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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第76話 ジョウショ

「形名殿。責めて居る訳では無いし、今日、明日に何かが変わる訳でも無い。そう悄気しょげ成さるな」

 斐は、形名の肩を軽く叩くと、

「そうじゃ。兄が対馬から、私の所へ唐の書物を山程送って呉れたんじゃ。多くは経典の類で、それらは三野の寺に積み上げて来たのじゃが、これ」

 斐は袖の中から巻物を取り出すと、外題げだいを形名に示した。


司馬法しばほう。何ですかこれは」


「兵法書じゃ。何処で紛れ込んだのか、寺には似つかわしくないじゃろ。元々は百五十五編の大作で有ったらしいのじゃが、この巻物には五編のみ。旅の読み物として、丁度良い長さだったので、持って来たのじゃ。昨日、読み終え、この街で唐品を扱う者にでも売付け様と思って居ったのじゃが、形名殿に進ぜようか」



 司馬法は、紀元前500年代のせい国の将軍、司馬穰苴しばじょうしょの兵法を、紀元前300年代に纏めた物と言われて居る。舒明期が紀元後の600年代で有るから、1000年の時を経た兵法。関ケ原の戦いを終えた徳川家康が、慶長十一年(1606年)に、足利学校第九世の庠主しょうしゅ閑室元佶かんしつげんきつ伏見版ふしみばんとして、司馬法を含む武経七書を出版させた事を考えると、2000年。想像を絶する程の長期に渡り、幾度もの出版を重ねた兵法書で有る。

 司馬法の兵法創始者、司馬穰苴は、斉(姜斉きょうせい)の景公けいこう姜杵臼きょうしょきゅう)に仕えた将軍で有った。

 司馬穰苴の本来の氏はでん。田氏の祖は、ちん国君主の一族で、一族の内紛を逃れて斉へと亡命し、斉君主に封じられた領地の名、田を氏として居た。

 景公の時代、斉は周辺のしんえんよる領土の侵食を受けて居た。景公は、宰相さいしょう晏嬰あんえいに、誰か、晋、燕を打ち破る良い将が居らぬのかと、かねてより求めて居た。

 晏嬰は、国中を探し回り、身分は低いが文武に優れた、穰苴を見出し、推挙した。景公は、穰苴と軍略について語り合い、穰苴を晋、燕を掃討する軍の将に任ずる事を決めた。

 穰苴は将軍職を拝任するに当たって、君主からも国民からも信頼を得ている臣を軍監として任じて頂きたい、と景公に請願した。景公は荘賈そうかを配した。

 すると早速、穰苴は荘賈の邸宅へと出向き、翌正午に軍陣に参られる様にと、丁寧に頭を下げた。

 次の日、正午を過ぎても、荘賈は軍陣に現れなかった。

 穰苴は荘賈を待つのを止め、隊を見て回り、兵に軍令を伝え、作戦準備を整えた。

 荘賈が現れたのは、もう日が傾いた頃で有った。

 穰苴が荘賈に理由を問うと、荘賈は親族や側近達との出陣祝いに興じ、遅参したのだと言った。荘賈は侮って居たのだ。軍の実務は将軍の穰苴が遣れば良い。荘賈は穰苴の遣り様を監督して居りさえすれば十分だと。

 返事を聞いた穰苴は話し始めた。

「軍の指揮官たるものは、作戦行動に臨めば、妻子を忘れ、親を忘れ、おのれの命すら忘れ、その任に当たるものだ。晋、燕は我が国へと侵略し、国境を任された兵達は、日々、血と汗を流して居る。国を憂う君主は、食が細り、眠れぬ日々を過ごして居る。ここに集う兵達の命は、貴殿の気概に懸かって居るのだ。宴に興じて遅参するとは如何成る所存か」


 身分の低い穰苴になじられた荘賈は、不満気に穰苴を睨み付けた。


「法務官、法務官は居るか」

 穰苴が声を上げた。


「はっ」

 一人の兵が駆け付け、礼をした。


「なあ、法務官。軍律では、遅参した者の取扱いは如何成って居る」


「はっ。斬首で有ります」


 真赤に染まった荘賈の顔は、見る間に蒼く成り、

「誰か、誰か居るか。おい、そこの御前だ。君主様に判断を仰いで参れ。早う、早う行かぬか」

 と、景公に早馬で使いを送った。


 穰苴は景公からの返事を待つ事無く刑を執行した。荘賈の断末魔の叫びは、兵に恐怖を与えた。

 荘賈の首が転がる中、景公からの早馬が、隊の中を土埃を上げて舞い戻った。首を見詰めた馬上の使者は、景公が荘賈を赦免する様にと命じた事を、穰苴に伝えた。


 「將在軍君令有所不受」


 穰苴は、作戦行動中に有る将は君主の命令をも聞けぬ時が有ると、景公が急ぎ返した使者に告げ、

 「其之方。隊中を馬で馳せた罪は斬首で有るが、其方は君主様の使いで有るが故、罪は問わぬ」

 と放つと、使者の隣に控える御者と馬を斬り付けた。


「君主様に子細を伝えてたもれ」

 穰苴は、使者を景公の元に帰すと、隊を発した。


 晋、燕の居座る国境地帯に隊を進める穰苴は、兵の食と健康を気遣い、自らは、日々、末端の兵と同じ物を食べた。それを見た兵達は、穰苴にその命を捧げる事を決めた。隊は一つと成り、兵の士気は高揚した。

 一丸となった穰苴の隊の勢いに、晋、燕の兵は怖気づき、穰苴は領土の奪還に成功した。

 穰苴は、景公により、軍事を取り仕切る官、司馬の長、大司馬に任じられた。任官後、穰苴は、氏を田から司馬へと改めた。



「はい。有り難う御座います」

 形名は瞳を輝かせた。

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