第48話 セイバイ
翠と形名は後ろ手に縛られ、額田一族の兵達の真中に座らされて居た。
「形名殿、先程の剣捌きは御見事だ。形名殿は戦が嫌いと申されて居ったが、あれ程の腕前が有れば、戦場で後れを取る事など有るまい」
翠は、自分には無い、形名の才に感服していた。
「私は、また何かを仕出かして仕舞ったのですか」
「仕出かすも何も、形名殿は意識を失のうたが故、記憶が混乱して御出でか」
「私は、額田の皆様に囲まれてから、怖くて、怖くて。本巣殿が連れて行かれそうに成ったのを目の当たりにしたら、意識が遠退いてしまいました。それからの事は」
形名は恥ずかしそうに顔を地に向けた。
「おい、餓鬼。俺と遣り合ったのを覚えとらんのか」
大柄の兵が、傷だらけの顔から唾飛沫を飛ばして二人の会話に割って入った。
「誰だ、お主は。先ずは名を名乗れ。一兵士の分際で失礼であろう」
翠は後ろ手に縛られた身体を前のめりにして、兵を睨みつけた。
「俺か。俺の名は刀良。大野で額田末家衆の頭を遣って居る。立場は、あんたと変わらんでよぉ。三野の分家の本巣殿」
「そうであったか。失礼を致した。刀良殿」
翠は刀良へ向けた瞳を逸らなかった。
「なぁ、本巣殿。あんたは、今の自分の立場を分かっとんのか」
「それは、十分、分かって居る。額田一族の考えそうな事もな」
翠は不敵に笑った。
「おい、あんた。今直ぐ殺されてぇのか」
刀良が剣に手を掛けると、
「待たぬか」
と、葺が制した。
「はっ」
と、刀良はすごすごと兵の群れへと戻って行った。葺は本巣に於ける末家衆の頭。大野の末家衆頭の刀良よりも、額田一族における格は上位であった。
「なぁ、葺。如何してこの様な愚行に及ぶのだ」
「坊ちゃま。これ以上、青野の地を三野一族にお任せする訳には参りませぬ。古に、我等、額田一族が、どの様な思いで青野をアマテラス一族を名乗る其方等の祖にお譲り致したのか、その思いを察した事は御座いますか」
翠は答えなかった。否、答えられなかった。翠にとっては思いも寄らぬ問いで有ったのだ。翠にとって青野は、生まれてからずっと、三野一族の支配地。三野一族は、多くの額田の末家衆を召抱え、その家族達を食わせていた。翠にとって、青野と額田一族とは、そう言う存在であった。
「宇斯様にこの地を治める事等出来ませぬ。私は、真若様に期待を寄せ、長年御仕えして参った。しかし、私が、何度、真若様に青野の現状を申しましても、真若様は一度も宇斯様に物を申す事は無かった。そこで私は心に誓ったのです。青野の地を額田一族の手に取り戻すと」
「親父殿や、我、蒼、碧に仕えて居った、献身的な姿は偽りで有ったと申すのか」
「いえ、献身的に仕えて来たが故の、結論です」
「其方が、我に、親父殿の追放を提案したのは、本日の為の策か」
「そうですな。それより前から策を巡らせて参りました。碧嬢ちゃまを各務野へ送ることを宇斯様に提案したのは、額田の主様です」
「何。親父殿が宇斯様には何も申せぬ事を知っての提案か」
「真若様も、坊ちゃまも、上手く私の策に乗って下さいました」
「馬鹿にするな」
「もう事は、既に成って居ります」
「三野の一族に手を出せば、倭が動くぞ」
「今、坊ちゃまは、真若様を追放して本巣を奪い、本家の地、青野に迄侵攻せんとして居ります。これは無法。倭も三野の分家の狼藉を許しますまい。我等、額田一族は、その無法を食い止め、三野に秩序を齎したのです。倭も納得する事でしょう」
「我は、青野に碧を迎えに行くだけだ。侵攻するのではない」
「死んでしまった者に、その様な言い訳は出来ませぬ。真若殿はお坊ちゃまに討たれ、青野に立て篭もる坊ちゃまは、我等、額田の一族に成敗されたのです」
「何を言って居る」
「これからそうなるのです。私も坊ちゃまに手を掛けるのは心苦しく感じて居ります。しかし、私が心から御仕えして来たお坊ちゃまだからこそ、自らの手で天にお返し致します」
葺は剣を抜いて、両の手で大きく振り被った。




