第28話 セキショ
次の朝、形名の一行が出立の準備を整え戸外へ出ると、既に羅我と十二人の童女が待って居た。
「御待たせしました。羅我殿、童女達は皆、白塗りなのですな」
と兎が話し掛けた。
童女達は、皆、顔を真白に塗り、眼は墨で吊り上げられ、鼻先に紅を置き、口は獣の様に紅で大きく割かれて居た。
「狐の嫁入りじゃ。秦人の祀る伊奈利社の神使は狐。伊奈利社へ送られる童女は神使を模し、皆、狐の様な白塗りを施して神の元へと嫁に出されるのじゃ」
「いやぁ、これでは、何れが碧姫様なのかは、誰にも分かりますまい」
兎は感心した。
「碧姫様は何れかな」
と形名が探すと、
「分らぬじゃろ。皆、同じく振舞う様にと、きつく、申し付けて有る」
と羅我は自信有り気で有った。
「あっ、それと、形名殿にはこの一団から外れて貰う」
と羅我が告げた。
「えっ、何故ですが。承服しかねます」
形名は羅我へ向けて目を見張った。
「如何言う事ですか」
兎も尋ねた。
「形名殿は、衛兵では無かろう。もし賊に襲われた時、果たして形名殿は碧姫様や童女達を守る警護士として十分に戦えるのかのう。足手纏いに成られては困るのじゃ」
「納得いかねぇなあ。羅我殿。形名の剣技を見た事もねぇのに、失礼でねぇか」
「ほう。では、甕依殿は、形名殿が確りと碧姫様と童女達を御守り下さると約束出来るのですな」
羅我が確認すると、
亀は兎と顔を見合わせ、
「我等で、形名の分まで働かせて貰う」
と答えた。
「そこが問題なのじゃ。今回の任は、飽くまでも、碧姫様を無事に青野へ送り届ける事。少しでもその妨げに成る事は、極力避けて貰わねば困る」
「じゃあ、形名は如何成るんだ」
「碧姫様が青野に着いた所で、我等の手の者が、形名殿を安全に青野へと送り届ける。襲われる可能性の有る我等と共に居るよりも、その方が形名殿にとっても良かろう」
兎は、再び亀と顔を見合わせると、
「確かに」
と羅我の案を受け入れた。
「どうして。僕が弱いから。だから、皆と行けないの」
形名は眼に涙を浮かべた。
「形名殿。この任には危険が伴います。もし賊に襲われれば、私と亀は、童女十二人を守るだけで手一杯と成ります。また、この前の様な強い賊が現れたのなら、何人かの童女が命を失う事も覚悟せねば成りません」
兎は形名を諭した。
形名は俯き、乾いた地面に数滴の涙を落とすと、昨晩泊まった部屋へと駆て行った。
兎と亀には、形名へ掛ける言葉が見付から無かった。
「兄ぃ。これで良かったんだべな」
「羅我殿の言う通りだ。科野の坂で襲われた時、形名殿は固まってたべ。ああ成っちまったら、俺は、童女よりも形名殿を守らざるを得ねぇ。童女の警護に専念するなら、形名殿には残って貰うしかねぇべ」
「だな。形名には気の毒だが、仕方ねぇ」
「それでは、皆様、発ちましょう。里を出た後は、ずっと谷を下り、開けた先の川を越えれば各務野じゃ。日が沈む前に谷を下りぬと、本当に賊に襲われかねぬ」
一団は里を発ち、谷を下る途中で何度かの休みを取った。
「なあ、兄ぃ。童女達の脚は丈夫だなぁ。文句一つ言わずに谷を下ってやがる。じゃじゃ馬の碧姫も随分と大人しい。昨日とは大違いだべ」
馬に乗る兎と亀にとっては容易い道中であったが、歩いて坂を下る羅我と童女の膝には、相当な疲れが溜まっている筈で有った。そんな中、静かに一団に混じる碧に、亀は少し感心して居た。
「流石に命が掛かれば、駄々を捏ねてる訳にも行かねぇべ。碧姫様もそれぐれえは分かってんだべな」
「あの姫の駄々は確信犯なんかもな」
一団は、童女の速度で、ゆっくり、ゆっくり、谷を下った。
「さて、そこを抜けると、右手に川が見える。吉蘇川じゃ」
「どう渡るのですか」
「広い川じゃ。舟に乗って向こう岸へ渡る。小船しか無いので、何艘かに分かれねばな」
一団が河岸に着いた時、日は大分西に傾いて居た。
「三艘に分かれ、四人ずつ童女を乗せて下され」
「碧姫様は何処に居るんだべな。全く分かんねぇな」
亀は頻りに童女達の中を探した。
「おい、亀。川を渡れば関所が有んだ。探すな。忙しない。分かんねぇ儘で良いべ」
兎は亀の行動に冷や冷やしていた。
川を渡った一団は、関所の門を潜り、関所番の改めを受けた。
「これが過書に御座います」
羅我が関所の役人に木簡の通行証を手渡した。
「秦河勝様のものか。倭へ行かれるのか」
「いえ。山背の伊奈利社へ」
「ほう、そうか。だが、童女の顔改めは避けられぬ。青野の碧姫様が紛れてお居るやも知れぬのでな。一人ずつ白塗りを落とし、改めさせて貰うぞ」
「何を罰当たりな。この白塗りは、神使の証。それを落とせば祟られまずぞ」
「何を抗う。怪しいのう」
「河勝様は大王様の側近に有らせられますぞ。失礼とは思いませぬか」
「であれば、尚更だ。其方は今の各務野と青野の関係を御存知であろう」
一団の周りを番兵が取り囲んだ。
「では、童女どもを一列に並べろ」
役人頭が指示を出すと、番兵が童女の肩に手を掛けた。
「おい、おめぇ、ふざけんな」
と亀が言い始めたところで、
兎が、
「亀」
と制した。
「兄ぃ」
「今は待て。動く時には指示を出す」
亀は堪えた。
童女達は役人の前で一列に並べられ、一人目の童女が白塗りを落とすと、役人へと顔を向けた。




