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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第二章 〜東山道の怪物〜
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第49話 ミノノオウ

 突如、空を裂かんばかりの咆哮が葺の肉体を貫き、葺は卒倒した。


「何をした」

 兵の中に紛れていた刀良が、大声を上げながら葺に駆け寄った。


「形名殿」

 翠が形名に声を掛けたが、形名は首を垂れた儘、動かなかった。


「何しやがったんだ、この餓鬼は。頭を上げろ」

 刀良が形名の胸座を掴むと、垂れた形名の頭は力無く左右に揺れた。


「何考えとんだ、この糞餓鬼は、また寝とるぞ」

 形名は気絶していた。


「葺殿」

 刀良は仰向けと成った葺の肩を揺すったが、葺は眼を瞑った儘であった。


「じゃあ、俺が殺るか」

 刀良は剣を抜いて、高々と構えた。


「我等、三野一族は大王と同じアマテラスの一族。それ故、倭王権は我等に三野を任せて居る。ワタツミ族の其方等に三野の統治権を与えらる事は無い。我に手を掛ければ、額田一族は倭に滅ぼされるぞ」


「見苦しい。脅しですか、本巣殿。其方が命を失う理由は、先程、葺殿が説明した通りや。倭の事は大丈夫やで」


 刀良が、剣を振り下ろす為に一歩踏み込むと、一筋の矢が刀良を襲った。


 刀良は即座に反応し、翠に向けて下ろし始めた剣を返して、矢を薙いだ。


「誰だ」

 矢の放たれた方へと刀良が眼を向けると、数騎の兵が土煙を上げ、刀良の方へと馳せて居た。


 中央の騎兵は僧衣を纏い、

「待たれよ」

 と叫びながら、書状を右手に高々と掲げて、刀良の前に馬を止めた。


「何なのだ、倭の皆様方は。騒々しい」

 刀良は首を傾げた。刀良は、僧以外の騎兵の出で立ちが倭の正規兵の鎧姿で有る事に気が付いていた。


「やっと来よったか」

 翠は安堵の息を漏らした。


 僧衣の騎兵は、斐であった。

「あらら、大変な御様子で。縄が手首に食い込んで大層痛そうですな」

 後ろ手に縛り上げられた翠を観て、本巣の館で翠に捕らえられた斐は瞳の奥を輝かせた。


「五月蝿い。早く縄を解け」

 翠が斐に苛立ちをぶつけると、


「で、何なんだ、其方等は」

 と、刀良が斐に尋ねた。


「大王様よりの勅旨を持って参った。剣を収めては頂けぬか」


「早く、縄を解け」


「勅旨とは、何だ」


「本巣殿、今暫く、待って頂けませぬか。先ずは、兵殿。其方は、この兵団の頭か」


「ああ、そうだ。俺は大野の末家衆の頭、刀良」


「あれは葺殿」

 斐は大の字となって天を仰ぐ葺に気が付いた。

「亡くなったのか」


「いや。意識を失なっとるだけや」

 と言うと、刀良は葺の上半身を起こして、背中に膝を当てると、両肩を掴んで、

「えいっ」

 と気を入れた。


 すると、

「ここは何処だ」

 と葺は、瞬きを繰り返し、頭を何度も振って、記憶を確認した。


「葺殿」

 と刀良が後ろから声を掛けると、葺は少し状況が理解出来た様で、

「如何成って居るのだ」

 とゆっくりと刀良に問うた。


「葺殿。もう仕舞いじゃ」

 斐が翠の縄を解きながら告げた。


「斐殿は、本巣の牢に閉じ込められて居ったはずでは」

 斐の存在に気が付いた葺は眼を白黒とさせた。


「我が倭に遣わせた」

 手が痺れたのか、翠は腕を何度も振りながら答えた。


「如何成る事で」


「其方の謀に、我等は以前から気が付いて居った」


「何と」


「我に親父殿を青野に追放させた其方の策は、親父殿も承知して居る。宇斯様が親父殿に碧を本家の幼女に差し出す様にと求めた時、親父殿は心に決めたのだ。宇斯様には王の座を退いて貰うと。それが額田の主の策とは気付かなんだが、親父殿が本巣を追われる形で青野に入った事で、額田一族を欺くことは容易で有った。元々、三野に寄り付かぬ宇斯様には家臣団の人望などは無い。親父殿は青野に入り込み、三野本家の家臣団と膝を突き合わせて語り合う事で、家臣団からの宇斯様退位の承諾を得る事が出来た。後は倭の許可を待つのみ」


「この倭の勅旨の力は絶大じゃ。既に、青野の額田一族は、真若様に忠誠を誓って居る」

 斐が挟んだ。


「その勅旨には何と」

 葺が問うた。


「三野の王位を真若様に与えると。倭の認めた王には、額田の主も逆らえぬじゃろ」


「宇斯様がその様な事を認める訳が無かろう」

 葺が首を左右に振った。


「宇斯様は、青野は元より、本巣や、身毛より徴収した租を、倭に収めて居らんかったのだ。親父殿は予てから、この事を気にして居った」


「本巣殿。宇斯様を説得するのには随分と骨が折れましたぞ。中々、首を縦に振っては頂けなかったのじゃが、結局は、宇斯様のこれからの倭での生活を、真若様が全て面倒を見ると言う事で、退位を受け入れて頂けた」


「税の未納は、王の退位のみでは済まされまい。三野一族はこの地の統治権を剥奪されるはずだ」

 葺は納得いかぬ様であった。


「羅我殿の執り成しで、河勝様に動いて頂いたんじゃ。河勝様は大王の側近。未納分の倍量を早急に倭に収めると言う事で、処分は宇斯様の退位のみで、大王のお許しを頂けた」


 葺は天を仰ぎ、刀良は地を見詰めた。


「額田の者共よ。我は其方等を恨んでは居らぬ。宇斯様を退位させた事で、其方等の本懐も成ったであろう。元より我等の願いも同じ。共に手を取り合うて三野を築こうぞ」

 翠は、葺等の反乱を許した。

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