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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第55話 アヅサユミ

 女達の舞いと歌は見事で有った。流石、都で評判が上がるだけの事は有った。眼を伏せていた形名も、その歌声を耳にするや否や、顔を上げずには居られ無かった。そして、その舞姿に形名の瞳は釘付けと成った。


「殿方の皆様。如何かしら」

 一演目目が終わると左夫流が艶っぽい声で伺った。殿方の一同は女達の芸に心を掴まれ、左夫流が故意に発した艶っぽい声に気が付いては居なかった。左夫流は何時もの事で有るかの様にそれを確認して頷いた。


「それでは次に参りましょう」

 と言うと、左夫流は持って来た袋の中から何かを取り出した。


「弓ですか」

 形名が思いも掛けぬ大きな声を漏らした。


「あら、突然元気が良くなったわね」

 左夫流が形名に視線を向けると、形名は咄嗟にそれを躱した。


「これはね。梓弓あづさゆみって言うの」

 左夫流は弦を上にして弓を台座に置くと、棒で弦を叩き始めた。


 部屋の中に弦を叩く音が響き渡った。音は次第に強く、激しく成り、左夫流の額には汗が浮かび上がった。左夫流は、その容姿からは想像出来ぬ程激しく、大きく身体を使って弦を打った。左夫流の纏う衣は乱れ、左夫流が動けば動く程、部屋の中は左夫流の香りで満たされた。が、激しい弦の響きは、殿方の心を悦よりも、奮へと誘った。


「さぁ」

 左夫流が甲高い声を上げると、蒲生、児島、土師が舞い始めた。先程の優雅な舞いとは打って変わって、同じ女達が踊って居るとは思えぬ程の激しい舞いで有った。女達の額を、首筋を、伝う汗が艶を発し、殿方を更に奮へと駆り立てた。


 外では雨が降り始め、部屋の中は見る間に暗くなった。時折光る稲光が女達の影を映し、轟く雷鳴が弦の拍子に低音の響きを加えた。


 高く鳴り響く弦音。蒲生、児島、土師が発する歌を超えた怪音。肌蹴た脚が力強く床板を踏む足音。それらに合わせて激しく舞う三人の女。座した儘、無意識の中で、身体を揺さぶる三人の殿方。部屋の中は異様な恍惚状態に包まれた。


 左夫流が両の腕で振り上げた棒を全身を使って弦に強く叩き付けると、快音は止んだ。足踏み音も、徐々に、徐々にと、弱まり、最後は弦音だけが空間に反響した。


「はっ」

 左夫流の掛け声を最後に、部屋の中には静寂が訪れた。


 蒲生、児島、土師の三人は地に伏し、身体全体を使って息をして居た。肌蹴た四肢に吹き出す汗が、幾つもの流れと成って皮膚を伝った。


 左夫流は両手で棒を握った儘、座して伏した。左夫流の長い髪が乱れ、放射線状に広がって左夫流を包んだ。


 三人の殿方は何れも肩で息をして居た。


「神々しい。何て神々しいんだ」

 と、鎌子は息を少し整えて、膝に手を突いて立ち上がると、細かく身体を震わせ乍ら伏す左夫流に向かって三回礼をし、その後、三度手を叩き、最後に一礼した。舞いは神事でも有った。神と一体となった左夫流を、鎌子は家伝の作法で敬い、祝詞を唱え始めた。


 左夫流は少し回復した体力で、奏上する鎌子の方へと顔を向けると、

「あら、美しい」

 とほほ笑み掛けた。


 左夫流は両手で床を押して身体を起き上がらせると、

「それでは、一献参りましょうか」

 と額の汗を拭って、乱れた髪を後ろに束ねた。


「酒を、酒を持て」

 と皆麿が叫ぶと、


「はい、坊ちゃま」

 と、待ち構えて居たかの様に、助が部屋の外から返した。


 宴が始まった。


 女達は乱れた衣を直す事無く、蒲生は皆麿に、児島は形名に、土師は鎌子に、酒瓶を持って酌をした。左夫流は、先程とは異なる優しい音色で弦を叩き、心地良い歌を奏でた。


 「先から、何処を観ているの。お酒が溢れて居るじゃない」

 蒲生が皆麿の盃を持つ手に、下から軽く掌を添えた。


 一方、形名は俯いた儘、盃を持つ手が一向に動かなかった。


「形名君。今日のお酒は口に合わぬか。何時もと違って、全く口を付けて居らぬじゃないか」

 皆麿が俯く形名を下側から覗き込んだ。


「私じゃ不満なのかしら。いけずやわ」

 児島が形名の隣に座る鎌子に目配せした。


「いえいえ、形名君は緊張して居るだけだ。不満何て有ろう筈が無い。児島殿の色香は随一だ」

 と鎌子が児島に目配せを返すと、


「あら、吾は」

 と土師が鎌子を見詰めた。


 すると、左夫流の叩く弦の音が心無しか強くなった。


 酒が進んでも、形名の緊張が解ける事は無かった。一方、皆麿の心は完全に蒲生に溶けて居た。酔うに連れて互いの距離は近く成り、舞って居る折は微動だにしなかった女達が、時折訪れる稲妻の光と音に合わせて、殿方の腕へと絡み付いた。


 そんな至福の時が流れる中、突如、部屋の方へと雷鳴の如き足音が近付いた。


「何だ」

 と、皆麿が声を上げると、


「坊ちゃま」

 と一人の男が部屋の中へと飛び込んで来た。


「おい、助。勝手に部屋に入れるな。と、告げて有ったであろう」

 酔って居るが故、尚更、怒り心頭に発した皆麿が、盃を捨て、真っ赤な顔で立ち上がり、声を荒げた。

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