第33話 ハンゲキ
「なんだと」
蒼は声を荒げた。
「其方が本巣に来て居る隙を狙っての侵攻。各務野は何故それを知って居る。親父殿を追放した折も然り。まさか、本巣に内通者が居るのか」
翠は眉間に手を当てた。
「兎に角、我は身毛の奪還に戻る」
「そうだな。急いだ方が良い。取り敢えず、本巣の兵三百を連れて行け」
「兄様、恩に着る」
蒼は部屋を駆け出た。
「本巣殿。我等は各務野を出る折に身毛殿に命を救われて居る。加勢させて頂いても宜しいか」
兎が願い出た。
「その様に言って頂けるのは有り難いが、客人の其方等にそこまでして頂くのは申し訳ない」
「本巣殿。我等は毛野の正規衛兵。一の実戦は、百の模擬戦を超えるとも申します。我等の為にも、是非、参陣させて頂きたい。お願い致します」
翠は腕組みを使、暫し眼を瞑って思案すると、
「相分かった。そうで有れば、蒼を、是非、手助け頂きたい」
と応えた。
「亀、良いな」
「兄ぃ。俺は万全だ。身毛殿への借りを、きっちり利子も揃えて御返しすっぺ」
亀は大きく肩を回した。
「ねえ、僕は」
形名が当惑した様子で伺った。
「形名殿は、この館で我等の帰還を御待ち下され」
兎が返すと、形名は寂し気に頷いた。
「では」
と兎と亀が席を立つと、
「私にも、身毛殿には色々と借りが有りますんで、加えさせて頂きますよ」
と、羅我が立ち上がった。
「おい、おい。金は払わぬぞ」
「ですから、身毛殿への借りを御返しに行くだけじゃて。これで借りは御破算と言う事で宜しく願いしたいのですが」
「では、何時もの様に、存分に働いて遣ってくれ」
翠は、羅我の眼を見て、軽く頭を下げた。
部屋には、翠と、加尓に留められた形名、斐、碧が残された。
「誰か、誰か居らぬか。奥で碧の相手をして遣って呉れぬか」
「えっ。翠兄様は童と遊んでは呉れぬのか。久し振りだと言うのに」
「碧。各務野の奴等が、蒼の土地を奪い、兵を殺したのだ。遊んで居る場合では無い。どうしたら良いかのぅ」
「仕返ししたら良い」
「そうだのう。碧は各務野の奴等は好きか」
「大、嫌い。各務野の奴等は、童の首を刎ね様としたのだ。翠兄様、童の分も仕返ししてよ」
「そう言う事だ。我等、男共には仕返しの準備が有る。碧は奥で女共と遊んで居って呉れぬか」
碧は、側使えの侍女と共に、以前、この館で過ごした奥の部屋へと下がって行った。
部屋に残った形名は項垂れて小さく成って居た。
「さて、形名殿、前線のみが、戦いの場ではない。落ち込んでいる暇は無いぞ。我等は、後方から、蒼を支援する」
「何をすれば良いのですか」
「先ずは、国境を固める。各務野が身毛に侵攻したとの報は、直に、大野にも、青野にも、齎されるが、それを出来る限り遅らせたい。その為には、この国から出る者全てを関所に留め置き、決して外へ洩らしては成らぬ」
と言うと、翠は館仕えの兵を呼び寄せ指示を出した。
「次は、里に散らばる農兵を召集し、各里の倉より糧を館へと集める。そして、その糧を今夜中に各務野へと送らねば成らぬ。腹が減っては戦が続けられぬのでな」
翠は、別の館仕えの兵を呼び寄せ指示を出した。
「そして最も重要なのが情報だ。暫くすれば、各務野に放ってある本巣の手の者がここへ戻って参る。そこで戦の策を練る」
戦を知らぬ形名には、棟梁として、次々と配下に指示を出す翠が魅力的に映った。戦闘の苦手な形名にも、戦に役立つ働きが有る事を知り、少しの希望が湧いた。
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蒼は六騎の身毛兵と共に、自らの領地へ向かう道を、我武者羅に馳せた。その後ろには、兎、亀、羅我の三騎が続き、更にその後ろを、三百の兵が必死で走った。
三百余名の身毛奪還軍は乾いた砂を巻き上げ、彼等が通過した後の空は土煙で暗くなった。
逸早く馳せた蒼が身毛との境である藍見川に至ると、対岸には各務野の衛兵が並んで柵を築き、奪還軍の進入に備えていた。
暫くすると、六騎の身毛兵と兎、亀、羅我が蒼に追い付き、対岸の兵と柵を目の当たりにした。
「敵は用意周到ですな」
と羅我が首を左右にゆっくり振って、
「如何致します」
と蒼に尋ねた。




