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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第93話 カブツチ

「形名公よ。大王より剣が下賜され賜うた。以後、儀礼の際にはこの剣をびて来朝する様に」

 蝦夷が告げると、顔を伏せた形名の頭前に、金糸、銀糸で刺繍の施された鮮やかな袋に包まれた剣を乗せた三方さんぽうが置かれた。


 形名は、両腕を広げて剣を手にすると、顔を伏せた儘、

「有難き仕合しあわせ」

 と剣を頭上に掲げた。


「形名公、以上だ。退き給え」


はい

 と形名は、剣を掲げた儘、頭を伏せ、両膝を摺って、部屋をにじり退いた。


 国造への任命の儀式を終えた形名は、国子と皆麿と共に、車持の館へと帰って来た。


「なあ、形名君。大王の御顔を拝謁したのか。どの様な御姿で有った」

 皆麿は急いて問うた。


「観ては成らぬと言われて居ったが故、観ては居りませぬ」


「少しもか。少しくらいは」


「否、全く」


 皆麿が執拗に問うて居ると、

い加減に為され。大王を直接拝すは、太陽を直接観るが如し。その眩しさに眼が眩み、その真の御姿を拝する事など出来ぬ。そして、大王に向けておもてを上げる行為は、儀礼違反。儀礼違反は咎。咎は一族に及ぶ。皆麿よ。決してその様な考えを持つで無い」

 と国子が諭した。


「なあ、鎌子君。その袋の中。剣は、剣は観ても良いので有ろう」


「国子様、それは宜しいのですよね」

 形名が確かめる様に伺った。


「勿論。今後、其方様は公の場に於いては、常にその剣を佩びて居らねば成りませぬ。それは、其方様が大王により国造に任ぜられた証。公に大王の威信を示す為の剣ぞ」


 形名は剣の納められた袋を手にすると、房紐ふさひもを解いて、袋口を手繰たぐった。


 最初に袋から顔を出したのは、黄金こがね白銀しろがねで装飾された拳状の柄頭つかがしらで有った。


 この特徴的な柄頭は、頭槌かぶつちと呼ばれた。「かぶ」は塊を、「つち」は槌を意味するのだと言う。頭槌の剣の伝承は神代に遡り、古事記に見られる。記には、神武東征に於いて、忍坂おさかで土蜘蛛を討つ際、「美都美都斯みつみつし 久米能古賀くめのこが 久夫都都伊くぶつつい 伊斯都都伊母知いしつついもち 宇知弖斯夜麻牟うちたしやまむ」、「美都美都斯みつみつし 久米能古良賀くめのこらが 久夫都都伊くぶつつい 伊斯都都伊母知いしつついもち 伊麻宇多婆余良斯いまうたばよらし」との記述が有り、「久夫都都くぶつつ」が、頭槌に当たる。因みに、この二つの記述の意は、各々、「久米氏の兵達が頭槌剣や石斧を持って撃って仕舞うぞ」、「久米氏の兵達が頭槌剣や石斧を持って今撃って仕舞えば良い」で有る。


「おおっ」

 眩い見事な金銀細工に皆麿は声を漏らした。


 続いて、銀糸ぎんしで巻かれた柄が姿を現した。


「んっ」

 皆麿は息を飲んだ。


 形名は、更に袋を手繰って佩緒はきおが顔を出すと、そこを掴んで剣を袋から一気に取り出した。


 黒革で巻かれた鞘に飾られた、銀と金の金物が光を反して居る。


 形名は柄に手を遣ると、剣を抜いた。無反りの片刃剣が姿を現し、光に翳すと、刃に沿って白い輝きが走った。


 皆麿は言葉を失った。


「見事な剣ですな」

 口角を上げた国子は、

「大王によって遣わされた毛野の王の証。決して粗末に扱っては成りませぬ」

 と真顔に戻って、形名を諭す様に、釘を刺した。


「はい」

 形名は、剣を鞘に戻すと、そっと床に置いて、両膝を揃えて座し、手を着いて剣に一礼した。


「凄い、凄いよ、形名君。王の証。王か、王に成ったんだよな。そっか。もう、学友では無いから、君では無く、様と御呼びせねば成らぬのか」

 皆麿は寂し気で有った。


「止めて下さい、皆麿君。今後も、君で呼んで下さい。様だなんて恥ずかしいですよ」


「そっか、そうだよな。形名君」


「成りませぬ」

 国子が、低く、やや大きな声で、割って入った。


「は、はい」

 皆麿はうつむいた。


「国子様」


「形名様、今後は、それも成りませぬ。吾等、車持一族は、毛野公の臣下に御座ります。ですから、一族の長としての敬称は、殿でお願い致します」


「は、はい」

 形名は少し困った。


「形名様。今後は、毛野の王としての自覚を持ち、王としての振る舞いをして頂かねば成りませぬ。呉れ呉れも、御気を付け願います様に、宜しく御願い致します。それと、此度の毛野国造任命の儀に就きましては、既に、吾の方から、和気殿へ伝令を発して御座います。毛野の国造と成ったからには、何時迄いつまでも、斑鳩で学んで居る訳にも御座りませぬ。国にて、和気殿が代行為されて居った国造としての役務を、形名様が果たさねば成りませぬ。和気殿には、役務を引継ぐ支度が整い次第、返事を返す様にと御願いして御座いますので、形名様には、帰国の準備を整えて頂かなくては成りませぬ」


「えっ」

 形名は突然の事に驚いた。


「形名君は、帰って仕舞うの」


「君では御座りませぬ。確と気を付け為され、皆麿」


「はい」

 皆麿は俯いた。


 それから約一月。弥生に入り、形名は斑鳩を発って、毛野へと向かった。


 鎌子も斑鳩を去り、斐の紹介で、飛鳥に開かれた、旻の学堂で学ぶ事と成った。


 また、皆麿も法輪寺を去り、商人あきひととして各国を廻った。

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