第41話 ギョクサイ
「葺よ。斐は碧を何処へ遣ったと思う」
「全く検討が付きませぬ」
「多分、青野だ。斐は親父殿の元に碧を送ったのであろう」
「何故、そう思われるのですか」
「ここは危険だからな」
「えっ」
葺は、大野を領する額田一族の末家の出で、縁戚関係にある青野の三野一族の側役として、翠の父、真若に使えて来た。
額田一族は、大海原を制した海神族の末裔で、アマテラス一族が倭を制する以前は、近淡海の東岸から大野に至る地域を支配して居た。アマテラス一族による東征の折に、青野をアマテラス一族に譲り渡し、以降、縁戚関係を続ける事で、その地位を保って来た。葺以外にも、大野からは青野に何系統もの末家衆が送り込まれ、青野を支えて来た。
昨今、青野の主、宇斯が国に寄り付かず、倭で暮らして居るのを良い事に、大野の額田一族が青野での実権を握りつつ有った。そして今回、翠が、本巣の主であった真若を、青野に追放した事件の背景には、葺の画策が裏で働いていた。
「葺。本巣に居る額田一族を集めて呉れぬか」
「何故」
「青野へ隊を進め、碧を迎えに行く。その案内役を額田一族に担って欲しいのだ。そこで、青野の額田一族にもその旨を伝えて頂きたい」
「坊ちゃ、否、本巣殿。この葺にお任せ下され」
葺は瞳の奥を滾らせた。
「形名殿」
全く状況を呑み込む事が出来ず、固まって居る形名に翠が話し掛けた。
「はいっ」
形名は我に返った様子で、瞳を大きくして翠に向かった。
「形名殿も、一緒に青野へ行って頂けぬか」
「私がですか」
「そうだ。形名殿は碧のお気に入りで有るが故、是非とも、一緒に碧を迎えに行って頂きたい」
「あ。はい」
煮え切らぬ様子の形名に、翠は、
「形名殿。貴殿は、碧の家来に成ったのであろう。成らば、尚更。家来が主人を迎えに行かずして、その義を果たせるのであろうか」
と、少し意地悪く、逃げ道を塞いだ。
形名は、青野へ戦に行くのかと、不安で一杯に成り、押し黙ってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・
見毛の館は、身毛に広がる平地の真中に位置する小高い山の上に築かれて居た。数々の戦に於いて、周囲に幾重にも巡らされた堀と、山の斜面を人工的に削り取って切り立たせた壁が、館に挑む外敵の侵入を拒んで来た。籠城に強い館で有った。
「まさか、自分達の築いた館に挑む事に成るとは」
廉貞が山を見上げた。
「如何にして攻めますのじゃ」
羅我が尋ねた。
「俺の兵は強いで、総勢で門に突っ込もまいか」
舟来彦が自信有り気に提した。
「無理だ。我等は、その様に勘違いをした馬鹿共を、何百、何千と返り討ちにして来た」
武曲が鼻で笑って呆れると、
「あんたは、俺等の事を馬鹿にしとんのか。先は俺を起こすのに打ん投げやがったし」
と舟来彦が食って掛かった。
「舟来彦殿。止めて下され。この館の事は、廉貞殿と武曲殿の方が、良く御存知じゃ」
羅我が割って入った。
「試しに矢でも放ってみるか」
舟来彦の策に、
「まぁ、遣って見るが良い」
廉貞が呆れた様子で答えた。
「皆の者。矢を放つぞ」
舟来彦の号に、二百五十余の兵が一斉に応じ、弓を手に、前へ前へと館に向かって進み出た。
「構え。放て」
と船来彦が掲げた合図と共に、二百五十余の矢が空を割いた。が、矢は館に届く事無く、地に突き刺さった。
すると、今度は逆に、館から矢が放たれ、兵の鎧に次々と突き刺さった。
「逃げろ。撤退だ」
船来彦が声を上げた。
「はっはっは」
一目散に舞い戻る、船来彦と二百五十余名を見た廉貞と武曲が笑った。
「山の上の敵に、本当に、矢を放つ馬鹿が居ったのじゃな」
羅我は呆れた。
一刻程の時が流れ、持久戦の構えで館の前に陣を張り、皆が攻め倦ねて居る所へ、ニ騎の兵が馳せて来た。
「禄存、文曲ではないか。役に立たぬ奴等が来よった」
武曲が毒づいた。
「役に立たぬとは何だ。何時も何時も、失礼だぞ」
文曲が返した。
禄存と文曲は、蒼の騎兵の中では後方部隊で、禄存は資金調達、文曲は文書作成に従事して居た。文曲は学をひけらかす癖が有り、武曲とは特に馬が合わなかった。
「で、何だ。身毛殿は何処に」
「身毛殿の命を伝えに参った。身毛殿は既にこの山に入り、静かに息を潜めて作戦を実行して居る」
「で、その命とは」
「丑の刻に、総兵で館の正門に突撃せよ。との事」
“玉砕命令”
一同は眼を見合わせた。




