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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第一章 ~毛野国の若王~
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第4話 ヌケアナ

 その夜、形名は動いた。


 形名が寝屋を抜け出し屋外を歩いていると、

「形名様、どうなされました」

 館を警護する兵が尋ねた。


「厠だ」


「形名様、厠とは随分方向が違いますな。童の様に寝ぼけておられますか」


「いや」

 形名が惑うと、


「好きですな。形名様も。夜這うのですか」

 兵は下品な面で形名を見た。


 形名は顔を赤らめて

「いや」

 と、半ば言いかけたのだが、

「そうだ。奪う。蝦夷の姫を」

 と返した。


「形名様も御見掛けに依りませぬなぁ。蝦夷を抱かれた事は御有りですか。あれは良いですぞ。野を駆けますので能く締まって居ります」

 兵は経験有り気に話した。


「もうよい」

 形名は下劣な言葉を切った。


「あの姫は何処だ。何処に居る。実は、囚われて居る館を知らぬ。案内してくれ」


「へい。あの奥の藁葺きの小屋に」


「見張りはおるのか」


「へい」


「恥ずかしいので、事を済ませるまで、外して欲しいのだが」


「しかし、和気様の許しが」


「少しの間だ。頼む。そなたにも分かるであろう。これで何とか」

 形名は兵に、腰の小袋から取り出した黄金の粒を、いくつか手渡した。


「へい」

 と、兵が見張りの元へ近寄って、耳打ちし、金の粒を握らせると、見張りは姿を消した。


 兵は、戻って来ると形名に近付き、眼と手で合図をして、促した。


「分かった」

 形名は兵にもういくつかの金の粒を掴ませた。


「一刻ですぞ」


「分かった」


 兵も姿を消した。



 形名には、未だ、一度の経験も無かった。


 が、年頃である。観た事は何度もあった。


 館に仕える兵達が、酒売りの娘を兵舎へ誘い込み、事を為しているのを、何度も除き観た。


 しかし、実戦など、有ろうはずも無かった。


 形名は、日々、和気による主教育で館に籠りっきりであった。仕える女官はいたが、形名とは二回り以上離れた厳格な女性で、いつも口煩く、形名は女は怖いとすら思っていた。



「ねぇ、ピリカ。開けるよ」

 返事はなかった。


「ねぇ、ピリカ」

 形名は耳を澄ませたが、無音のままであった。


「入るよ」

 形名は藁蓆わらむしろの戸を開け、小屋の中へ踏み入った。


(寝ているのか)

 小屋の中央で、ピリカは大の字になって寝息を立てていた。

(可愛いなぁ)

 暗闇の中、形名はピリカに顔を近付けた。

(観たい。もう暫くの間、観ていたい)

 形名の鼓動は激しくなった。


 が、形名は意を決し、ピリカの頬を両掌で挟むと、

「ねぇ、起きて。行くよ」

 と小さく声を掛け、両掌を揺すった。


 ピリカは目を閉じたままであった。


 そこで、形名はピリカの耳元に再び、

「ねぇ、起きて」

 と、先程より少しだけ強く呼びかけた。


 ピリカは、パッと、大きな目を開き、素早く寝床を離れ、身構えた。

「何やっ」

 形名は、咄嗟にピリカに近づき、ピリカの身体を引き寄せ、掌で唇を塞いだ。


 形名の掌の下で、ピリカが

「本当に行くのか。どうやってここを抜け出すんだ」

 と訝しんだ。


「大丈夫。僕は、嫌な事が有ると、いつも夜中にこの館を抜け出して、河原で一晩過ごしているのさ。館の裏の塀板が、一つ外れる様になっている。行こう」


 形名はピリカの手を掴み、藁蓆の戸の隙間から、顔を半分覗かせた。

(いない.大丈夫だ)

 形名は頭を全て出し、ゆっくりと首を大きく旋回させ、周囲の様子を注意深く確認した。

(見張りも、兵もいない)


「行こう。ピリカ」


 形名とピリカは、全速力で、館の裏側へと駆けた。


 館の裏で、形名は一枚の塀板を掴むと、引っ張った。


 が、外れなかった。


「あれ、間違ったかな」

 形名は、隣の板を掴み、引っ張ったが同じく。


「あれ、その隣かな」

 形名は、焦った。


 何枚のも板に手を遣ったが、何れも外れなかった。


「おい。誰かいるのか」

 金を掴ませた者とは別の兵が、音を聞き付け、大声で叫んだ。


 大きな風切り音がした。その刹那、塀板を突き刺す音が暗闇に響き渡った。


「おい」

 兵の声に後れて、二本目、三本目の矢が板を突き刺した。


(やばい)

 形名はピリカと目を見合わせると、ピリカを闇の奥へと軽く押し出し、振り返って、小走りに、兵へと駆け寄った。


「私だ。形名だ。狸を追っておった」


「こんな夜中に。形名様とて、賊と違えられれば、射られますぞ」


「すまぬ。昨夜も捕り逃したが故、今日こそはと夢中になり、塀の前まで追い詰めたのだが逃げられた」

 形名の心の臓は、まるで踊っているかの様に激しく鼓動し、身体を飛び出るかに思えた。


 形名はゆっくりと、

「剣を塀の前に置いてきた。私は剣を取ってから館に帰る。そなたは持ち場に戻っておれ」

 と言ったところ、


 兵が、

「剣は腰に」

 と言いかけた為、


 形名は金の粒をいくつか握らせ、

「女だ」

 と、兵の耳元で優しく囁いた。


 兵は忌避気味に、

「野外とは好色ですな」

 と言うと、その場を立ち去った。


(実際どんな感じなのかな)

 形名は、ピリカの手、唇、肩、頬と、形名の掌で捉えたピリカの感覚が、自分のものとは異なる事を思い出し、鼓動を高めた。


「おい。形名、気持ち悪いぞ」


 形名は我に返った。


「兵は行ったよ。板を外そう」


 形名は、板を繋ぐ縄を剣で裁ち、塀板を外した。

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