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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第62話 キシカン

と宜しいでしょうか、皆麿君。難波津なにはつに遣唐使が帰って来ると言う話なのですが、吾、如何しても見に行きたいのです。如何か一緒に難波津へ行って頂けませんか」

 法輪寺の講堂で、形名が話し掛けた。


 飛鳥の事件から一ヶ月余。皆麿の顔は完全に元に戻って居た。季節は進み空気も冷え、倭の大地を金色に染めて居た稲穂は刈り取られ、稲株が列を成す田に立ち並ぶ稲木には、吊るされた稲藁が日の光を浴び、秋の風情を醸し出して居た。


「それは何時だい」


「あれあれ。皆麿君は遣唐使が戻って来る日も知らぬのですか」

 形名と皆麿の会話を聞いて居た鎌子が話に入って来た。


「当然、帰港予定日は知って居るよ。ただ、それを見に行くのは何時だいって話だよ。そう、到着する前に行くのか、それとも到着した後に行くのか。そう言う話さ」


「ほう。では、遣唐使は何時帰港する予定でしたっけ」

 鎌子は皆麿に怪訝な目を向けた。


「まぁ、だから、八日後、否、十日後、で、有ったよ、な」


「まぁ、あたらずといえども遠からずですかね。七日後。神無月の四日ですぞ」


 舒明二年に派遣された第一回の遣唐使が、二年の時を経て、唐から最先端の文化を持ち帰って来るので有る。飛鳥でも、斑鳩でも、学問を志す者は、皆、この話で持ち切りで有った。


「最後の遣隋使が帰還してから十七年も経つんだったよなぁ。鎌子君。その間も、我らが唐の文化に接する事が出来たのは、蘇我の方々が任那より多くの唐物を齎して呉れた御蔭で有ろう」


「はぁ。皆麿君にとっては、蘇我の齎す唐物が唐の文化ですか。国忍の奴等にあの様な目に会わされても、蘇我の一派とは、切るに切られぬお付き合いが有る様ですしな。蘇我贔屓そがびいきは変わらぬ様ですね」


「そう蘇我の一族を悪く言い為さるな。あの一件は国忍君の独断で有ると、国子様も仰って居った。そもそも、与志古弟にも非は有るし、蘇我本家の意志では無いのだから」


「皆麿君は誠に御気楽ですな。それでは蘇我の好い鴨ですぞ。あの唐物が、まがい物なのは御存知ですか」


 蘇我の一族が任那から齎す唐物の殆どは、新羅や、百済で作られた唐風の品で、中には任那の倭人によって作られた品までが唐物として取引されて居た。ごく一部、真に唐より持ち込まれる名品も存在はしたが、都の市中で取引される事は無く、それらは、直接、都の名族の家へと持ち込まれた。


「鎌子君、もう止めましょう。真の唐物では無いにしても、唐物として扱われて居る品には、皆、倭には無い飾りや模様が施されて居るではありませんか。異国の品で有る事に、間違いは有りませんよ」


「おう、そうだ。形名君の言う通りだ。異国の品々を倭に齎して呉れるのが蘇我の方々なのだから、彼等が異国の文化を齎して居る事に間違いはない。で、有ろ」


「もう良いです」

 鎌子は、呆れた様子で話を止め、

「で、何時、津へ向かいます」

 と、形名と皆麿に眼を遣った。


「折角だから、船が入港する所も見たいですよねぇ」

 形名は瞳を輝かせた。


「で有れば、三日には難波に入って、一泊せねば成りませぬな」


「否、否、折角、難波に行くのだ。難波の街も、是非、楽しまねば」

 皆麿は遊ぶ気満々で有った。


「確かに、こんな折でも無ければ、皆で難波へ行く事も有りますまい。二日に入って二泊するのも良いやも知れませぬな」


「折角です。そうしましょう」

 形名は嬉々として何度も頷いた。


「難波迄は、竜田越たつたごえを馬で抜ければ半日と掛かりませぬ。二日の朝にこちらを立てば、昼頃には難波に至る。それで宜しいかな」

 鎌子は三人の中では最も年若では有ったが、能く物事を決めた。竜田越は、厩戸王が難波に建立した四天王寺と斑鳩の法隆寺を往来する為に、大和川に沿って整えた街道で、人が歩めば三刻、馬の常歩なみあしで二刻程の旅程で有った。


「では、二日の卯の刻。吾が宅を出立と言う事で宜しいかな」

 と皆麿が伺うと、


「何やら、この言葉、聞き覚えが有りますな。そう一月程前。また、何やら、事件でも起こらねば良いのですが」

 鎌子は首を左右に何度か振ると、顔の前に右の手の人差し指と中指を立て、家伝の祝詞を短く唱えた。


 神無月の二日、卯の刻。


 形名が皆麿の宅に到着すると、

「ねぇ。吾も連れて行ってよ」


 与志古が鎌子に迫っていた。


 既視感。


 形名が一月程前に見た風景で有った。

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