第38話 センミン
廉貞、武曲、羅我と、土、鳴、伏は、幾度も剣を交えたが、互いの剣技は拮抗して居り、一向に勝負は付かなかった。
誰もが、互いに間合いに踏み込めずに居ると、
「其方等を賊にして置くのは勿体無いな」
と廉貞が投げ掛けた。
「おめぇみてぇな恵まれた衛兵の言いそうな言葉だな」
土が応じた。
「其方程の剣技が有れば、直ぐにでも部隊長には成れる」
「嘘吐くなよ。国での役目何てものは、生まれの素性で、辿り着ける場所が決まってんじゃねぇか。土地も、親も、持たねぇ俺に、国が地位を呉れるって言うのかい。ふざけるな。国に土地を借りて耕したって、全ては税で持っていかれる。土地が自分のものに成る事なんて有りやし無い。戦働きでどれだけ首を挙げたって、俺を取り立てて呉れる部隊長何て、今迄、一人も居なかった。雇われ兵の手柄は全て御偉い方の糞坊の戦歴の肥しに成るだけだ」
「何処の国の話だ」
「青野も、各務野も、皆同じだ」
「では、何故、各務野に加担する」
「加担。加担なんてしてねぇよ。遣るって言ったから、貰うだけだ。身毛の地を俺達の国にする。何も持たねぇ俺達が、土地を手にするんだ。大雷丸の描いた策に間違いはねぇ」
雷は、当初、土地を持たず、社会の最下層に位置付けられ、奴隷的な扱いを受けて来た卑しき賤民が、故郷を捨てて山に隠れ、ただ生きる為だけに寄り集まった名も無き窃盗団であった。窃盗団が変質したのは、現在の賊頭、大雷丸が組織に加わってからであった。通常、賤民は農耕や雑用に従事し、武芸などは身に付けて居ないものなのだが、大雷丸は優れた剣技と体術を身に付けていた。大雷丸の武力を背景に、雷は窃盗団から盗賊団となり、三野を中心とした東山道で、通行人を襲う野盗や、倭に納める税の強奪を繰り返した。雷に財が集まると、傭兵崩れの武芸を身に付けた者達も多く集まる様に成った。特に秀でた者は名を与えられ、火雷丸、黒雷丸、析雷丸、若雷丸、土雷丸、鳴雷丸、伏雷丸と呼ばれた。そして、この陣を任されて居たのは、土雷丸、鳴雷丸、伏雷丸の三人であった。
「勝手な物言いじゃな。この地では、倭王権との繋がりが無ければ、国は維持出来ぬ。青野と各務野の小競り合いは、何れもが倭連合王権の一員だから許されて居るのじゃ。もし、其方等、雷が身毛の地を手に入れたとしても、独立する事など出来ぬ。連合に属さぬ賊の地など、連合に属する近隣の国を中心として討伐軍が編成され、奪い返されるだけじゃ。其方等が身毛の地を手にする術は、各務野の領地の一つとして配下に成る以外には無い」
羅我が口を挟んだ。
「羅我殿。万に一つも、身毛の地が雷の手に入る事など御座いませぬ」
武曲が異を唱えた。
羅我の話を聞いた廉貞には、心に引っ掛かる物があった。
本巣と身毛の地は、青野の分家に任されては居たが、青野の領地の一つに過ぎなかった。それ故、分家は、青野の本家に税を納める事を義務付けられていた。ここで、蒼が命を懸けて身毛を取り戻しても、それは青野の領地。青野を訪れる事無く、倭に住む本家の宇斯の懐を肥やすのみで、蒼が流す、血と汗の代償に見合う益を得る事などは決して無いのだ。
『生まれの素性で、辿り着ける場所が決まる』
土の言葉に納得仕掛けている自分が居たが、廉貞は考え直した。
「身毛は奪い返させて頂く」
と言うと、廉貞は剣を振るった。
廉貞、武曲、羅我と、土、鳴、伏の剣闘は続いた。するとそこへ、兎と亀が戻ってきた。
「羅我殿の言う通りだべよ。各務野の兵は戦う気がねぇみてぇだ」
「外の兵は、皆逃げて行きました。後は、この中の三人のみです」
「本当に各務野の奴等は情け無ぇな」
土が呆れて居ると、
「おい、土。烽火が上がったぞ」
と、鳴が柵の方から上空へと高々と舞い上がる煙に気が付いた。
「糞。こいつを斬るまで、もう少し位は待てるだろ」
土は苛立った。
「駄目だ。御頭に怒られる。引き上げるぞ」
と言うと、伏は羅我に礫を投げ付け、隙を作り、陣幕を吊り下げる木の元に向かって飛んだ。
「待て」
と土が言い出すよりも先に、伏は剣で地面を斬り付けた。
次の瞬間、大きな音を立てて、陣幕が廉貞、武曲、羅我、兎、亀を襲った。
土と鳴は、素早く飛び上がり、陣幕を躱すと、陣の裏に繋いであった馬に向かって駆けた。
「逃げるのか」
と廉貞は叫んだが、陣幕に巻き付かれた彼等に、三人を留める事は出来なかった。
「どうせ直ぐに会えるさ」
土は言葉を残すと、鳴、伏と共に身毛の館に向けて馬を馳せた。




