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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第二章 〜東山道の怪物〜
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第45話 ノキグチ

「侵略者呼ばわりとは、面白い事を言うのう。村国一族は、各務野の土地を守る事が出来ずに追い出され、身毛の荒地でこそこそと隠れ住み、更にそこも追い出された負け犬の一族。土地を守れぬ一族が、土地の支配者に成る事など出来ぬであろう」

 蒼は馬上で剣を抜き、剣先を大雷丸へと向けた。


「そん通りや。そんだで、ここを奪ったんや。お前らに、ここ、身毛の地は守れなんだ。ただそんだけの事や」


「そうだな。だから、ここを守る為に、我等は帰って来た」


 蒼が周囲を見渡すと、舟来彦の兵達と雷の兵達との戦闘は続いて居た。雷の兵達は善く戦って居た。が、その数は、奪還軍の半数程。雷の兵達は、徐々に、徐々にと、館の前へと追い詰められて居た。


「なぁ、周りを能く見ろ。御前等はもう終わりだ。我等に降れば、雷を丸ごと、この身毛の地で召抱えて遣っても良いのだぞ」

 蒼が大雷丸に持ち掛けた。


「あんな感じの犬に成れっちゅう事かいな」

 大雷丸は舟来彦に眼を遣った。


「お前も、こっちに来いて。お前の言う、犬ってのも、そんなに悪くは無いでよ」

 舟来彦が、笑みを浮かべて告げた。


「犬に何て誰が成るか。なぁ、身毛の棟梁殿。一対一で殺り合う何てのはどうだい」

 と言うと、大雷丸は剣を担いで前に出た。


「何だ。何の為に、命を懸ける。雷を丸ごと抱えて遣ると言って居るのだ」


「狼は犬やない。誰かに飼われるんやったら、棟梁殿。あんたを殺って、あんたの群れを奪う。それが狼の遣り方や」


「面白い。おい、皆の者。剣を納めよ。俺と大雷丸で剣合わせを行う。一切の手出しは無用だ」


 蒼が声を上げると、雷の兵と舟来彦の兵は、皆、剣を納め、蒼と大雷丸の周囲に群がり、円形の空間を作った。


 兵に囲まれた円の中心で、蒼と大雷丸は軽く剣先を合わせると、先に仕掛けたのは、大雷丸であった。剣だけでなく、突きや蹴りを織り交ぜて繰り出される大雷丸の剣技は、蒼を受け手側へと追い詰めた。


「本当に賊にして置くのは勿体無い」


「だから、言ってるやないですか。この身毛の地に国を作り、主と成ると」


「それは成らぬな」


 大雷丸の剣技に眼が慣れて来たのか、次第に蒼が押し返し始めた。蒼の剣技は美しかった。すっと伸びた背筋が、受ける時も、攻める時も、乱れる事無く、剣を繰り出した。変幻自在に姿勢を変える大雷丸の剣技とは対極的で、見る者には、尚更、蒼の剣技が美しく映った。


「侵略者の一族に相応しい、見せ掛けだけの、御上品な剣技やな。自分達の価値観を無理に押し付け、古よりこの地に根付いて泥臭く生きて来た者達を幾万も斬り付け、たっぷりと血を含んだ剣である事を隠す為には、必要以上に上品で無くては成らんからな」


「違う。其方等はそこを誤解して居る。新しい技術、新しい生き方を受け入れば、豊かに成るのだ。我が祖の齎した新たな文化を受け入れ、共に歩む船来一族を見よ。一族の者は、皆、茂みに隠れて暮らす必要も無く、食う物に困る事も無く、日々を豊かに生きて居る」


「何を、綺麗に物語を説いて居るんや。あんたらも、本家からの独立を目論んで、親を追い出したって聞いたで。結局は自分の国が欲しかっただけやないか」


「そこも、誤解だ。本家は、この三野の地に寄り付かず、倭で好き勝手な暮らしをし、この地の富を搾取して居る。我らは、その悪を追い出しただけだ」


「だから、俺等にとっては、あんたらが悪だって事や。侵略者の皆さん」


 大雷丸は、蒼の頭部に剣を走らせると、それを受ける事でがら空きと成った蒼の腹部に蹴りを放った。蒼はその動きに瞬時に反応した。が、大雷丸の足甲は、動きに慣れた筈の蒼の眼を嘲笑うかの様な速さで、蒼の左側腹部を捉えた。


 そこから畳み掛けるかと思われた大雷丸は、一転、後へと飛び退き、雷の集団に納まった。


「大雷丸よ。準備完了だ」

 黒雷丸が告げると、身毛の館から複数の炎が立ち上がった。


 炎によって照らし出された兵達を観て、蒼が異変に気が付いた。


 「雷の兵は何処へ行った」


 皆が蒼の美しい剣技に見入って居る間に、雷の雑兵達は、一人、また一人と、少しづつ、気付かれぬ様に、闇の中へと姿を消して居たのだ。


「早よせんと、館は丸焼けになってまうぞ」

 大雷丸が蒼に向かって笑った。


「皆の者、火を、館の火を鎮めろ」

 蒼の声に、舟来彦は全ての兵を館へ向かわせ、火消しを開始した。


 館を包む赤々と燃える炎は逆光となり、大雷丸を中心に、火雷丸、黒雷丸、析雷丸、若雷丸、土雷丸、鳴雷丸、伏雷丸を影と成って映し出した。


 すると、突如、突風が広庭を駆け抜けたかと思うと雨が降り始めた。雨は見る間に強くなり、一同は顔に当たる雨粒で、眼を開けて居るのが辛く成った。すると、辺りが一瞬光で包まれ、再び、夜の闇が訪れると、赤々と燃える館を背景に降り頻る雨の中に、雷の姿は無かった。

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