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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第二章 〜東山道の怪物〜
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第33話 ハンゲキ

「なんだと」

 蒼は声を荒げた。


「其方が本巣に来て居る隙を狙っての侵攻。各務野は何故それを知って居る。親父殿を追放した折も然り。まさか、本巣に内通者が居るのか」

 翠は眉間に手を当てた。


「兎に角、我は身毛の奪還に戻る」


「そうだな。急いだ方が良い。取り敢えず、本巣の兵三百を連れて行け」


「兄様、恩に着る」

 蒼は部屋を駆け出た。


「本巣殿。我等は各務野を出る折に身毛殿に命を救われて居る。加勢させて頂いても宜しいか」

 兎が願い出た。


「その様に言って頂けるのは有り難いが、客人の其方等にそこまでして頂くのは申し訳ない」


「本巣殿。我等は毛野の正規衛兵。一の実戦は、百の模擬戦を超えるとも申します。我等の為にも、是非、参陣させて頂きたい。お願い致します」


 翠は腕組みを使、暫し眼を瞑って思案すると、

「相分かった。そうで有れば、蒼を、是非、手助け頂きたい」

 と応えた。


「亀、良いな」


「兄ぃ。俺は万全だ。身毛殿への借りを、きっちり利子も揃えて御返しすっぺ」

 亀は大きく肩を回した。


「ねえ、僕は」

 形名が当惑した様子で伺った。


「形名殿は、この館で我等の帰還を御待ち下され」

 兎が返すと、形名は寂し気に頷いた。


「では」

 と兎と亀が席を立つと、

「私にも、身毛殿には色々と借りが有りますんで、加えさせて頂きますよ」

 と、羅我が立ち上がった。


「おい、おい。金は払わぬぞ」


「ですから、身毛殿への借りを御返しに行くだけじゃて。これで借りは御破算と言う事で宜しく願いしたいのですが」


「では、何時もの様に、存分に働いて遣ってくれ」

 翠は、羅我の眼を見て、軽く頭を下げた。


 部屋には、翠と、加尓に留められた形名、斐、碧が残された。


「誰か、誰か居らぬか。奥で碧の相手をして遣って呉れぬか」


「えっ。翠兄様は童と遊んでは呉れぬのか。久し振りだと言うのに」


「碧。各務野の奴等が、蒼の土地を奪い、兵を殺したのだ。遊んで居る場合では無い。どうしたら良いかのぅ」


「仕返ししたら良い」


「そうだのう。碧は各務野の奴等は好きか」


「大、嫌い。各務野の奴等は、童の首を刎ね様としたのだ。翠兄様、童の分も仕返ししてよ」


「そう言う事だ。我等、男共には仕返しの準備が有る。碧は奥で女共と遊んで居って呉れぬか」

 碧は、側使えの侍女と共に、以前、この館で過ごした奥の部屋へと下がって行った。


 部屋に残った形名は項垂れて小さく成って居た。


「さて、形名殿、前線のみが、戦いの場ではない。落ち込んでいる暇は無いぞ。我等は、後方から、蒼を支援する」


「何をすれば良いのですか」


「先ずは、国境を固める。各務野が身毛に侵攻したとの報は、直に、大野にも、青野にも、齎されるが、それを出来る限り遅らせたい。その為には、この国から出る者全てを関所に留め置き、決して外へ洩らしては成らぬ」

 と言うと、翠は館仕えの兵を呼び寄せ指示を出した。


「次は、里に散らばる農兵を召集し、各里の倉より糧を館へと集める。そして、その糧を今夜中に各務野へと送らねば成らぬ。腹が減っては戦が続けられぬのでな」

 翠は、別の館仕えの兵を呼び寄せ指示を出した。


「そして最も重要なのが情報だ。暫くすれば、各務野に放ってある本巣の手の者がここへ戻って参る。そこで戦の策を練る」


 戦を知らぬ形名には、棟梁として、次々と配下に指示を出す翠が魅力的に映った。戦闘の苦手な形名にも、戦に役立つ働きが有る事を知り、少しの希望が湧いた。


・・・・・・・・・・・・・・・


 蒼は六騎の身毛兵と共に、自らの領地へ向かう道を、我武者羅に馳せた。その後ろには、兎、亀、羅我の三騎が続き、更にその後ろを、三百の兵が必死で走った。


 三百余名の身毛奪還軍は乾いた砂を巻き上げ、彼等が通過した後の空は土煙で暗くなった。


 逸早く馳せた蒼が身毛との境である藍見あいみ川に至ると、対岸には各務野の衛兵が並んで柵を築き、奪還軍の進入に備えていた。


 暫くすると、六騎の身毛兵と兎、亀、羅我が蒼に追い付き、対岸の兵と柵を目の当たりにした。


「敵は用意周到ですな」

 と羅我が首を左右にゆっくり振って、

「如何致します」

 と蒼に尋ねた。


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