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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第二章 〜東山道の怪物〜
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第37話 イカヅチ

「なぁ、廉貞。敵兵の数は如何見積もる」


「そうさなぁ。五百。だが、戦えるのは二百と少し。舟来彦殿の兵で十分に片が付く」

 廉貞は戦況を読むのが得意であった。


 そこへ、舟来彦の二百数十の兵と、柵を守る各務野の兵とが、激しくぶつかり合う金属音と怒号が届いた。


「戻るか」


「ああ。だが、攻めるのはあそこだ」

 廉貞は、細い目を、更に細めて、鋭く獲物を見詰めた。


・・・・・・・・・・・・・・・


「進め」

 戦場に舟来彦の声が響き渡った。


 舟来彦の兵は強かった。一方、柵を守る兵の多くは心を乱し、散り散りと成って逃げ出した。廉貞の見積もった通り、柵を守る兵の半数以上は駆り出された農兵で、ここを守る覚悟など皆無であった。


「羅我殿、我等も」

 と、兎が戦場に飛び込もうとするのを、

「待て」

 と羅我が留めた。


「舟来彦殿が、命を賭して戦ってんのに、羅我殿は高みの見物だべか」

 亀は、今直ぐにでも、憧れを抱いた舟来彦の加勢に駆け付けたかった。


「甕依殿。能く戦況を見るのじゃ。敵に戦う気力は無い。多くは自らの命を守る為だけに剣を振るって居る。ここでの手柄は、全て、舟来彦殿の物。加勢は無用じゃ」

 羅我は亀を留めると、上手から二筋の土煙がこちらへ馳せて来るのに気が付いた。


「身毛殿の兵か。それにしても二騎では少な過ぎるじゃろ」

 羅我は土煙を眼で追った。


「おい。何処へ行く」

 土煙は戦場とは異なる方へ向かって居た。


「糞。菟道殿、甕依殿、付いて来て下され」

 羅我は土煙の向かう方向へ馳せた。


「待って下され。何処へ」

「舟来彦殿の手柄は」

 と、兎と亀は羅我に続いた。


 羅我と兎と亀は、戦場の中央を真直ぐに馳せた。敵兵に抗う意志は見られず、羅我の進む道は自ずと開かれた。


「ここの手柄は全て舟来彦殿の物じゃ。好きなだけ暴れて下され」

 羅我は、次々と敵兵の首を刎ね上げ、返り血で紅に染まった舟来彦の横を過ぎる時に声を掛けた。


「何処へ行くんだ」

 羅我は、舟来彦の問いに答えず、戦場を抜けた。


 羅我は全速力で馳せ、廉貞と武曲に追い付くと、

「おい。御主等だけの手柄にする積りか」

 と、叫んだ。


「いえ、いえ。柵を守る兵は駄兵。其方等に丁度良いと思ってな。その間に、我等があそこを叩いて仕舞えば、次は館の奪還のみであろう」

 廉貞が応じた。


「身毛殿は」


「分からぬ。と言うか、其方には言わぬ」


「のう。私はそれ程信用が無いのか」


「過去の数々の悪行をお忘れか」


「じゃが、結果、常に其方等の益に成って居ろう」


「もう良い。では信用の証を見せて頂こう。突っ込むぞ」

 廉貞、武曲、羅我、兎、亀は一塊と成って、柵を守る兵の後ろに控える本陣に攻め込んだ。


 武曲が、陣幕に囲まれた本陣を守る兵を蹴散らし、陣幕を剣で裂くと、中には、三人の風体の奇異な男達が、戦の最中にも拘らず女達と戯れていた。


 即座に、三人は女を突き放すと、剣を抜いて侵入者に向かって構えを取った。


「未だ戦の声は聞こえて居るが、各務野の奴等はもう敗れたのか」

 その内の一人が口を開いた。


「各務野の兵は、皆、腰抜けだからな」

 もう一人の男が声を上げて笑った。


「其方等は各務野の兵ではないのか」

 廉貞が尋ねると、


「俺等は各務野の兵じゃねぇよ。いかづちだ」

 始めに口を開いた男が答えた。


「雷。雷とは賊ではないか」


「そうだが」


「では、何故此度の戦に関わって居る」


「各務野の王より、雷に身毛を遣ると言われてな」


「馬鹿を言え。身毛は、我等が血と汗を流して治めてきた土地」


「だから、その血と汗を流して、我等、雷が身毛を奪ったまでよ」


「もういいよ。つち

 声を上げて笑った男が言った。


「殺るか、なるふすも良いな」

 雷の三者は殺気を放った。


「菟道殿と甕依殿は外の兵をお頼みします」

 羅我が言うと、兎と亀は馬を下り、陣幕の外へ出て、陣を守る兵達に挑んだ。


「何方を御相手為さります」

 羅我が尋ねると、


「流れとしては、私めが彼奴でしょうな」

 廉貞は馬を下りると土に剣を向けた。


「武曲殿は」


「それでは、笑った口でも裂いて遣りますかな」

 と武曲は地に下りて鳴に向かって構えた。


「それでは私は残り者で」

 羅我は馬上から伏に向かって飛ぶと、宙で仕込み杖から剣を抜いて、鋭く斬りつけた。


 本陣での戦闘が開始された。

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