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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第二章 〜東山道の怪物〜
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第32話 モトス

「本巣殿よりの命で碧姫様を御迎えに参りました」

 小男は跪いて頭を垂れた。


すい兄様の使いなのか」

 碧は眼を輝かせた。


「斐殿。如何言う事なのですか」

 状況の掴めない形名は、斐に尋ねた。


「私にも全く見当が」

 斐は首を横に振り、

「本巣殿の使いの者。如何なる用件なので有ろうか」

 と小男に説明を求めた。


 すると小男は、

「昨晩、身毛殿と羅我殿が、童女十二人と毛野の衛兵二人を伴って、本巣の館に参られました。そこで、羅我殿が、本日、碧姫様を御連れした船が本巣沖を通過し青野に向かう予定だとの旨を、本巣殿にお伝えしました所、本巣殿は碧姫様を青野に行かせては成らぬと申せられ、某に碧姫様を御連れする船を出す様にとの命が下ったので御座います」

 と事の次第を伝えた。


「なあ、あんたら。俺んたあ、どうしたらええんや」

 船主が、小男と斐の間で左右に視線を泳がせた。


「悪いな、旦那。行き先が変わった。本巣へ向かってくれ」


「はいよ」


「所で、旦那。青野よりも、本巣の方が近いじゃろ。船代は下がらぬのか」


「馬鹿言っちゃいかんよ。行き先が変わったんなら、追加の御代が欲しいとこやわ」

 船主は斐の値下げ要求を鼻で笑った。


「冗談じゃ、旦那。本巣まで頼むよ」


「それでは皆様、我等の船に付いて来て下され」

 小男は、自らの船へと帰って行った。


 形名達を乗せた船は、小男の船団に周囲を守られ、本巣の港へと向かった。


 本巣の館に着いた形名達は、翠の待つ部屋へと案内された。


 部屋に入るなり、碧は、

「翠兄様、蒼兄様」

 と、奥に座る翠の元へと駆けて行った。


 部屋の奥正面には翠、その右隣には蒼が、左横には羅我、兎、亀が並んでいた。


 斐は改まって座すと、

「本巣殿、身毛殿、御久しゅう御座います」

 と、翠と蒼に挨拶をした。


 形名も斐の隣に座して平伏し、

「毛野国の王、形名に御座います」

 と翠と蒼に敬意を表した。


「楽にして下され。其方は大切な客人。無理に御連れした形と成って仕舞った事を、申し訳なく思って居る」

 と翠が形名に非礼を詫びると、

「翠兄様。形名は客人では無いぞ。童の家来なのだ」

 と、碧が得意気に言った。


「失礼な事を申すでない。形名殿は一国の主成るぞ」

 と、翠が碧を諌めたが、

「いえいえ。私が好んで、碧姫様に臣下の誓いを致しましたので、碧姫様の言う通り、私は家来で御座います」

 と形名が微笑んだ。


「形名殿がそう申すのであれば」

 と翠が言うと、

「本巣殿。形名殿が碧姫様の家来と成って下さら無ければ、碧姫様を刀支から連れ出すことは出来なんだ。碧姫様が、今、ここに居るのは、全て、形名殿の御蔭じゃ」

 と斐が加えた。


「そうで有ったか。形名殿の計らいに感謝致します」

 と、翠は形名に頭を下げると、

「ところで、形名殿。我等、本巣と、青野、各務野の関係は何処までご存知か」

 と尋ねた。


「羅我殿から少し伺いましたが、委細は存じませぬ」


「そうか。羅我にも、斐にも、親父殿を追放する事は内緒にして居ったのでな」

 翠は羅我と斐に目線を送った。


「翠殿は何を御考えか。貴殿の愚行が碧姫様の命を危うくしたのはご存知なのか」

 斐が声を荒げた。


「ご存知も何も、各務野から碧を連れ出し、其方の元へ届けたのは我等の手の者。其方が吉蘇川を泳いで渡ったのも、我等の手の者が確認して居る」


「こちらは命懸けであったのに、そちらは高みの見物ですか」

 斐の表情には驚きと怒りが入り混じっていた。


「我等が表立って手を出す訳にも行かぬであろう」


「何を仰る。混乱に乗じて、身毛殿を各務野に差し向けたのは、本巣殿じゃろうが」

 羅我が翠に問うた。


「逆だ。我が親父殿を青野に追放したのが何処で漏れたのか、我等が青野との対応に窮して居る中、各務野の兵が国境を越えて我が領内に踏み込んだのだ。そこで蒼を送り各務野を追い返したまでだ」


「そうで御座ったか。しかし、何故、御父上の真若まわか様を青野に追放したのじゃ」


「親父殿は本家の言い成りだ。本家の主、宇斯うし様は、倭に生まれ、倭に住まい、青野に帰って来た例が無い。青野の統治を我等に押し付けて居るのにも拘わらず、青野で産まれた恵みのは全て本家の物。分家の我等には、本巣と身毛の地が与えられて居るが、与えられた理由は、そこが各務野との緩衝地帯だからだ。本家の盾にされて居る。身毛は賊が多く、土地が荒れており、我等分家の家人が多くの血と汗を流して開拓した。しかし、本家が何かをしてくれた事は無い。ここで産まれた恵みにも、本家は自らの物だと、税を要求する。古よりの慣わしとは言え、この地に生きる者は貧し過ぎる。耐え難いが、富の搾取だけなら、我等も、慣わし故に、我慢をして来た。しかし、妹の碧の事は別だ。親父殿は本家の求めに応じて、碧を本家の幼女とした。親父殿は碧を各務野の人質にする為の人身御供に差し出したのだ。我にはこれが許せず、父上殿を追い出す機会を図って居った。そして、時が来た。親父殿が実家の青野の地へ検見に出かけた折に、本巣の国境に兵を集め、関所を封鎖したのだ」


 翠が話を終えると、何やら外が騒がしくなった。


「何事だ」

 と翠が声を上げると、

「身毛より急ぎの馬が参りました」

 と衛兵が慌てた様子で返事を返した。


 慌しい足音が響きを立てて部屋へと近付くと、

 「身毛殿」

 と掠れた声を搾り出す血塗れの兵が、部屋の中へと前のめりに倒れ込んだ。背には数本の矢が突き刺さっていた。


「どうしたのだ」


「身毛が、身毛が奪われました」

 兵は息絶えた。


 各務野が身毛に侵攻したのだった。

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