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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第78話 ショウコ

 形名は、皆と連れ立って、物寂しい漁村の宿へと帰って来た。


「皆麿君も、鎌子君も、一体、何が有ったのですか」


 斐との長話で集合に遅れた形名が、街の入口を出て、皆が待つ少し離れた野へと駆けて行った時、皆麿と鎌子は無言で項垂れ、地に座して居た。宿に戻る道中も、二人は言葉を発さぬ儘で、形名は心配していた。


「吾は、鎌子君と一緒に、干し鮑を売って居た海産物屋に行って来たの。そうしたら、あの海産物屋に、飛鳥の唐品屋の店主が遣って来てね。あの店主、本当に、頭に来ちゃう。吾に簪の御代を払え何て言うのよ。全く可笑おかしな話でしょ。盗んだ品なんだから。それでね、吾、言い返して遣ったの。そうしたら、鎌子君、気分が悪くなっちゃって。それからずっと、こんな感じで」

 与志古は鎌子に眼を向けた。


「皆麿君は、如何したの」


「吾の事は気にせずとも良い」

 皆麿は、心配する形名にぼうに返した。


「皆麿兄。先から、ちょっと気に成ってるんだけど。何か、良い香りがするのよね。吾達が待って居る所に、しょぼくれて現れた時から、ずっと。ねぇ。如何したの。そうか、そうだ。思い出した。飛鳥の館で嗅いだ女の人の香りよ。そう、それと同じ。ねぇ、何をして来たの」


「もう良い。それよりも、与志古弟はあの海産物屋に行ったのだな」

 皆麿は形名を一瞥いちべつすると、話を続けた。

「実は、昨日、吾と形名はあの海産物屋で、国忍君と、風天丸と申す与志古を縛って居った近習きんじゅと出会うてな。其方等に、告げようか、如何か、悩んで居ったのだが。鎌子君が、又、気分を害するのではないかと思い、黙って居った」


「そうなの」

 与志古は少し苛立った。


「国忍君は、もう与志古弟には手を出さぬと言って居ったが故、安心なされ。ただ、その頭に挿した簪。それは隠して於いて呉れぬか。その簪は国忍君が唐品屋に盗まれた品。本来であれば、国忍君に返さねば成らぬ品だが、吾もあの飛鳥での一件は、決して、許しては居らぬ。それ故、返さずとも良いと思って居るのだが、国忍君に見つかれば必ず問題と成ろう。決して見付からぬ様に。宜しく頼むぞ」


「分かって居るわよ」


・・・・・・・・・・・・・・・


 難波津の街の海産物屋には、棄と捨、若雷丸と黒雷丸が居た。


「酒場で、国忍が鉄の取引に手を出したと話して居ったな。奪うか」

 黒雷丸が話を持ちかけた。飛鳥で国忍達に盗んだ品を取り返された後、若雷丸と黒雷丸は高向の一族を調べ上げ、酒場に居合わせたのが国忍だと承知した上で、盗み聞きをして居た。奪われた物は奪い返す。盗人の道理。黒雷丸は、大雷丸に課された鉄鋌三十貫の調達をすると言い出したのだ。


「で、鍵は如何すんだい。奴等、錠主じょうぬしの証の鍵が無いと揉めてたじゃねぇか」


「若殿、鍵、鍵ですか」

 捨は天井に眼を遣り、頭を巡らすと、何度か頷いて、自慢気に発した。

「分かりやした。鍵。難波津に到着して居りますぜ」


「如何言う事だ」


「黒殿。ここ、ここに来てたんですよ。鍵が。なぁ、棄」


「あぁ、あれでっか。居ました。居ました。鍵の方からぴょこっと現れましてな」


「何だ、捨。如何言う事だ」


「はい。飛鳥で簪を渡した娘。今日、この見世屋みせやに熨斗鮑を求めに遣って来てたんすよ。そんで、飛鳥で渡した簪の御代をね、払えって言って遣ったら、自慢気に簪を見せ付けて来ましてね。付いて居たんす。その簪の端っこに。鍵が」


「それだ。それに間違い無い。国忍が、車持の家に、何度も、何度も、簪を探す様にと、求めて居た事とも一致する。娘が隠し持って居たとはな」

 黒雷丸は笑みを浮かべた。


・・・・・・・・・・・・・・・


 次の朝、形名達は、未だ夜が明けぬ内に宿を引き払い、空が白む頃には難波津に着いて居た。皆麿は元気を取り戻した様子で有ったが、鎌子は依然として浮かぬ顔をして居た。


「鎌子君、大丈夫」

 与志古が心配そうに窺った。


「ああ。別に体調が悪い訳では無い。大丈夫だ」

 一晩寝た鎌子から、恐怖は遠退き、胸の高鳴りや、冷や汗、喉の渇きは治まって居た。しかし、浅い眠りの中で見た夢に得体の知れない不安を感じて居た。夢の内容を具体的に覚えて居る訳では無い。ただ漠然と、頭の中を霧の様に漂う不吉に支配され、何時もの聡明さは保たれては居なかった。


 形名達は、船着き場の先頭で遣唐使を待った。日出の頃にはまばらで有った人影も、日が真南に至る頃には、見渡す限りの人だかりと成った。


「船は何時現れるのかな」

 待ちくたびれた形名が、遠くの海へと眼を凝らして居ると、突如、海に浮かぶ三十二艘の船から鐘鼓しょうこが打ち鳴らされた。


 鐘と太鼓が奏でる音の波紋は難波津全体に広がり、当初は鐘鼓の音に圧倒されていた見物人達も、次第に歓喜に包まれ、雄叫びを上げ、これらの音が一つと成って大きな渦を作り出し、難波乃海を越えて、明石乃海へと轟いた。

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