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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第二章 〜東山道の怪物〜
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第42話 バカドモ

 丑の刻を目前に控えた。


「なぁ、兄ぃ。館の門に突っ込むのは勘違いをした馬鹿共だって、武曲殿が言ってたっぺよ。突っ込んで大丈夫だべか」


「分かんねぇ。身毛殿の命だ。行かねばなんねぇべ。でもな、亀。俺は何か危ねぇ気がすんだ」


「どうしたのじゃ」

 亀と兎の耳打ちを眼にした羅我が問い掛けた。


「いえ、何も」

 兎が答えた。


「私にも、身毛殿の策が如何なるものなのか、全く察しが付かんのじゃ。其方等は客人。ここを離れても良いのではないか。何も命を無駄にしてまで、戦を経験する必要など無かろう」


「それは羅我殿も」


「私には色々有る」


「あっ」

 兎は羅我の話を思い出し、咄嗟に亀へと眼を向けた。


「亀。おめぇはここを離れろ。俺も、おめぇも死んじまったら、下家を継ぐ者が居なく成るべ」


「兄ぃ。何馬鹿な事言ってんだ。ここを離れんのは兄ぃの方だ。俺は出来が悪りぃ。兄ぃが居てこそ、俺は衛兵として働けてる。兄ぃが居なく成れば、愚図な俺は、他家の笑い者だ。下家への信頼は、親父殿と兄ぃが揃って居るから成り立ってんだべ」


 実際、言葉の通りで有った。兎は和気譲りの真面目さを持ち、治安維持の為に制圧隊が組織された際には、何度か小隊長を任される経験があった。指揮は的確で、作戦に抜かりは無く、行く行くは父の後を継ぎ、毛野の総隊長を任される事を周囲も期待していた。一方、亀は、部隊の召集に遅れる事も多く、また、指揮を無視して独断で敵に突っ込む事も頻回で、和気の子で無ければ、正規衛兵として配置される事は無かった。兵としては、その腕っ節の強さのみで雇われる、臨時の雇兵止まりで有ったであろう。


「亀。おめぇには、俺や親父殿には無い、人望がある。俺や親父の部隊に笑顔はねぇ。いつも、皆、顔を強張らせて、俺や親父の言葉を聴き漏らさねぇ様に、ずっと緊張し続けてる。衛兵同士が功を競い合い、結果、作戦に失敗はねぇ。が、隊の中に、真の連帯感はねぇ。でもよ、おめぇの周りには、おめぇの事を好きな奴等が集まって居て、そいつらが、戦場でおめぇが一人駆けすんのに付いて回って、おめぇの抜けてる所を全部補って、ちゃんと敵を倒して呉れる。部隊を束ねる方からしたら、作戦無視のおめぇ等に評価を下す事は出来ねぇが、おめぇの周りは、皆、笑顔だ。今後、下家が存続して行く為には、人望も必要だ。だから、おめぇは生きるべきだと、俺は思う」


「二人で去れば良いじゃろう」

 話を聞いた羅我が、呆れた様に言った。


「それは成らぬ」

 二人は口を揃えた。


「命が惜しくて、戦場を抜け出すなど、毛野の衛兵には有っては成らぬ考え方です。命を惜しめば、侮られる。侮られる事は、衛兵としては死したも同然。唯、家を絶やすことも、避けねば成らぬ事。それ故、命を惜しむのでは無く、家を残す為に、亀を帰そうと」


「先から聞いてりゃあ、御主等は五月蝿いのう。客人か、何かは知らぬが、自ら望んで願い出た戦場で、死ぬやも知れぬと怖気付き、帰りますと言い出す始末では、毛野の衛兵は随分と都合が宜しいですな」

 武曲が挟んだ。


「勘違いをした馬鹿共を、何百、何千と返り討ちにして来たって言ったのは、あんただろ。総兵で館の正門に突撃するってのは馬鹿共のする事じゃねぇんかい」

 毛野の衛兵を馬鹿にされたと感じだ亀が、口から泡を飛ばした。


「なぁ、餓鬼共。俺の主が、総兵で突っ込めって言っているんだ。そこに、馬鹿とか、賢いとか、下らねぇ話が有るのかい。兵とは、唯、主を信じて、主の命に従い、主の作戦を成功させるだけの者。家を残すとか、残さねぇとか、ここで死ぬ様な奴の家は、結局、滅びるだけの事だ。二人共、早く帰って呉れ」


 何十、否、小競り合い含めれば何百という戦場を潜り抜けて来た、大人の戦人の、死を超越し開き切った瞳孔の奥の黒い闇と、強い男臭さと共に発せられる覇気に気圧された亀は、黙るより他は無かった。


「申し訳御座いませんでした、武曲殿。我等は誇り高き毛野の衛兵。身毛殿の策、是非とも成就させてみせましょう」


 兎と亀の行く道は決まった。

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