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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第59話 カンザシ

 与志古が盃を拾い上げると、鎌子は左夫流の置いて行ったさしばの柄を掴み、頭の部分で投げ付けられた盃を受けた。


「危ないな。与志古媛君」


「厭らしいわね。その翳も女の物じゃない」


「何か言いた気だな。飛鳥の都で随一と名高い遊行女婦の歌と舞いを楽しむ。それの何処が悪いのだ。唐の在る彼の地では、太古より、文化と言うものが最も重視されて居る。文化の華やぐ所に人が集まり、富が集まり、国は栄える。彼の地から見れば、この地は、文化の低い、粗野な民が住まう東夷とういの一つ。唯、米を喰らい、土地を巡って人を殺し、女を奪って、子を増やす。こんな事で一生を過ごすのは、獣の所業。歌や舞いは良い。人ならではの営みだ。心を豊かにする」


「何よ。文化だ何て大層な事を言って。ただ、女達が踊るのを、厭らしい眼で眺めて居たいだけじゃない」


「彼の地では、持て成しの席に歌と舞いを欠かすことは出来ず、その技芸の匠さが、文化の高さを示すとも言われて居る」


「結局、御偉い方々も、厭らしい眼で女の人を眺めたいだけじゃないの。本当に無駄」


「文化とは、無駄の集まりで有ろう。では、貴方は何故、唐品屋へ行った。唐品屋へ腹でも満たしに行ったのか」


「そんな訳が無いじゃない。髪飾りよ。唐物の髪飾りを探しに行ったのよ」


「髪飾り何て、無駄の象徴ではないか。魔除けと言うなら、飾りは要らぬ。唯の尖った棒を挿して居れば良い。この翳だってそう。風を起こす丈なら、模様は要らぬ」


「髪飾りだって、翳だって、飾りや模様が違うから、何個持って居ても、次が欲しくなるんでしょ」


「飾りが違うと、何故に、欲しくなる」


「そんな事考えた事無いわよ」


「じゃあ、何個も有ったら、無駄だな」


「違うわよ。うーん。上手く言えないけど、何となく、心が、心が高鳴るって言うのかな」


「そう。それが文化だ。心が高鳴るものこそが文化。心が高鳴るものには人が集まる。より心が高鳴るもの、即ち、文化の高いものには、より多くの人が集まるのだ。だから、文化の高い国同士は交易を結び、更に文化を高め、より人々の集まる国を目指す。今、唐には、この世の有りと有らゆる地より人々が集まって居ると聞く。黄泉の国からも来て居るそうな。そんな国で、歌と舞いが重宝されて居る。歌と舞いが文化で無くて、何に成る」


「何言ってるの。厭らしい男達が、艶めかしい女達の、歌と、舞いを、如何わしい事を考えて眺めて居るのが、文化だなんて。本当、馬鹿じゃないの、鎌子君は」


「もう良い。この話は仕舞だ。仕舞にしよう。まぁ、この中で、最も心を高鳴らせて居ったのは、皆麿君で有るから、彼が最も文化的なのは間違いないがな」

 鎌子は皆麿に眼を向けた。


「そうなの。兄」


「何を言うんだ。鎌子君」


「はは。吾が何か嘘でも申したか、皆麿君。でも、もうこの話は仕舞だ。それよりも、与志古媛君は、如何して高向の所の忍国に、こんな目に遭わされたのだ」


「ねぇ、話を逸らさないでよ」


「もう良いではないか。遊行女婦の話など。戯れだ。男共の戯れ。それで良い。それよりも、貴方が絡まれた理由が分からねば、今後、この件に如何に対処すべきなのか、策が立たぬ。場合によっては一族の問題と成り、国子様に表に立って貰う事にも成り兼ねん」


「良いわよ。御父様に言い付けてやる」


「ちょっと、ちょっと、待って下され、与志古弟。蘇我との諍いは避けねば」


「まぁ、兎に角、原因は何だ。与志古媛君」


「吾、先、唐品屋へ髪飾りを見付に行ったって言ったじゃない。で、有ったのよ。凄く素敵な簪が。唐の物は、倭の職人が作る物とは全然違うの。細工は見事だし、何て言うのかしら、感性。そう、その感性が凄くて、とっても胸が高鳴るの。そう、当に文化よ。本当に唐物は素晴らしいわ」


 与志古は懐から簪を取り出し、鎌子の方へと向けると、一本足を持って左右に振った。


 すると、金属の触れ合う、高く、心地の良い音が響いた。簪の頭には棒状の金属が複数繋がれ、揺ら揺らと互いに触れ合い、音を奏でた。


「いい音でしょ」

 与志古は自慢気で有った。


「何か、忍国達は、この簪を探していたみたいなの。それでね、多分、多分よ、あそこの唐品屋は盗品を売ってたみたいなの。唐品屋の店主は、忍国達が遣って来て、何かを詰め寄られると、逃げ出しちゃったのよ。そうしたらね、忍国の子分が、この盗人って叫んで追って行ったから。その後、忍国達は店の商品を手当たり次第に調べ出したの。吾は知らぬ振りをして、そっと、この気に入った簪を懐に仕舞ったの。そうしたらね、私の事を縄で繋いでた男が居たでしょ、あいつに気付かれちゃったみたいで、私の手を掴んで簪を出せって言って来たの、吾、帯の後ろに隠したから気付かれなかったんだけど、あいつ、吾の事、裸にして調べる何て言い出したのよ。吾、頭に来ちゃって、あの男に唾を吹きかけて、暴れて遣ったの。そうしたら、あいつに叩かれて」


 皆麿は頭を抱え、形名は茫然としていた。


「それは、盗んだ事に成るな、与志古媛君。御父上様には告げられぬぞ」

 鎌子は目を瞑って首を振った。

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