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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第86話 クグツ

「それは駄目だ」


「何がだ。貴様の暗雲に、吾が雷光は相性が良い。故に、貴様は、吾には勝てぬ」


 黒雷丸は、一つ大きく笑うと、返した。

「当にその通りだ。だがな、其方。俺を殺って、術を止めようと思うて居るで有ろう」


「そうだ」


「それが駄目だ。術は止まぬ。それと、其方。あの娘。気を失えば、首を絞めるのを止めると思うて居らぬか」


 図星で有った。


 鎌子は、口から泡を吹く与志古を見て、与志古が直に気を失って仕舞うで有ろうと信じて居た。気を失えば、力が抜ける。力が抜ければ、手が外れる。


 尋常の理である。


「あの娘。既に気は失のうて居る。だが、観てみ成され」


 鎌子は、後ろを振り返り、与志古を観た。


 全身を青に染めた与志古は、身体を痙攣させ乍らも、未だ、自らの首を絞め続けて居た。


「与志古媛君」

 鎌子は、与志古の元へと駆け寄ると、剣を捨てて、与志古の手を引き剥がそうと両の腕に精一杯の力を込めた。


――動かない。

 女子おなごの与志古の腕は微動だにしなかった。

 鎌子は、何度も、与志古の腕を引っ張った。

 引っ張る腕に、与志古の身体が付いて来て、絞める手が首から離れる事は無かった。


「糞」

 鎌子は、放った剣を両手で掴むと、

「雷光」

 と発し、剣を稲光で包んだ。


「何をする」

 黒雷丸は呆気に取られた。


 鎌子が、横たわる与志古の横で、剣を振り上げると、剣先からは無数の稲光が天へと放たれた。

 天を切り裂く無数の稲光は、上空で渦を巻くと、一つの螺旋の光の束と成って、与志古へ向けて天を下った。


「頼む。建御雷之男神」


「良いのだな。その娘の眼が見えぬ様に成っても」


 光の渦は、与志古の頭部に向かって細く伸び、面前で弾けて光の糸が四散すると、与志古の両目を渦に巻き、与志古の中へと入って行った。


 自らの首を絞めた姿勢で硬直する与志古の身体は、大きく弓形ゆみなり、宙へ浮き、音を立てて、地に落ちた。


 地に落ちた衝撃で、自らの首を掴んでいた与志古の腕は解かれ、与志古は四肢を投げ出して仰向けと成った。


「与志古媛君」

 鎌子は、地に膝をついて、与志古の胸に耳を当てた。


――止まって居る。


「建御雷之男神。如何成る事だ」


と、強過ぎたかのう」


巫山戯ふざけるな」


「大丈夫。其方も観たで有ろう。糸の如く細き稲光を。あれで死ぬ者は居らぬ。心の臓を数度叩けば、戻る筈だ」


「分かった」

 鎌子は、与志古の胸元に手を当てて、心の臓の位置を確かめた。


 すると、

「ねえ、鎌子君。何処を触って居るの」

 と、与志古の右手が、鎌子の左頬を捉え、良い音を奏でた。


「眼は、眼は見えて居るのか」

 鎌子は、左頬を摩り乍ら尋ねた。


「見えて居るわよ。じゃなきゃ、叩けないじゃない」


「それもそうだ」

 鎌子は安堵した。


「それは駄目だ」

 鎌子の成した技を見届けた黒雷丸は顎鬚を摩った。


「残念だが、其方の術は解けた。そして、其方の暗雲が、吾、雷光の前では無力で有る事が示された。なぁ、既に鍵は返したのだ、この儘、吾等を帰らせて呉れ。其方等の仲間に成るとの話は、無かった事とさせて頂く」


 鎌子は、与志古に手を差し伸べるて、

「さあ、帰ろう。皆が心配して待って居る」

 と、引き起こした。


「あの女達の所へ」


「否、もう津へは戻らぬ。皆とは補の待つ野で落ち合う事と成って居る。そこへ行こう」


「おい、おい、まだ終わっては居らぬぞ。其方、最早もはや、技は出せぬで有ろう。其方にも闇を潜ませ、俺の傀儡くぐつとし、雷の仲間と成って頂く。良い能力だ。建御雷之男神は」


「嫌な事だ。断る」


「力づくで連れて行くまでだ」

 黒雷丸は大きく息を吸い込むと、

「暗雲」

 と息を吐きだした。


 鎌子は、剣を中段に構えて、黒雷丸の口から流れ出る黒い煙を迎えた。


――ここ迄で有ったか。

 鎌子が、覚悟を決めると、


「先程の技は、相当に力を抑えて居ったが故、あの闇を切り裂く程度の原動霊力は残って居る。だが、これが本当に最後だ」

 と、建御雷之男神が伝えた。


 黒雷丸が吹いた黒煙が、鎌子と与志古の周囲を包んだ。


 与志古は闇の力で、気を失った。


「雷光」

 鎌子が唱え、剣を薙ぐと、一瞬にして周囲が明るく成り、黒雷丸の術は消失した。


「あらら、俺のも尽きたか」

 黒雷丸は、顎鬚を触って、目尻を下げた。


「何が可笑しい」


「だから、駄目だと言ったで有ろう」


「何がだ」


「その娘の闇。真に消えたと思うか」

 黒雷丸は満面の笑みを蓄えた。

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