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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第二章 〜東山道の怪物〜
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第31話 ソウ

 体力も限界に近付き、三人は賊に制されそうに成って居た。すると山中より、多数の馬が駆け下りる音が響いた。


 馬群は轟音を伴って、賊と剣を交える三人に駆け寄り、それを飲み込んだ。三人と、賊と、馬群が入り乱れる中、一人の男が賊を馬で蹴り飛ばし、剣を振るって、一団と賊との間に割って入った。


 馬は七騎。残りの六騎は賊に向かって弓を構えた。


 剣を掲げ賊を見据える馬上の男が、

「何を緩りと旅をして居る。待ち兼ねて迎えに来たぞ」

 と羅我を揶揄い、

「おい、貴様等。各務野との国境で、争い事を起こしたくは無い。早々に、この場を引き上げよ」

 と賊に向かって剣先を向けた。


「あらら、能く見りゃあ、其方は身毛むげの棟梁やないか。また、各務野と一戦交えに来たんかね」

 賊頭の言葉の終わりを待たずに、一つの矢が賊頭の足元に突き刺さった。


「分かったて。引き上げます。引き上げますとも」

 と、賊頭は手で合図をして、賊を引き連れ、その場を去った。


 賊の姿が小さくなるのを見届け、身毛の棟梁は馬を下りた。


「羅我よ。又、得意の翁に化けて居るのか」


「最近は、何が本来の自分の姿なのかが分から無からぬ様に成りましてな。唯、この翁の姿で居ると、皆、優しうして呉れるんで、この姿は大変便利じゃ」


「えっ、羅我殿は翁では無く、翁を演じて居ったのですか。道理で、動きが早い訳だ」

 兎は驚いたが、戦闘時の納得が行った。


「それよりも、羅我殿。そちらの身毛の棟梁殿は」


「我の事か。我は三野の一族で、身毛の地を任されて居る、そうと申す」


「私は、毛野の一族で、菟道と申します。そして、こちらが私の弟、甕依に御座います」


「ほう。何故、毛野の者が、羅我の一団に巻き込まれて居る」


「色々と、複雑な理由が御座いまして。先ずは契機を申しますと、甕依が刀支で漢人の僧医に命を救われたのが事の始まり」

 兎はどう説明すべきか、考えが纏まらず、頭を掻いた。


「まあ、良い。どうせ羅我の企みだろ」


「いえ、企みは斐殿が」


「非文に絡んだのか。それは不幸な。彼奴は謀り坊主だからな」


「えっ。斐殿を知って居られるのですか。甕依の命を救ってくれた僧医が斐殿です」


「まあ、彼奴は僧医としての腕は一流だ。そこに間違いはない。ただ、あの性格が」

 蒼は苦い顔をした。


「所で、羅我は我等を呼び立てて、何だったのだ。まさか、賊に襲われる事を予測して、助けを請うた訳でも有るまい」


「いや、各務野を抜けてしまえば、歩く必要も御座りませぬ。そこで、童女を二人ずつ、皆様の馬に乗せて頂けぬかと」


「おい、おい。我等の騎馬隊を荷馬扱いするのか。相も変わらず無礼な奴だ。河勝様が後ろに付いて居らねば、叩き斬って居る所だぞ」

 蒼は声を上げて笑った。


「おい、皆の者。童女を二人ずつ馬に乗せてやれ」

 蒼は騎兵に指図した。


「では、私は蒼殿の後ろに」

 と羅我が蒼の馬に近付くと、


「駄目だ。其方は走れ」

 と蒼は駆け出した。


 蒼に続いて駆ける六騎の兵と、兎、亀の馬の後ろを、羅我が走って追った。


・・・・・・・・・・・・・・・


  次の朝、木津の港では、眠った儘の碧を、斐が腕に抱いて馬に乗り、形名と共に海岸へ向かった。海岸では既に船主が船を準備を終え、遠くの海を見詰めて居た。


「旦那、頼むぞ」

 斐は約束の金粒を手渡した。


 三人と二頭は、八挺櫓の船に乗り、陸から吹く風に背中を押され、青野を目指した。


 海へ出て暫くすると、目覚めた碧が、

「うゎ、海だ」

 と、瞳を大きく見開いた。


「これが海と言うものなのですか」

 形名は、初めて潮の香りを嗅ぎ、波の音を聞き、何処までも広がる海原に心を奪われた。


「其方は海を知らぬのか」


「はい。毛野に海は御座いませぬ」


「そう言う国も在るのか」

 幼い碧は全ての国に海が在るのだと思っていた。


 海の男達が力強く漕ぐ八挺の櫓が、船を前へ前へと進め、心地の良い潮風が形名達の間を擦り抜けた。


「早い。凄く早い」

 形名は眼を輝かせた。


 船を出した港が見えなく成ってから暫く進むと、船主が、

「おい、少し速度を落とせ」

 と漕ぎ手に声を掛けた。


「見かけん船が出とる」

 船主は遠くに小さく見える船団を、眼を細めて凝視した。


「あいつ等、こっちに向かって来とるな」


 見る見る内に、形名達の乗る船は、船団に取り囲まれた。


「突破出来ぬのか」

 斐が船主に尋ねた。


「ぶつかって海に投げ出されりゃ、あんたらは死ぬだろな」

 船主は笑った。


「漕ぎ方止め」

 の船主の号と共に、漕ぎ手は櫓を上げ、船は惰性と成った。


 形名達の乗る船は、八艘の船に周囲を押さえられた。すると、一人の小男が、ひょいっと形名の船に乗り込んで来た。


「この船には碧姫様が乗って居られますよな」

 小男は碧に眼を遣った。

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