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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第66話 シハンコク

 流石、第一回遣唐使の帰還である。津に近い宿は何れも空いては居らず、補がやっと探し出した宿は、難波津の街から半刻程馬を歩ませた、物寂しい漁村で有った。


「済みません、お坊ちゃま。こんな外れに成ってしまいまして」


「困ったものだ。ここからでは、全く、街の賑わいを楽しむ事が出来ぬ。もっとましな宿は探せ無んだのか」


「何処も彼処も、皆、先客が居りまして。何でも、既に一週間程前には、津の周辺の宿は全て埋まって居たそうな」


「補の探し方が悪いんじゃないのか」


 家人の補には、頭を下げるより他が無かった。


「皆麿君、良いでは有りませぬか。これは、これで、風情が有ります。街が近ければ、騒がしいだけ。ここからは海の音が能く聴こえます。吾の故郷、毛野に海が有りません。本当に波の音って心地良いですね。それと、この潮の香り。倭に至る途中、三野で初めて海を渡った思い出が蘇ります」

 存外、形名は満足気で有った。


「吾としては、今宵は難波津の街を堪能したかった所で有るが、鎌子君があの様子では」

 と、皆麿は鎌子の方へと眼を遣った。


「酷いわよ。皆麿兄」

 心配そうに鎌子の傍に寄り添う与志古が皆麿を睨みつけた。


「吾の事は良いから、皆で難波津を楽しんで参れ」

 依然として、鎌子の面は蒼白い儘であった。


「何方にしても、今宵食す物を調達せねばなるまい。鎌子君は少し休んで居れば良い。与志古弟、鎌子君に何か異変が有っても困る。付き添って遣っては呉れぬか」


「仕様が無いわね」

 与志古はあっさりと引き受けた。


「与志古媛君は、難波津を楽しみにして居たでは有りませんか。それと、あの干し鮑も」

 との形名の言葉の途中で、

「良いの。形名君」

 と、与志古は首を横に振った。


「与志古媛君。吾、一人が残れば良い。其方は、皆と御行き為され」


「嫌」

 与志古は、鎌子が言い終わらぬ内に、その提案を拒んだ。


「では、補も買い出しに付き従うては呉ぬか」

 皆麿が指図した。


「吾も、残りますよ」

 形名が言うと、

「駄目だ」

「嫌」

 と、皆麿と与志古が声を揃えた。


 鎌子と与志古を宿に残し、三人は海沿いの街道を難波津へと向かった。


「皆麿君。与志古媛君、一人を残して、可哀想では有りませぬか」


「のう、形名君。其方には分からぬのか」


「えっ、何がですか」


「与志古弟は、鎌子君を好いて居る」


「えっ」


「多分、鎌子君も」


「えっ。二人は何時も言い争うてばかりでは有りませぬか。本当に好き合うて居りますのか」


「鎌子君の方は絶対とは言えませぬが、与志古弟は確実に好いて居る」


「はぁ」

 形名は、何やら、落ち込んだ様子で有った。


「翁も、媛様と鎌子殿には御縁が有ると宜しいかと、常々天に祈って居ります」

 馬の横を小走りで駆ける補は、顔の前で手を合わせた。


 宿から真っ直ぐに馬を進めると、四半刻程で難波津に到着した。


「存外と近かったな」

 皆麿が言うと、

「そりゃあ、お坊ちゃま。何軒も、何軒も、宿を探す為に家々を回りましたから」

 と補が応じた。


「あ、あそこ、あの御店」

 形名が店に向かって指を差すと、人混みの中から、

「あら、先程の旦那様方では御座いませんか」

 と、海産物屋の店主が揉み手をし乍ら近寄って来た。


「あっ、先程の」


「御宿は見つかりましたかいな。なかなか取れへんかったんとちゃいますか。この人出やさかい」


「はい。ここから四半刻程外れた所にやっと宿が取れました」


「ほぅ。そりゃあ良う御ざんしたな。四半刻とは上出来でっせ。宿まで一刻程なんて御客様も結構居りますさかいな。それはそうと、旦那様、何かうちで買うて呉れませんか」


「あっ、はい。あの干し鮑を」


「ほう、御眼が高い。あの品は人気でな。ほんまはもうのうなっとる所や。しかし、わいは気が利くさけえ。旦那の為に取って置いたんや。奥から出して来るさけぇ、他へは行かずに待っとってや」

 海産物屋の店主は急ぎ足で店の中へと入って行った。


「難波の者は何やら調子が良くって信用成らん」

 皆麿は苦い顔をして馬を降り、手綱を補に手渡すと、店の中へ入って物色を始めた。


 形名も馬を降り、店の中へと入ろうとした所で、皆麿が後退りをして店を出て来た。


「形名君。この店は駄目だ。出よう。他にしよう」

「えっ、如何して」

「良いから、早う」

「でも、干し鮑が」

 形名が戸惑っていると、


 奥から、

「お久しぶりですなぁ、吐瀉物ゲロ野郎」

 と、飛鳥の唐品屋で与志古を縛り上げた縄を持っていた男が姿を現した。唐品屋では奥で綱を持って座って居たので、皆麿も、形名も、気が付か無かったのだが、この男、形名と同じ位の上背がある。しかも、肥満体の形名とは異なり、筋骨隆々。店の外に出て日の光を浴びるとそのたくましさが鮮明と成った。


「おお、何だ、よく肥えた弱虫も一緒か」

 男は形名を見付て、声を上げて笑った。


 すると店の奥の暗がりから、

「如何した、風天丸ふうてんまる

 と聞き覚えの有る声がした。


 国忍の声であった。

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