇじゃろ。善くも遣って呉れたな」


 ピリカは、血を浴びせた狼が後ろに回ろうとする度に、それに合わせて後退り、終には、沢に落ちる崖を背にした。


「これで後ろにゃ回り込めんじゃろ」


 しかし、それも難儀で有った。崖の前で、二頭を相手にせねば成らぬ。度重なる二頭の攻撃に、致命傷には至って居らぬが、ピリカは傷を負い、体力も尽き始めた。


 ピリカが血を浴びせた狼の攻撃を避け、一瞬出来た隙を、頭と思しき狼は逃さなかった。


 ピリカに飛び掛かって地に倒し、馬乗りと成った。


 ピリカは、自らの喉元へと向かう牙を剣で防いで堪えた。


 そこに、血を浴びせた狼が、ピリカに重ねて馬乗りに成ろうと、高く飛んだ。


 その刹那、茂みの奥から空を裂く一閃が走り、血を浴びせた狼の首を貫いた。


「何をもたもたして居るんじゃ。早う、芹を持って来んか」

 茂みから若古が現れた。

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