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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第79話 シット

「あら、ちょっと、ここを通して頂けますか」

「邪魔だ、後から入って来るなよ」


「後から遣って来たのに、前に来ようとする何て、図々しいわね」

 与志古は、後ろの方から漏れ聞こえる小競り合いを耳にして、呆れ顔をした。


「こっちは朝早くから来て、ずっと待って居るんだ、本当に図々しい奴等だな」

 皆麿は、両腕を上げて伸びをすると、大口を開けて欠伸あくびをした。


 小競り合いの声は、次第に、前へ、前へと、近付いて来た。


 すると、

「あら、鎌子君じゃあ有りませんか」

 と、小競り合いを起こして居た女性が呼び掛けた。


 鎌子は振り返ると、驚いた。

「おお、左夫流殿ではないか。あとから遣って来て、駄目で有ろう、皆、並んで居るのだ」


「ねぇ、誰なの、この人達」

 与志古は、鎌子の表情が明るく成り、女性が少し馴れ馴れしいのが気に入らなかった。


「皆麿殿。昨日は如何も」

 皆麿は左夫流に会釈をすると、左夫流の隣に立つ蒲生を一瞬だけ視界に入れ、眼を逸らした。


「形名殿もお久しぶりです」


「如何も、お久しぶりです」


「皆様方で連れ立って難波津にらして居たのですね。てっきり、皆麿殿だけが御仕事で参って居るのだと思って居りました。折角でしたら、皆様、こちらでも酒席を開いて下されば良かったのに。この前は、中途半端に終わって仕舞いましたからね」

 左夫流は口に手を遣ると、上目遣いで皆麿を見詰めた。


「だから、誰なの、この人達は」

 与志古が、皆麿の袖を引っ張った。


「この方は、御連れ様で」

 左夫流は鎌子に近付くと腕に手を回し、与志古に見せ付ける様に、艶っぽい視線を鎌子に向けた。


「車持本家の御息女で、皆麿君の従妹の媛君だ」


「へぇ、そうなの。可愛いわね」


 与志古は左夫流を睨み付けた。すると、周囲が急に騒がしく成った。


「来ました。来ましたよ」

 形名が海の方へと身を乗り出して叫んだ。


「何処だ」

 皆麿も海に向き直ると、眼を凝らして遠くを探した。


「あそこ」

「何処」

「ほら、あそこ」

「あ、有った。来た、来たぞ、遣唐使が」


 小さな赤い点が、淡道島あはぢしま明石国あかしのくにの間を抜けて、難波乃海へと入って来た。


「二つ。形名、吾は眼が奇怪おかしく成ったやも知れぬ。船が二つに見える」

 皆麿はしきりに眼を擦った。


「吾もです。赤い点が、一つに成ったり、二つに成ったり。そうか、そうだ。船の色が海に映って居るのですよ」

 形名が答えた。


 すると、それを聞いた鎌子が、

「遣唐使は、二隻が連なって航行して居るのです。まさか、御二人はその事を知らぬのですか」

 と驚いて見せた。


「意地悪な言い方ね」

 左夫流が鎌子の腕を抱きしめた。


 二つの赤い点であった二隻の遣唐使は難波乃海を津へと向かって進み、次第にその姿が鮮やかと成った。

 海に浮かぶ船体は白、船首と船尾、帆柱、甲板に作られた三つの屋形は朱で彩られて居た。この朱が海の碧に映えた。

 二本の帆柱ではためく網代帆あじろほが風を受け、船は勢い良く前へと進み、更に、左右の櫓棚ろだなに整列する屈強な男達が、大きな掛け声と共に一斉に櫓を漕いで船を加速させた。

 観衆の想像を越えた速度で進む船は、人々を熱狂させ、難波津は絶叫で溢れ、鐘鼓の音が聴こえない程と成って居た。


 遣唐使は江口に至る手前で速度を落とし、難波堀江を緩りと航行した。眼の前を横切る巨大な遣唐使に、人々は声を失い、難波津は再び鐘鼓の音に包まれた。鐘鼓の音は、船の動きに合わせて、柔らかな旋律を刻んだ。


 甲板の上に乗組員達が現れ、観衆に向けて手を振ると、津には、再度、歓声が沸きあがった。


「凄いわね」

 蒲生が皆麿の腕に絡み付いた。


「あぁ」

 皆麿は、素っ気無く答えた。


「ねぇ、昨日の事を気にしてるの。別に、良いじゃない、そんな事。誰にだって有るんだし。吾、皆麿君が好きよ」

 ごった返す人波の中で、蒲生は皆麿に抱き着いた。


 皆麿は、顔を真っ赤にして、何も答えられずに居た。すると、後から、大きな声が響いた。


「形名殿」

 斐の声で有った。


 形名、皆麿、鎌子は声の方へと振り返った。


「斐殿」

 形名が、斐に返事をすると、

「与志古、与志古弟が居らぬ」

 と、皆麿が与志古の姿が無く成って居る事に気が付いた。


 鎌子も周囲を見回すと、言い放った。

「居らぬ。何処へ行った。もしや、左夫流と蒲生にいたのか。それにしても、この人混みの中で居なくなるとは困ったものだ」

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