第37話 イカヅチ
「なぁ、廉貞。敵兵の数は如何見積もる」
「そうさなぁ。五百。だが、戦えるのは二百と少し。舟来彦殿の兵で十分に片が付く」
廉貞は戦況を読むのが得意であった。
そこへ、舟来彦の二百数十の兵と、柵を守る各務野の兵とが、激しくぶつかり合う金属音と怒号が届いた。
「戻るか」
「ああ。だが、攻めるのはあそこだ」
廉貞は、細い目を、更に細めて、鋭く獲物を見詰めた。
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「進め」
戦場に舟来彦の声が響き渡った。
舟来彦の兵は強かった。一方、柵を守る兵の多くは心を乱し、散り散りと成って逃げ出した。廉貞の見積もった通り、柵を守る兵の半数以上は駆り出された農兵で、ここを守る覚悟など皆無であった。
「羅我殿、我等も」
と、兎が戦場に飛び込もうとするのを、
「待て」
と羅我が留めた。
「舟来彦殿が、命を賭して戦ってんのに、羅我殿は高みの見物だべか」
亀は、今直ぐにでも、憧れを抱いた舟来彦の加勢に駆け付けたかった。
「甕依殿。能く戦況を見るのじゃ。敵に戦う気力は無い。多くは自らの命を守る為だけに剣を振るって居る。ここでの手柄は、全て、舟来彦殿の物。加勢は無用じゃ」
羅我は亀を留めると、上手から二筋の土煙がこちらへ馳せて来るのに気が付いた。
「身毛殿の兵か。それにしても二騎では少な過ぎるじゃろ」
羅我は土煙を眼で追った。
「おい。何処へ行く」
土煙は戦場とは異なる方へ向かって居た。
「糞。菟道殿、甕依殿、付いて来て下され」
羅我は土煙の向かう方向へ馳せた。
「待って下され。何処へ」
「舟来彦殿の手柄は」
と、兎と亀は羅我に続いた。
羅我と兎と亀は、戦場の中央を真直ぐに馳せた。敵兵に抗う意志は見られず、羅我の進む道は自ずと開かれた。
「ここの手柄は全て舟来彦殿の物じゃ。好きなだけ暴れて下され」
羅我は、次々と敵兵の首を刎ね上げ、返り血で紅に染まった舟来彦の横を過ぎる時に声を掛けた。
「何処へ行くんだ」
羅我は、舟来彦の問いに答えず、戦場を抜けた。
羅我は全速力で馳せ、廉貞と武曲に追い付くと、
「おい。御主等だけの手柄にする積りか」
と、叫んだ。
「いえ、いえ。柵を守る兵は駄兵。其方等に丁度良いと思ってな。その間に、我等があそこを叩いて仕舞えば、次は館の奪還のみであろう」
廉貞が応じた。
「身毛殿は」
「分からぬ。と言うか、其方には言わぬ」
「のう。私はそれ程信用が無いのか」
「過去の数々の悪行をお忘れか」
「じゃが、結果、常に其方等の益に成って居ろう」
「もう良い。では信用の証を見せて頂こう。突っ込むぞ」
廉貞、武曲、羅我、兎、亀は一塊と成って、柵を守る兵の後ろに控える本陣に攻め込んだ。
武曲が、陣幕に囲まれた本陣を守る兵を蹴散らし、陣幕を剣で裂くと、中には、三人の風体の奇異な男達が、戦の最中にも拘らず女達と戯れていた。
即座に、三人は女を突き放すと、剣を抜いて侵入者に向かって構えを取った。
「未だ戦の声は聞こえて居るが、各務野の奴等はもう敗れたのか」
その内の一人が口を開いた。
「各務野の兵は、皆、腰抜けだからな」
もう一人の男が声を上げて笑った。
「其方等は各務野の兵ではないのか」
廉貞が尋ねると、
「俺等は各務野の兵じゃねぇよ。雷だ」
始めに口を開いた男が答えた。
「雷。雷とは賊ではないか」
「そうだが」
「では、何故此度の戦に関わって居る」
「各務野の王より、雷に身毛を遣ると言われてな」
「馬鹿を言え。身毛は、我等が血と汗を流して治めてきた土地」
「だから、その血と汗を流して、我等、雷が身毛を奪ったまでよ」
「もういいよ。土」
声を上げて笑った男が言った。
「殺るか、鳴。伏も良いな」
雷の三者は殺気を放った。
「菟道殿と甕依殿は外の兵をお頼みします」
羅我が言うと、兎と亀は馬を下り、陣幕の外へ出て、陣を守る兵達に挑んだ。
「何方を御相手為さります」
羅我が尋ねると、
「流れとしては、私めが彼奴でしょうな」
廉貞は馬を下りると土に剣を向けた。
「武曲殿は」
「それでは、笑った口でも裂いて遣りますかな」
と武曲は地に下りて鳴に向かって構えた。
「それでは私は残り者で」
羅我は馬上から伏に向かって飛ぶと、宙で仕込み杖から剣を抜いて、鋭く斬りつけた。
本陣での戦闘が開始された。




