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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第88話 カゲフタツ

「日が暮れたな。そろそろ酉の初刻か」

 黒雷丸が小屋の外を覗いた。


「行こうぜ。黒」

 先程まで弱って居たとは思えぬ程に、嬉々とした声で、若雷丸が戸外に飛び出た。


「あぁ、畜生。衣、直んねぇかな」

 気にする若雷丸に、


「命が有るだけでも若雷神に感謝せねば。それ程迄に、あの、建御雷之男神は強い。故に、如何しても、あの男は雷に必要だ」

 と黒雷丸。


「気に入んねぇな。あの餓鬼ゃ」


「まぁ、そう言うな。あの能力が手に入れば、俺ら雷は土地を手に入れ自由に暮らす事が出来る。否、俺等を賤民へと追い遣った倭王権連合をぶっ潰す事だって夢じゃねぇ」


「建御雷之男神ってのは、そんなに強ぇんか」


「ああ、幾多の島々より成るこの国を、古より治めて来たオオナムチの一族を、武力で討ち滅ぼしたのがタケミカヅチの一族。そのタケミカヅチの一族の始祖神が建御雷之男神なのだ。国を統べる力がある」


「黒は良く知ってんな。そう言う昔話」


「そうさな。本当か、嘘かは、分からねぇが、死んだじいの話によると、俺の一族は、タケミカヅチの一族に追い遣られた、オオナムチの一族の末裔だって言うんだ。だからよ、土地も何も無えんだと」


「そ、それじゃあ、あの餓鬼ゃ敵じゃねぇかよ」


「だがな、死んだばあが言うにはよ、俺の一族は、元々、三野と斐陀の国境くにざかいに結構広い土地を持って居ったらしいのだ。それを爺が博打で擦って、失っちまったんだとよ」


「おい、黒の爺は嘘付きの博打打ちって事か」


「分かんねぇ。ただ、爺は優しかった。そして強かった。この剣。爺の形見なんだ。これでよ。俺を背負いながら、あっという間に、熊を殺っちまうのさ。見事な腕前だった。身震いする程にな」


「おい。黒みたいな、でっかいの背負って、熊を倒すなんざ。化物だな。御前ぇの爺さん。凄げぇよ」


「なぁ、俺だって、餓鬼の頃は」

 黒雷丸は、眼を細め、顎髭を撫でて空を見遣ると、

「否、まあ、良いさ。兎に角、その後、倭の奴等には、道奥の戦に、一族総出で駆り出され、挙げ句、奴等は、約束の糧を、一切、寄越しやがらなかった。長引く戦で、一族の大半は飢えて死んだ。死肉も喰った。そう。俺は爺の肉を喰った。そして、この剣を受け継いだ。倭。俺には、倭を潰す理由わけがある」


「黒。何か、御免」

 若雷丸は眼に涙を浮かべ、溢れる前にそれを拭った。


「良いんだ。若。これが俺の人生。雷に入って居る者は、皆、心に幾筋のも傷を持って居るで有ろう。其方も含めてな」

 黒雷丸は顎髭に触れて微笑んだ。


 黒雷丸と若雷丸は、新羅船の停泊する難波津の波止場へと駆けた。


・・・・・・・・・・・・・・・


「国忍様。真に、この鍵で宜しいのでしょうか」

 新羅船へと向かう道中、風天丸が国忍から手渡された鍵先を見詰めた。


「それは、其方と吾とが同時に指し示した鍵。それ以外の鍵を選ぶ道理なぞ有るや」


「そうでは有りますが」


「なあ、風天丸。もし、この鍵が錠に合わなかったら、一暴れして、華と散ろう」

 

「国忍様。散る必要なぞ有りませぬ。適当に暴れて、逃げて仕舞えば良いでは有りませぬか」


「高向の家を捨てろと」


「はい」


「一族を捨てて、何処で生きるのだ」


「東国でも、否、儂の故郷、道奥の阿尺あさかにでも逃げて、生き延びれば良いでは有りませぬか」


「吾に賎民に堕ちろと」


「何を仰りますか。蝦夷は誇り高き戦士。賎民等では有りませぬ。儂と共に、蝦夷として生きれば良いでは有りませぬか。国忍様なら、見る間に族長にも成れましょう」


 国忍は呆れた様に、首を振った。



 それから暫く、二人は無言で、波止場へと歩んだ。



「国忍様」

「あぁ」


 風天丸と国忍は、新羅船の前に立つ、大小の影二つに気が付いた。


「随分と待ちましたよ。国忍殿」

 黒雷丸が、丁寧に頭を下げ、笑顔を向けた。


「何の御用で」

 風天丸が、国忍を護る様に、黒雷丸と国忍の間に立った。


「布団丸。御前ぇに用はねぇんだよ」


「布団」

 風天丸が、若雷丸を睨み付けた。


「若」

 黒雷丸は低い声で制した後、

「済まぬ。済まぬ。風天丸殿」

 と、風天丸に笑顔で会釈をした。


「で、何用だ」

 国忍は、黒雷丸と若雷丸へ、交互に視線を移した。


「鍵を」


「鍵」

 国忍には、黒雷丸が発した言葉の意味が掴めなかった。


「ですから、鉄の取引の為の鍵を持って参りました」

 と、黒雷丸が懐に手を入れると、


「何だと」

 国忍と、風天丸は、剣の柄へと手を遣った。

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