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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
72/121

第72話 インビ

「兄が隋に渡ったのは二十四年前。その時、其方は未だ生まれておらぬ。私ですら、兄の記憶は薄いのじゃ。何故に、私の兄を知る」

 斐は顔をしかめ、顎髭に右手を遣った。


「吾は唐の文化に大いに興味を持って居ります。それ故に色々と調べました。過去に隋へと渡った留学生の事も」


「所で、其方、名は何と申すのじゃ」


「申し訳御座いませぬ。申し遅れました。吾は、中臣の家の鎌子と申します」


「ほう、中臣か。中臣の家は排仏派では無かったのかのう。しかも、其方と同じ名の、中臣鎌子殿には、欽明大王が蘇我稲目殿に下賜した百済の仏像を破棄したと言うとがが有った筈じゃ」


「そ、それはもう高祖父の代の話」

 鎌子は苦んだ顔を作ると、

「吾は、今、厩戸王に縁の法輪寺で仏の道に励んで居ります。よもや、今世に、排仏を唱える愚者など居る筈も御座りませぬ」

 と応じ、斐の眼を確と見据えた。


「済まぬ。済まぬ。許して賜れ。大国、唐が、仏教を政治の中心に置いて居る今世に於いて、排仏派に何ぞ成れる筈も無かろう。其方の言う通りじゃ」

 斐は鎌子に笑みを送ったが、鎌子は臍を曲げた様子で有った。


「のう、皆様方。済まぬが、少しばかり、形名殿を御借りしても宜しいか。久方ぶりじゃ。積もる話も有る」


 形名は不安気に、皆麿と鎌子の同意を求めた。


「形名君、行ってくれば良い。吾等は唯の物見。否、与志古弟の御供。別に何をして居る訳でも無い。緩りと話して参られよ。一刻の後、補の待つ街の入口で落合おうぞ」


 皆麿は手を振って形名を送り出したが、鎌子は外方を向いて居た。


「そうも拗ねるな、鎌子君」


「拗ねて居る訳ではない。唯、未だに中臣の家はあの様に思われて居るのか。そう思うと虚しくてな」


 皆麿には返す言葉が見つから無かった。


 すると、そこへ、

「あれ、形名君は」

 と与志古が物色を終えて、店の外へと姿を現した。


「形名君は、先程、世話に成った旧知の僧と、偶然、数年振りに再会してな。二人で話しがしたいと申して、出掛けて行った」


「そうなの」


「そこでなのだが、吾も、一寸ちょっと、寄りたい所が有る。独りで行かせて呉れぬか」

 と言うと、皆麿は返事を待たずに人混みに紛れて行った。


「ちょっと待ってよ」

 与志古は皆麿の背中へ声を放つと、鎌子の方へと向き直り、

「如何しよう」

 と笑顔を漏らした。与志古にとっては邪魔者達が自ら消えて居無くなったのだ。


「あぁ」

 鎌子は上の空で、未だ斐の言葉を引き摺って居た。


「ねぇ、鎌子君」

 与志古が少し強めに声を声を掛けると、鎌子は面倒臭そうに、

「皆、酷いな」

 と応じた。


 すると、与志古は、

「そうね。でも、ここに居ても仕方が無いわね。吾、干し鮑を売って居た海産物屋に行きたい」

 と言うと、鎌子の袖を掴んで店へと向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・


 皆麿は賑やかな難波津の街の中心から少し外れた、物欲しそうな男達が店を廻って中を覗いては淫靡いんびに薄ら笑って居る、何と無く陰湿な裏路地に居た。皆麿が、店の中へ顔を覗かせ、店主と何やら交渉をし、折り合いが付か無いと店を出ると言った事を何軒か繰り返していると、後ろから声を掛けられた。


「皆麿殿では御座りませぬか」


 皆麿が声の方向へと顔を向けると、そこには見知った顔が有った。


「左夫流殿」

 皆麿の声は裏返った。


「御好きですね」

 艶っぽく見詰める左夫流に、皆麿は耳を真赤にした。


「何故、難波津へ」


「大勢の人が集まって居るのですよ。吾等の稼ぎ時では御座りませぬか」

 左夫流の微笑みは妖艶だ。


「お決まりで」

「否」

「そう。蒲生も連れて来て居りますが」

「一刻程しか暇が無いが」

「如何様でも。殿方の思う儘で」

「では、頼む」


 皆麿を連れた左夫流は、勝手知ったる裏路地を進んで一つの店に上がり、部屋の前まで皆麿を案内すると、

「蒲生」

 と中へと声を掛けた。


「はい」

 中からの返事を確認すると、左夫流は、

「この前の続きを」

 と皆麿に笑顔を送り、早々と店を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・


 与志古は鎌子を引っ張って、海産物屋の店前まで遣って来た。

「ねぇ、ちゃんと歩いてよ」

「あぁ」

「ねぇ、吾と居るのが嫌なの」

「否」

「もういいわ。それより熨斗鮑。選んでよ」

 鎌子は相も変わらず上の空。

「ねぇ」

「分かった。分かった」


 与志古は店の中へ入ると、店主に声を掛けた。

「熨斗鮑は有ります」

「へぇ。飛切りのが居まっせ」


 店主は店内に並べられた笊を一つ持って来ると、

「こんだけ見事にされた鮑は他には居まへん」

 と自慢気で成った。


「そうなの」

 与志古は鎌子に顔を向けた。


「そうさな。真に見事だ。唐物か。店主」

 と鎌子が問うと、店主は、

「流石、御眼が高い。ええ旦さんを持たれましたな」

 と与志古に笑顔を向けた。


「店主。吾は、旦那では御座りませぬ」

 鎌子が左右に首を何度も振って居ると、与志古と鎌子の後ろから、

「奇遇ですな。能くお会いしますな」

 と、聞いた事の有る声がした。


 与志古は振り返ると、

「唐品屋の」

 と、少し大きな声を上げた。

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