第29話 ヒサク
「違うな」
顔改めの役人は告げた。
「次の者」
役人が促すと、二人目の童女が白塗りを落とし始めた。
「なぁ、兄ぃ。どれが碧姫だと思う」
亀が兎に耳打ちした。
「六人目か、七人目だっぺな」
「兄ぃもそう思うか。どっちだべなぁ」
「顔を見せよ」
二人目の童女の顔を改めた役人は首を横に振った。
三人目、四人目、五人目の顔改めが終わり、六人目と成った。
「兄ぃ、大丈夫かな」
「待てよ、何か有っても、俺が言う迄は動くなよ」
「分かってる」
二人の顔は強張った。
「もっと顔を上げい」
と役人は、童女に顔を近付けたり、遠くから眺めたりして、何度も顔や姿を確認し、
「前へ出ろ」
と六人目の童女を列から外した。
「次」
と、役人は七人目の童女を確認すると、
「ん」
と顔を顰め、六人目と同様、何度もその顔や姿を確認した後、列から外した。
「兄ぃ」
「早まるな。未だ明らかと成った訳では無い。こちらが動揺すれば、尚更怪しまれる」
「次」
と、その後は滞る事無く、役人は十二人の顔改めを終わらせた。
「羅我殿は、何故、ああも堂々として居られるんだべか」
役人の横に立つ羅我を見て、亀が不思議がった。
兎と亀は童女の列の後ろ側に居た為、白塗りを落とした童女の顔を見る事が出来なかったが、役人の横に立つ羅我には、列から外された童女の顔を正面から確認出来たのだ。
「どっちが、碧姫なんだ」
亀の額には無数の汗粒が噴き出して居た。
羅我が役人と何やら話し始めたが、兎と亀には聞こえ無かった。二人は次の行動に備え、自然体で構えた。
すると、羅我が二人に向かって手招きをして呼び立てた。
「こちらへ」
兎と亀は、羅我の元へと駆け寄り、正面から列を外された二人の童女を確認すると、眼を見合わせた。
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一方、加尓の漢人の集落に残された形名は、一人部屋に篭って泣いていた。
すると、突如、外から扉が放たれ、
「形名殿」
と、斐が入ってきた。
形名が扉に眼を遣ると、斐の腕には碧が抱かれていた。
「碧姫様。一団と各務野に向かったのでは無かったのですか」
形名は眼を丸くした。
「一団って何の事だ」
碧は話が掴めぬ様であった。
「だから、朝、狐の嫁入りの白塗りをして」
「何の事だ。童は朝からずっと部屋に閉じ込められて居った。真に腹が立つ。先程、非文が来て、やっと部屋を出る事が出来たのだ」
「斐殿、如何言う事なのですか」
「形名殿。能く考えて下され。この我侭な碧姫様が、他の童女と共に大人しく各務野へ向うと思えますか」
斐は声を上げて笑った。
「五月蝿い、非文」
「そして、これこそが策じゃ、形名殿。各務野へ入る関所には、漢人の間者を通じて、倭へ向かう童女の一団に碧姫様が混じって居る、と流言を広めて置いたのじゃ。菟道殿と、甕依殿は、今頃、冷や汗に溺れて居るじゃろう」
「私が一団から外されたのは」
「それも策じゃ」
「其方には我等と共に各務野には入らず、吉蘇川の河口から海を渡り、青野に入って頂く。流言により各務野の監視は関所に注がれて居るはずじゃ」
飛鳥の時代、海岸線は三野にあり、濃尾平野の大部分は海の底であった。
「非文。形名と童と三人で青野へ行くのか」
「そうで御座います」
「斐殿が碧姫様を青野へ連れて行くのは問題では無かったのですか」
「済まぬ。済まぬ。それも全て方便じゃ。実は、私は旅の僧。丁度、各務野で過ごして居った折に、裸足に泥だらけの童女が掛けて来た。それを匿ってみた所、青野の御姫様だった、と言う訳じゃ。そこで、川を越え、坂を上り、加尓を抜け、刀支に至って、身を隠して居ったのじゃが、追っ手が迫り、そこへ、丁度、其方等の一行が現れたので、利用させて頂いた」
斐は笑った。
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各務野へ入る関所では、羅我が役人頭に、
「如何致した。何かこの二人に問題でも」
と尋ねて居た。
「先日、この関所に、各務野から逃げ出した青野の姫が、倭へ向かう童女の一団に紛れて居るとの報が入った。其方等の一団はその報その物。その二人は、顔改めの者が怪しんで居るので、もう少し調べさせて貰うぞ」
「どうぞお好きに」
役人は、童女二人を連れて、番屋へと入って行った。
「羅我殿。碧姫様は何処に」
「未だ、加尓に居る」
「えっ」
「碧姫様が一団に混じって大人しくして居られると思うか」
「確かに。あのじゃじゃ馬じゃあ、直ぐに気付かれて仕舞うわな」
「形名殿に加尓に残って頂いたのは、碧姫様が懐いて居るからじゃ。それと、今頃、非文も加尓で合流して居るじゃろう」
「斐殿が碧姫様の逃亡に絡むのは問題だったのでは」
「それも非文の策じゃ」
「あの糞僧。肉は喰うし、人も騙すのか」
亀が声を荒げると、
「何を騒いで居る」
と、役人頭が番屋から出てきた。
「詳しく調べさせて頂いたが、問題は無い。他の一団の様だ。其方等は通って良い。悪く思わんで呉れ」
「いえ、いえ、全ては御役目ですから」
羅我は笑顔で頭を下げた。
「さぁ、行きますぞ」
羅我が声を掛けると、素面の童女達が羅我の後ろに列を成した。兎と亀はそれに続き、関所を出た。
日も暮れ始め、童女の一団は、関所近くに宿を取り、その夜を過ごす事とした。




