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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第80話 クウキョ

「本当に、与志古弟は何処へ行ったのだ。探して来る。見つけ次第、ここに戻って来る積りだが、この人出。もし、はぐれて仕舞った折には、補の待つ野で落ち合おう」

 皆麿は、駆け出した。


 すると、鎌子も、

「吾にも原因の一端が有る事は決して否めぬ。それと、少し気に成る事も有るが故、吾も行くとするか」


「あら、吾の事を置いて行くって言うのかしら」

 左夫流は、今一度、鎌子の腕を強く抱きしめた。


「其方のその態度が、原因の一端ぞ」

 鎌子は、言い聞かせる様な視線を左夫流に向けた。

「いけずぅ」


「吾は」

 と形名が問うと、


 鎌子は、

「形名君は、斐殿と遣唐使を見物して居って下され。直ぐに与志古媛君を見つけて帰って来ます。其れ迄、左夫流と蒲生殿の事も宜しく頼みますよ」

 と告げると、絡み付いく左夫流の腕をほどいて、駆け出した。


「形名殿、見事に置いて行かれましたな。何時ぞやを思い出しますなあ」

 斐は声を上げて笑った。


「あの時とは違います」

 形名は、三野では、二度、置いて行かれた。その何れにも、斐は関わって居た。


「確かに、あの時とは異なり、大事では御座らぬようじゃ。あの折は、碧姫様を連れて国境を越えねば成らんかったり、額田一族の反乱に遭ったりと、大仰おおぎょうじゃった。此度こたびは、媛君一人が、ねて、姿を隠しただけ。媛君の機嫌が直れば解決するじゃろうて。吾等は、この歴史的瞬間を、確と眼に焼きつけましょうぞ」


「はい」


・・・・・・・・・・・・・・・


「皆麿君」

 俊足の鎌子は、直ぐに皆麿に追い付いた。


「何だ鎌子君。其方は来ずとも良かったのに。与志古弟は、その辺りで、膨れて隠れて居るだけだ。直ぐに見つけ出し、連れ帰る。皆と遣唐使を楽しんで居って呉れ」


「左夫流は面倒な事をして呉れる。与志古媛君がねてしまったのには、吾にも責任が」


「確かに。与志古弟は鎌子君を好いて居るが故な。左夫流殿も意地が悪い。何故あの様に。もしや、其方、左夫流殿と」


「まあな。吾も他家の者達との宴席を催さねば成らぬ事が多く、その折に左夫流は便利なのだ。その流れで、何も無い訳では」


「持てるなあ。鎌子君は」


「吾が持てて居るのではない。皆、吾の家に繋がりたいだけだ」


「そうとは限らぬぞ。特に、与志古弟は」


「唯の幼馴染で有ろう」


「そうではない。与志古弟は其方に惚れて居る。一昨日、昨日と、二人で居って、何も無かったのか」


「有る訳が無かろう」


 鎌子は皆麿に嘘を付いた。鎌子は、一昨日、二人で宿に残された折に、与志古の唇を奪って居た。恐怖に押し潰されそうに成って居た鎌子を、懸命に気遣う与志古の姿に、鎌子は愛おしさを感じた。否、そうではない。恐怖におののく鎌子は、唯、人の温もりを欲して居たのだ。鎌子は本能に導かれ、与志古の温もりに直接触れようと動き出した。しかし、与志古はこれを拒んだ。唇を重ねた所で、鎌子は与志古に突き飛ばされたのだ。

 鎌子にとっては、多分、誰でも良かったのだ。

 そう言えば、左夫流も同じ様な存在で有った。中臣の家が蘇我の家に媚びを売る為の宴は、鎌子の心を削った。蘇我に繋がる為に、鎌子に取り入る下位の臣達の接待は、更に鎌子の心をえぐった。そんな夜は、鎌子は決まって左夫流を抱いた。誰でも良かったのだ。しかし、左夫流は玄人の中の玄人。鎌子の身体を、本能を、肉体を重ねる毎にとりこにした。一方の左夫流は、鎌子の心の空洞に、自らの心のむなしさを重ね、鎌子の空を埋める事で自らの虚を満たして居た。

 鎌子もそれには気が付いて居た。

 そして、鎌子は左夫流とは、深い心の奥底で、気持ちが繋がって居るのではないかとさえ感じて居た。

 だから、鎌子は、左夫流が、一昨日の与志古と鎌子の接吻に気が付いて居り、左夫流の与志古に対する挑発的な態度は、鎌子がさせたものだと感じて居たのだ。

 そして、左夫流と異なり、与志古は、男と唇と重ねたのが始めてで有り、左夫流の態度を見た与志古がどの様に感じて居るのかも分かって居た。


「皆麿君。分かれて探そう」

「そうだな」


 鎌子は、皆麿と分かれると、眼を瞑って、家伝の祝詞を唱え始めた。すると、頭の中を漂う不吉の霧に光が差し込み、昨晩、浅い眠りの中で見た夢が具体的な像として脳裏に浮かび上がった。


「糞、彼奴等か」

 鎌子は、周囲をはばかる事無く、大声で叫んだ。


 鎌子は、周囲から注がれる視線に構う事無く、眼を血走らせ、夢の中で見た道を、唯、只管ひたすらに、駆けた。鎌子には、与志古の居場所が分かって居た。

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