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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第84話 ショウキ

「おい、若。大丈夫か」

 黒雷丸が、鎌子への警戒を絶やす事無く、尋ねた。


「あぁ、何とかな」

 若雷丸が返すと、


「生きて居るだけで、精一杯で有ろう。寝て居れ」

 黒雷丸は、若雷丸の頭に手を置くと、

「暗雲」

 と小さく唱えた。


 すると、若雷丸の意識は遠のき、寝息が響いた。


「少しばかり、此奴を休ませて遣っては呉れぬか」

 鎌子を見据える黒雷丸は、若雷丸を周辺視野で捉えると、両脇を抱えて引き摺って、小屋の壁へともたれ掛けた。


「さて、さて、如何するか。大変な物を産み出させて仕舞った様だ。俺の能力じゃあ、到底叶わぬ。困ったものだ」

 黒雷丸は顎鬚に手を遣った。


「なぁ、如何見ても、困って居る者の顔には思えぬのだが」

 鎌子は、剣を大きく振り上げて、上段の構えを取った。剣の先端からは稲光が発せられ、剣の周囲を幾度も分岐する光の筋が取り巻いた。


「待て、待て、うも焦るな。ようやっと使える様に成った其方の残りも少なかろう」

 黒雷丸には鎌子に残された原動霊力が如何程なのか、想像が付いて居た。


「良く御分かりで。それ故、ここで仕舞にせねば成らぬ。与志古媛君は返して貰うぞ」

 鎌子の感情を反映するかの様に、剣の稲光は激しさを増した。


「ああ、あの娘さんの事ですかい。それでは御連れ致しましょう」

 黒雷丸は微笑むと、

「おい、娘。出て来るが良かろう」

 と小屋の中へと声を張った。


 すると、中から、足元の覚束おぼつかぬ、うつろな表情の与志古が姿を現した。


「与志古媛君」

 鎌子の呼び掛けに、与志古の返事は無かった。

「大事無いか」

 与志古は呆然と鎌子の更に奥を見て居た。


「如何したのだ、与志古媛君」

 鎌子は、黒雷丸へと怒りに満ちた眼光を差し向けた。

「貴様。与志古媛君に何をした」


「見えるか」


「ああ、貴様の汚い毛むくじゃらの太鼓腹に浮かぶ闇が、与志古媛君の瞳の中に入り込んで居るのがな」


「流石、血脈の伝承者。当然、見えるわな」

 黒雷丸は満足気に微笑んで居る。


「今ここで、貴様を斬って、与志古媛君の正気を取り戻す」


「さて、困った」


「だから、それが困った者のする顔か」


「困って居る。困って居る」


「五月蠅い。戯言ざれごとはもう沢山だ」

 鎌子は、剣を振りかざした儘、踏み込んだ。


 すると、かさず、黒雷丸が、

「待たれよ。この娘が如何なっても良いのか」

 と大声を上げた。


 鎌子は、咄嗟に踏み止まり、

「如何言う事だ」

 と黒雷丸を睨み付けた。


 黒雷丸は不敵に笑むと、

「娘よ、御自害成され」

 と告げた。


 すると、与志古は、

「はい」

 と小さく頷き、懐から短剣を取り出すと、自らの首に突き付けた。


「おい、止めろ。何をして居る」

 鎌子は与志古に向かって叫んだ。


 しかし、その声は、与志古には届いて居ない様子で、与志古の白い首に突き立った冷たい剣先から、赤い筋がしたたった。


「ふざけるな。雷光」

と鎌子が言い掛けた所で、


「待て、出しては成らぬ」

 と建御雷之男神が制した。


「何故」


「あの男を殺しても、与志古媛君を止められるとは限らぬ」


「如何言う事だ」


「確かに、術者を殺せば止む術も有る。しかし、怨念の如く術者の死後も止む事無く発し続ける術も有るのだ。黒雷神の暗雲は黄泉の黒き大気。死者の国の闇の呪縛は、怨念よりも強いやも知れぬ」


「そうか」

 鎌子は、頭の中で、建御雷之男神との会話を終えると、


「頼む。その術を解いて呉れぬか。この通りだ」

 と、剣を下し、黒雷丸に頭を下げた。


「ほう。聞き分けの良い若者だ」

 黒雷丸は鎌子に向かって笑むと、

「娘よ、止め成され」

 と与志古に指図した。


「お願いだ。与志古媛君を返して呉れ」


「さうさな。それには二つ。二つの条件が有る」


「何だ」


「一つ目は、鍵。鍵を返して呉れぬか。その娘が飛鳥の唐品屋から持ち帰った簪に付いて居る鍵を」


「分かった。直ぐに返す」


「それと、もう一つ」


「何だ」


「其方も、雷に入れ。其方の始祖神も雷神。仲間が居った方が良かろう」


「そ、それは」


「では、娘」

 短剣を喉元に突き付けた儘の与志古の肩が少し動いた。


「ま、待って呉れ」


「ほう」


「入る。雷に入るが故、与志古媛君を返してたもれ」


「分かった」

 と黒雷丸は頷くと、

「娘よ、帰って良いぞ」

 と与志古の肩を叩いた。


 与志古は、心許無い足取りで、鎌子の元へと頼り無く歩んだ。そして、与志古が前に至ると、鎌子はたまらず強く抱き締めた。


「術を、術を解いて呉れぬか」


「それは、約束して居らぬ」


「えっ」


「約束通り、娘は御返しした。しかし、まだ、こちらには鍵を返して頂いて居らぬ」


「分かった。だが、この状態では、与志古媛君から、簪を返して貰う事は出来ぬ。だから、術を」


「その娘、簪は持って居らぬぞ」

 黒雷丸は、当然、与志古の持ち物の全てを確認して居た。


「えっ」


「まぁ良い。正気に戻そう」

 と言うと、黒雷丸は大きく息を吸い込むと、喝を発した。


「あれ、鎌子君」

 鎌子の腕の中で、与志古は我を取り戻した。


「眼を覚まされたか」


「私、如何したの。と言うか、鎌子君は何をしてるの。こんな所で私を抱きしめて」

 与志古は嬉しそうに鎌子を見詰めた。


 鎌子は恥かしく成って、咄嗟に腕を解こうとしたが、与志古は首を小さく横に振った。


 鎌子は小さく頷くと、再び腕に力を込めて、与志古を抱き寄せ、

「簪。鍵の付いた簪を渡して呉れぬか。さもないと、あの後ろの男に殺されて仕舞う」

 と与志古の耳元で囁いた。

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