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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第83話 レイリョク

 鎌子は、小屋の前に立つ黒雷丸と、その前で地に尻を着く若雷丸に視線を遣った。

 黒雷丸の腹部には漆黒の雷神が浮かび上がり、若雷丸の左腕には小さき青磁色の雷神が飛び跳ねて居た。


――何なんだ。

 鎌子は眼を擦った。

――否、見える。やはり、死んだか。吾は。

 鎌子は、眼の前に浮かぶ光景を、受け止める事が出来ずに居た。


「何を不思議がって居る」


 鎌子は、声のする、自らが構える剣の先へと眼を移した。


「うわぁっ」

 鎌子は咄嗟に放しそうに成った剣柄たかびを確りと握り直すと、本来の冷静さを呼び覚ますく、深く息を吸い、自らの身体の隅々に迄張り巡らされた神経の一つ一つへと意識を集中した。


――動く、そして、乱れては居らぬ。


 鎌子の汗は止み、身体の震えは収まり、心の臓は穏やかに鼓動を刻んで居た。


 鎌子は改めて、剣先を観る。やはり、居る。


「誰だ御主は」

 鎌子は、気品高く、涼やかに、尋ねた。


「取り戻した様子だのう、御主自身を。は、建御雷之男神。いにしえより其方に受け継がれし血脈が幾世を重ね覚醒した。久しぶりだ、今生こんじょうづるは。で、殺ると申すか、彼奴等を」


「あぁ、与志古媛君を救わねば成らぬ」


「では、行くぞ」

 鎌子の剣は金色こんじきに包まれた。


「おい、おい。剣全体が輝いてやがる」


「若にも見えるか」


「ありゃあ、音こそしねぇが、稲光そのもんだろ。多分、誰にでも見えっぞ、ありゃあ」

 若雷丸は、尻を浮かすと前へと飛び出し、鎌子へと飛んだ。


若水わかみず

 と唱えると、若雷丸は、今度は、鎌子の胸元を目掛けて突きを繰り出した。


 鎌子には、若雷丸の剣の軌跡が手に取る様に見えて居た。迫り来る剣先を睨んだ鎌子は、先程毀れた刃が元通りに成って居る事に気が付き、不思議に思った。


 すると、頭の中で、建御雷之男神が言った。

「再生か。奴の左腕で跳ね回る禿びた青き若雷神わきいかづちのかみが見えるで有ろう」


「あぁ」


「若雷神の力は再生。剣も治れば、傷も治る」

 若雷丸の肘の傷も既に癒えて居た。


「左」

 鎌子は、建御雷之男神の御言葉に従って、体を左へとさばき、剣で若雷丸の剣筋を弾いた。


 続いて、鎌子は剣で弧を描くと、若雷丸の頭部を斬り付けた。


 若雷丸は咄嗟に頭を左に傾けたが、間に合わず、鎌子の剣刃は、若雷丸の右頬を大きく斬り裂き、傷口からは血飛沫が勢い良く噴き出した。


 すると、左腕を飛び回っていた若雷神が、若雷丸の顔へと移り、跳ね始めた。


「なぁ、遣って呉れんじゃねぇか。治るからって、痛てぇもんは、痛てぇんだよ」

 頬の傷が消え行く若雷丸は、口から泡を飛ばした。


 鎌子と、若雷丸の剣闘は続いた。建御雷之男神の力を得た鎌子は強く、幾度も、幾度も、斬り付けられた若雷丸の皮膚は、その都度、若雷神によって再生された。


 その様な闘いが暫く繰り返された後、鎌子の剣が、若雷丸の左鎖骨を粉砕した。


「それは駄目だ」

 黒雷丸は、叫ぶと、

「伊邪那美命宇士多加礼許呂呂岐弖於腹者黒雷居」

 と詠唱した。


 すると、黒雷丸の腹に浮かぶ黒雷神くろいかづちのかみから暗雲が立ち込め、鎌子と若雷丸を包み込んだ。


「何処だ、見えぬ」

 若雷丸に止めを刺そうとした鎌子は視界を失い、一瞬、冷静さを失ったが、脳内で直接響く建御雷之男神の御言葉に従って、

「雷光」

 と唱え、剣を薙いだ。


 鎌子の剣から放たれた光は闇を切り裂き、若雷丸が黒雷丸によって引き摺られて、小屋の前へと逃れ行く姿を露わにした。


 鎌子は、若雷丸の鎖骨の上で飛び跳ねる小さな若雷神が、随分と小さく成って居る事に気が付いた。


「治るかのう」

 黒雷丸は、心配そうに、若雷丸の傷口を眺めた。


 今迄は見る間に塞がれていた傷口が、閉じる事無く、溢れ出る血液が若雷丸の衣を赤く染め続けた。鎖骨の下の太い動脈が裂けた様で有る。


原動霊力げんどうれいりょくが尽き始めた様子だな」


「原動霊力」

 鎌子が、建御雷之男神に聞き返した。


「其方は、予が何時迄も今生に居続けられると思うて居るのか」


「否、能く分からぬ」


「それもそうだな」

 建御雷之男神は少し笑うと、説き始めた。

「この能力。無限に使い続ける事は出来ぬ。使用者の原動霊力に依存して居るのだ。原動霊力とは、謂わば、体力みたいな物。一気に使えば直ぐに無く成る。そして、全て使い切って仕舞えば、回復には時間を要す。また、その量は人に依って異なる。生まれながらの物も有ろうし、鍛錬に依ってその量を増やす事も可だ。そう言えば、彼奴が、先程、もう出すんか、と言って居ったで有ろう。剣闘に於いて、始めから能力を使う者などは、普通は、居らぬ。先に使い尽くして仕舞えば、待って居るのは、死のみだ。まぁ、常軌を逸する程に原動霊力の多い奴は、別かも知れぬが。因みに其方。次の雷光で、其方の原動霊力は尽きる。生まれてから今まで蓄えた物が、全てな」


「十八年分が」


「ああ、そうだ。次に予が今生に出て来られるのは、何年の後と成る事やら。まあ、其方の鍛錬次第では有るがの」

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