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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第81話 コウジン

 鎌子は、一目散に砂浜を駆けた。幾つかの漁師小屋の前を通過すると、一つの小屋の前で、はたと立ち止まり、

「与志古媛君」

 と叫んで、剣で蓆戸むしろどを切り裂いた。


 暗闇の中で、与志古は、座して動かず、四肢を投げ出し項垂うなだれて居た。


「貴様等、与志古媛君に何をした」

 鎌子は小屋の中へと怒声を発した。鎌子には中に居る者達が誰なのかが分かって居た。


「遣って呉れるじゃねえか」

 小屋の外へと飛び出して来たのは若雷丸であった。


 若雷丸は、鞘から左手で剣を抜くや否や、逆袈裟に鎌子を斬り付けた。


 鎌子は、軽やかに後ろへ飛ぶと、若雷丸を漠然と視野に捉えた。雷の者達をあれ程までに恐れていた鎌子は、もうそこには居なかった。


「おい、わき。遊んで居る暇は無い。手加減するな」


「なぁ、黒、俺は剣を抜く時に手加減何てしねぇよ」


「ほほう。では、出来るのか、その若いのが。若の初太刀をかわすとは」

 小屋の中で、黒雷丸が顎鬚に手を遣って微笑むと、


まぐれだよ」

 と、若雷丸が次の剣を横一閃に振るった。


 鎌子は、鼻先紙一重で若雷丸の剣先を躱すと、若雷丸の剣に自らの剣を沿わせて、一気に間合いを詰め、

「現出建御雷之男神」

 と祝詞を唱えた。


「ほう、もう出すんか」

 若雷丸は、大きく後ろに飛び退き、右膝を付いて、剣を逆手に持って横一文字に構えると、柄頭に右掌を添えて、斬撃に備えた。


 鎌子は高く飛び上がると、両腕で大きく振り被った剣を、渾身の力を込めて振り下ろした。


「出さねぇのかよ」

 若雷丸は、剣を薙いで鎌子の剣を弾くと、首を傾げた。


 鎌子は、若雷丸の言葉に応じず、続け様に剣を振るった。


「おい、御前。何なんだ。詠唱しといて。出さねぇのか」

 若雷丸は、繰り出される鎌子の剣を弾きながら、首を傾げた。


「何をだ」

 鎌子は、若雷丸の言葉の意味が分からぬ儘、剣を振るい続けた。


「だから、御前が遣ったんじゃねえかよ、降神詠唱こうじんえいしょうを」


「降神詠唱」

 若雷丸と少し間合いを取った鎌子は、解せぬ顔して聞き返した。


「御前が、先、唱えたのは何なんだ」


「吾家の剣技だ。決死の剣撃の前には詠唱を行う」


「気合か。気合を入れたのか」

 若雷丸は噴き出した。


「気合を乗せて剣を振るって、何が悪い。笑うな」

 鎌子は若雷丸を睨み付けた。


「そうだ、笑ろうては居れぬぞ、若。其奴、血脈の伝承者だ」

 部屋の中から、黒雷丸が若雷丸の背中に向かって告げた。



 全ての人間は、両親からの血を受け継ぐ事で、この世に生を受ける。先祖から伝えられた血は、丸で、心の臓から拍出された血液が、幾多の分岐を繰り返し、様々な臓器に張り巡らされる、血脈の様に、無数の子孫の中を流れて居る。

 その血が伝えている物とは何か。能力である。

 人は血によって、親から子へと能力を受け渡し、その血が絶えるまで、代々、その能力は繋がれる。

 能力と言っても、通常は凡庸で有る。

 子とは、父と母の血が混じて生み出された存在で、父の父母、母の父母、祖父の父母、祖母の父母と言った様々な能力の混血児で有るが故、能力は均質化され、多くの個々人に能力の差はない。

 だから、蛙の子は蛙なのだ。通常は。

 しかし、稀に、この常なる理が壊れる事が有る。

 鳶が鷹を生むと言う具合に。

 鷹は、世に出て、名声を上げ、国の根幹を支える一族を形作る。

 名族の誕生である。

 この名族を生み出した鷹は、一族の祖と呼ばれ、神として崇められる。

 大王の一族では天照大御神アマテラスオオミカミが、中臣の一族では天児屋根命アメノコヤネノミコトが、始祖神と言われている。

 この始祖神の能力を受け継ぐ者が、血脈の伝承者である。



「本当か、黒。見えんのか」


「ああ、奴の中に祖神が見える。吾等と同じ、雷神が」


 天児屋根命は雷神では無い。天照大御神を占術と呪術を用いて表舞台に返り咲かせた、呪詛の神で有る。

 しかし、鎌子の中に宿るのは、建御雷之男神タケミカヅチノオノカミ。鎌子が生まれた、東国の那珂国なかこくに在る香島神社の主祭神。雷と剣の神で有る。


「だが、何かに縛られて居ると見え、其奴の外に、出ては来られん様だ」

 黒雷丸は眼を凝らして鎌子の中を見通し、

「そうか。面白い。これは始祖神の蛹だ。珍しい物が観れるやも知れんぞ」

 と、嬉々とした声を上げた。

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