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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第65話 ホシアワビ

「如何致しました。御若いの。物騒な物に手を掛けて」

 黒雷丸が、剣の柄を握りしめた鎌子の右肩に手を置いた。


 鎌子は、得体の知れない何かに縛り付けられ、身動き一つ出来なかった。体を無理に動かそうと思えば思う程、何かは体の奥へと深く食い込み、額には玉の様な汗が無数に浮かび上がって、頬を伝い、床の上に水溜まりを作らんばかりの勢いで滴り落ちた。


 黒雷丸が笑い乍ら店の戸を出終えた所で、鎌子は剣の柄から手を放し、大きく項垂れ、小刻みに震えた。

「何だ、彼奴等。怖い。怖過ぎる。あんな禍々しい気に触れたのは初めてだ」

 鎌子は力を絞り出して首をもたげると、顔の前に立てた右の人差し指と中指を左手で覆って、家伝の祝詞を唱え始めた。


「大丈夫。鎌子君」

 鎌子の様子を不安気に伺った形名の脳裏に、突如、彼奴等は危険ぞ、と声が浮かび上がった。飛鳥の都での一見以来、形名は、度々、脳の奥底で響く、現実感の有る声に悩まされて居た。


「何なの、あの日焼けした大男。感じ悪いわね。鎌子君に絡んで来てさ。それに何よ。あの唐品屋の店主。国忍の奴等が店に押し入った時には、私を置いて、即座に、逃げ出した癖に。今度見かけたら文句を言ってやるんだから」

 与志古は鎌子の方へ乗り出して、高く拳を振り上げた。


「そうさ。吾も、あの店主が盗品何ぞを扱って居らねば、国忍君達に絡まれる事も無かったのだ。全ての元凶はあの店主。吾も文句を言ってやりたいものぞ」

 皆麿は両の掌を膝の上に置いて、鼻から強く息を吐いた。


「止めて置け。其方等には分らぬか。彼奴等は、吾等とは氏素性の異なる異形の者。決して関わっては成らぬ」

 少し声を荒げた鎌子の頭の中には、家伝の祝詞を用いて三人の素性を探った折の映像が生々しさを持って蘇った。


「其れ程に危険な者達なのか」

 顔面蒼白で、額に無数の汗を浮かべる鎌子の姿に異様さを感じた皆麿が問うた。


「ああ」

 鎌子は何度も首を左右に振りながら短く答えた。


「如何した形名君」

 突如、頭を抱えてうずくまった形名に皆麿が気が付いた。


 形名の脳裏にも、鎌子の頭で蘇った残忍な映像が映し出された。

 そして、

  観てみろ形名。

  これはあの若造が蘇らせた過去の様子ぞ。

  変わった術を使うのう。

  アメノコヤネの一族か。

 の言葉が、あたか隧道トンネルの中で響き渡るかの如く、形名の頭の中で反響し、その声から逃れる為に、形名は耳を塞いで蹲って居た。


「大丈夫。形名君」

 との与志古の声に、形名は顔を上げて伝えた。

「鎌子君の言葉に、何か、現実的な怖さを感じてしまって」

 見えぬ筈のもの、聞こえぬ筈のものが、脳の中に有り有りと再生されて居るのである。伝え方一つ誤れば、気が触れたと思われるのは必定。形名は、今、自らに起こっている事を、その儘、皆に伝える事は出来なかった。


 鎌子と形名の徒ならぬ怯え様に、皆麿も与志古も深刻と成った。


「皆様。馬の準備は整って居ります。外は清々しいですぞ。さぁ、参りましょう」

 暗い空気に光を射したのは補の朗らかな誘いで有った。


「さぁ、行きましょう」

 与志古が軽やかに立ち上がった。


「そうさな」

 皆麿はそれに続いたが、与志古は、否、女は、男、否、雄という獣の脅威に鈍感なのでは無いか、と訝しんで居た。皆麿が猛々しい言葉を吐いたのは、図らずも感じてしまった、三人の怪しげな男達に抱いた畏怖の念に対する拒絶で、唯の虚勢で有った。で有るから、鎌子の忠告は確と皆麿の腑に落ちた。一方の与志古は、飛鳥の都で痛い目に遭ったのにも関わらず、三人の怪しげな男達の怖さ何ぞは意に介さず、あっけらかんとして居る様子で有った。


 明るい女と、恐怖を背負った三人の男、事の委細を知らぬ翁が店を発ち、難波津に着いたのは太陽が真南から少し西に傾いた頃で有った。


「難波津って凄いわね。斑鳩の里とは大違い、丸で飛鳥の都の様じゃない」

 与志古は、津を中心に立ち並ぶ家々と、通りを埋め尽くさんばかりの人々の賑わいに、大きな瞳を更に真ん丸とした。


「御嬢さん達は何処から入らしたんや」

 流石は難波津の商人である。海産物屋の店主が、与志古の旅人風の発言を聞きつけて、早速、声を掛けた。


「斑鳩からよ」


「ほう。難波津は斑鳩と比べりゃ人は多いけど、ここ数日は特別や。明後日、遣唐使が来るさかいにな。なぁ、御嬢ちゃん。これ買うてかんか」

 店主は、鮑の干物を、馬上の与志古に差し出した。


 与志古が干物に手を伸ばそうとした時、

「媛様。成りませぬ」

 と、補が制した。


「何でよ」


「これから宿に参らねば成りませぬ。買い物はその後で」

 補は店主に頭を下げると、引き綱を引いて歩き始めた。


「あの干し鮑、美味しそうでしたね。後で、絶対に買いに来ましょう」

 形名は、与志古の方へと馬を寄せて話し掛けた。


「形名君。あの大きな干し鮑は唐物ですぞ」

 皆麿も話に乗った。


 しかし、唯一人、鎌子のみは浮かない顔で有った。中臣の家に伝わる詠唱法の中には、未来を見通す術も有ったが、これを会得した者は、神代より数多と広がる血族に、数人と伝わる。鎌子の親類縁者には、香島の神官を含めて、未来を見通す者は一人として居ない。しかし、鎌子は少し違った。稀に、真の既視感が訪れた。そう、本当に経験した事の有る忘れ去った過去の記憶では無く、決して見た事も、聞いた事も無い、世界の景色が、現実の世界と結び付いて、経験した事の有る世界の様に感じる事が出来たので有る。鎌子は思った。捨、若雷丸、黒雷丸との出会いが、感覚の中で、初めてでは無いと。

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