表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
85/121

第85話 タガエル

「吾、持ってないわよ」


「えっ。持って居ったではないか」


「捨てた」


「えっ」


「嘘」


「おい、何を戯れて居る」

 黒雷丸は苛立ち始めた。


「与志古媛君。お願いだ。あの男は殺る気満々で有るが故、冗談を言うて居る場合では無い」


「そうなの」

 与志古は後ろを振り返って、黒雷丸を一瞥いちべつすると、

「彼奴、本当に嫌」

 と鎌子に抱き着いた。


「何処に有るのだ」

 鎌子は、与志古の瞳の中を覗いた。すると、そこに闇は漂っては居なかった。鎌子は安堵し、

「教えて呉れぬか」

 と微笑んだ。


 与志古は、笑顔を返すと、鎌子の胸板に自らの胸元を押し付け、後ろに手を回した。


「ここ」

 鎌子の腰の帯の間から簪を引っ張り出した。


「いつの間に」


「鎌子君が、あのみだらな女と、馴れ馴れしく、遣唐使を眺めて居る時よ。本当に、全く気が付いて居なかったのね」

 与志古は鎌子を少し睨んだ。


「あの人混みでは、仕方が無い。幾度も、幾度も、肩やら、腰やらに、人が当たって来て居ったではないか。気付ける筈も無い」

 鎌子は苛立った。


 すると、黒雷丸が、

「おい。早う、その鍵をこちらに放れ。其方らの痴話喧嘩ちわげんかに何ぞ、付き合うて居る暇は無い」

 と大きく声を掛けた。


 鎌子は、与志古が手にした簪を受け取ると、黒雷丸の方へと放り投げた。


「与志古媛君。吾の後ろに隠れて居れ」

 鎌子は与志古の眼を見て優しく告げた。


 与志古が鎌子の後ろに立つと、鎌子は剣を正中に構えて黒雷丸へと向き合った。


「おい、おい。如何成る御積りだ」

 黒雷丸は呆れた様子で尋ねた。


「もう、良かろう。鍵は返した。これ以上、吾等に関わらずとも、良いではないか」

 鎌子の剣先からは稲光が瞬き始めた。


「約束を違えると申すか」


「約束など、其方が一方的に決めたもの。吾は其方等の様な悪党に成り下がる気など、毛頭無い」


「なぁ、若いの。約束を違えれば如何成るのか。分かって居らぬのか」


「与志古媛君を返し、術を解いた所で、其方の負けだ。鍵を返して遣っただけでも有り難いと思って頂きたい」


「分かって居らぬの。御若いの」

 黒雷丸はほくそ笑むと、

「娘よ、御自害成され」

 と、低音の胸に響く声で、与志古に指示を与えた。


 すると、与志古は、突如、自らの首を絞め始めた。


「何をして居る。与志古媛君」

 鎌子は左手を柄から外すと、右手で剣を握って黒雷丸への警戒を保ちつつ、与志古の腕を掴んで、首に掛かる手を剥がそうとした。が、その力は女の物とは思えぬ程に強く、片手では如何する事も出来なかった。


 鎌子は、剣を手放すと、両手で与志古の腕を引き剥がそうと力を込めた。

 与志古の口からは泡が溢れた。

 鎌子が、与志古の瞳を確認すると、与志古の瞳の奥には闇が溢れて居た。


――そうだ。

 鎌子は、何かを思い付くと、

「稲光を加減して、与志古媛君に浴びせる事は出来ぬのか」

 と、頭の中の建御雷之男神に話し掛けた。


「出来るさ。だが、如何する積りだ」


「先程、黒雷丸が放った闇を切り裂いた様に、雷光で与志古媛君の瞳の奥の闇を切り裂けぬものかと思うてな」


「光は必ず闇を裂く。殺さぬ程度の加減は出来るが、視力については保障出来ぬ」


「左様か」


「それと、加減はしても、ここで雷光を使って仕舞えば、次はもう出せぬぞ」


「分かった」


 鎌子は、口から泡を流す与志古を抱きしめると、優しく横たえた。

 与志古が自らの首を絞める手はその儘で有った。

 鎌子は、地に落ちた剣を拾って、与志古に向かって構えると、剣先から稲光を発し、大きく振り被ると、大声を上げ、黒雷丸に向き直った。


「うおぉぉぉぉ」

 鎌子は、剣を腰元の左下段に構えると、大きく前へと飛び出し、黒雷丸の前で、一瞬、深く屈むと、剣を振り上げ、高く跳ねた。


「如何した。若いの」

 黒雷丸は、剣を抜くと一歩踏み出し鎌子に応じ、剣を弾いた。


 地に足を着いた鎌子は、

「貴様を殺る」

 と、瞬く剣先を黒雷丸に向けた。


 鎌子は黒雷丸を倒し、与志古に掛けられた術が解ける可能性へと、賭けたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ