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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第一章 ~毛野国の若王~
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第5話 ヨミチ

 形名とピリカは館を抜け出し、闇夜に紛れた。



 その頃、館では、


 そろそろ事が終わった頃かと、見張りは、藁葺きの小屋へと戻り、

「形名様」

 と声を掛けたが、返事はなかった。


「形名様」

 見張りの声は虚しく響いた。


 見張りは耳をそば立てたが、人の気配は感じられ無かった。


「形名様。失礼致します。開けますぞ」

 と、見張りは藁蓆の戸を放った。


(いない)

 見張りは小屋の中に松明を翳し確認した。


(どこだ。やばい)


「逃げたぞー。アペの姫が逃げた」

 見張りは、ありったけの声で、叫んだ。


 小屋には、声を聞きつけた周囲の兵が集まってきた。


「形名様は」

 形名を小屋へ案内した兵が尋ねた。


「いねぇよ」


「まずいぞ。何処へ行きやがった」


 そこへ矢を放った兵が駆けつけ、

「どうしたのだ」

 と訝しんだ。


「アペの姫がいない。多分、形名様が連れ出したのだ」


「先程、館の裏で見かけのだが」

(まさか)

「館の裏。館の裏へ。早う」

 矢を放った兵が、集まった者を促し、走り出した。


 兵等が松明たいまつを掲げ館の裏を探すと、塀には穴が開いていた。


(やられた)


 矢を放った兵は、塀板に突き刺さった三本の矢を抜き取り、矢籠へと収めた。


「そうだよなぁ。あの糞真面目な形名様がやってるわけねぇよ」

「だな」

「和気様への報告は」

「未だだ」

「行く」

 矢を放った兵が館の入り口へ走った。


「和気様。和気様。至急お目通りを」


 館の中から控えの兵が数名出てきた。


「何事だ」


「形名様がアペの姫を連れ、館を出ました」


「何だと」

 館の奥から、低く、一際通りの良い和気の声が響いた。


 続けて、

「見張りの者は、如何した」

 と、和気が尋ねたが返事はなかった。


「見張りは」

 と、和気は更に低い声で再度尋ねると、館の外へ出て、ゆっくりと、周囲を見渡した。


 見張りは、咄嗟に、眼を背けた。


 次の瞬間、和気が動くと、見張りは吹っ飛び、地を転がった。


「捜せ。猿」


「はっ」

 矢を放った兵が応えた。


 猿は、蝦夷「オヌ族」の戦士であった。アペ族が山裾に住まうのに対し、オヌ族は山中に暮らした。森で兎、猪、鹿を狩り、一族の者は、皆、弓の名手であった。和気はオヌ族の長に頼み、弓隊長として猿を招いた。猿は、山に入ると、するすると木に登り、見る見る間に姿を眩ました。その動きから猿と呼ばれた。本名ではなかった。見えぬ所から放たれる猿の矢は、多くの敵を貫いた。


 猿は形名とピリカを追った。



 形名とピリカは風に向かって草原を駆けていた。


 鍛冶棟梁の館はいかつち[伊香保の山々(榛名山)]の山間の谷にあり、この地には、昼は里から山へ向かって、夜は山から里に向かって、山谷風が吹いた。


 次第に急になる坂を進むと、ピリカは何かを感じた。

「追いつかれたか」


「えっ」

 形名は何も感じて居なかった。


「さっきから、何かがずっと付けて来る」

 ピリカは立ち止まって注意深く周囲を見回した。


「足音がするの」


「しゃべるな形名。行くぞ」

 二人は足を速めた。


 気配は消え、暫く走ると、右手の闇から枝の折れる音が響いた。


「まだ居る。左へ。形名」

 ピリカは形名の左手を引っ張った。


 暫く走ると、再び右から音がした。


「早く。形名」

 ピリカは形名を急かした。


「ピリカ。道が違うよ。逸れてる。戻らないと」

 形名は立ち止まった。


 すると、右手から大きく地を蹴り付ける音が響いた。


「行くぞ。形名」

 ピリカと形名は夢中で駆けた。


「やばい。行き止まりだ」

 ピリカの前には崖が立ちはだかった。


「どうしたの」

 遅れた形名は崖に気が付き、


「戻ろう」

 と引き返そうとした。


「形名。足音がする」

 その存在を誇示するかの様な、作為的な足音が闇に響いた。


「ねぇ、誰。誰なの。私だ。形名だ。追い付いたのか」

 暗闇へ問い掛ける形名に、返事はなかった。


「なぁ。誰なのだ。和気の手の者か」

 形名は叫んだ。


「形名。人じねぇ。獣だ」


「えっ」

 形名は崖の手前まで後退った。


 ピリカが暗闇に眼を凝らすと、二つ、四つ、六つと小さな光が月夜に照らし出された。


「ホロケウだ」


「ホロケウって」


「狼だ。吼えろ」

 ピリカは、ありったけの力を込め、遠吠えをした。


 狼の姿は見えなかったが、ピリカと形名の周りは、狼の荒々しい息遣いと唸り声で囲まれた。


 ピリカが再び力の限りの遠吠えを発すと、一匹の狼が、ゆっくりと二人の前に姿を現した。


 少し距離を置いたところで狼は立ち止まり、二人をじっと睨んだ。

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