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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第二章 〜東山道の怪物〜
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第24話 ジヨウ

 斐と亀が蔵に篭って治療を開始してから七日。この間、兎と形名は斐に頼まれては、必要なものを用意した。斐からは、危ない所は何度もあったが、亀の命は繋がれていると聞いた。


 何時もの様に、兎と形名が、蔵を遠巻きに眺めていると、

「菟道殿」

 と蔵の扉を開けた斐が、大声で呼びかけた。


「何か有りましたか」

 緊張した面持ちで兎は応じた。


「峠は越えましたぞ」

 斐は歯を覗かせた。


 兎と形名は、斐の元へと駆け寄り、兎は斐の手を握って感謝を伝えた。


「否々、漸と、峠を越えた所ですぞ。甕依殿の身体は未だ強張って居る。これが引くのに後七日、其の後は体力を回復し、徐々に身体を動かして行かねば成らぬ。ここからが外邪との本当の勝負じゃ」


「はい。では、我等は如何すれば」


「先ず、七日は今まで通り、薪と水を用意して頂きたい。薬を煎じて飲ませ続けねば成らぬ。其の後は、精の付く食べ物じゃ。仏の道では殺生を禁じて居るので、獣の肉を喰っては成らぬのじゃが、医の道では猪肉が良い。それと新鮮な野菜。これらを何とか集めて呉れぬか」


「直ぐに用意致します」

 兎は、科野の馬を売る事を決めた。


「否々。七日後じゃ」


「はい」


 兎が宿の亭主に相談をすると、科野の馬一頭では、半月の宿代と亀の養生の為の食事を用意するのには貰い過ぎだと言われた。其処で、亭主の知り合いの馬飼に馬を売る事と成った。


「この御方やで」

 亭主が馬飼に兎を紹介した。


「馬を見せてくれんかね」


「では、こちらに」

 兎は馬飼を厩へと案内した。


「こりゃあ、ええ馬だ」

 馬飼は、科野の馬の身体を摩り、隅々まで確りと確認すると、

「これ一頭で、家族が半年は食えるで」

 と薄ら笑った。


「では、この三頭をお願いします」


「おおきに」

 と言うと、馬飼いは準備してきた小袋一杯の金の粒を兎に手渡した。


 多分、損をしているのであろう。が、この科野の馬は、元来、一行の馬では無い。また、この後、この馬を倭へ連れて行く訳にも行かず、幾らであろうが、ここで手放すより他は無いと、兎は思っていた。


 やり取りを見て居た形名は兎に近付き、

「この金粒、阿知の宿の女将に渡すのが筋ですよね」

 と申し訳なさそうな顔で言った。


「私もそう考えて居ります。ただ、今は、亀を癒すのに金が掛かります。そこで、先ずはこの金粒で亀を治し、残ったものは、私が帰りに阿知の宿へ寄り、女将に事情を伝え、お返しします。また、あの女将も独り身と成りますので、私が毛野に戻った後には、父上殿に御頼みし、宜しく計らって頂く所存で居ります」


「承知しました。其れなら良かった」

 形名に笑みが戻った。


 七日の後、斐は蔵の扉を放つと、亀に肩を貸して、外へと現れた。


「亀、大丈夫なの」

 形名は亀に駆け寄った。


 兎はその場を動く事が出来ず、細かく肩を震わしていた。


「形名。もう大丈夫だ」

 亀は笑顔で回復を示した。


 そして、兎に眼を遣ると、

「兄ぃ。らしくねぇなぁ」

 と揶揄った。


「五月蝿せぇ」

 兎が返した。


「ねぇ、歩けるの」


「久しぶりに歩くんで、ちっと歩き方を忘れちまった様だ」

 亀は道化た。


「形名殿、菟道殿。甕依殿の外邪は抜けた。後は、精を取り戻すのみ。頼んだ養生食は用意してあるのか」


「はい」

 と言って、兎が母屋に駆けて行こうとしたので、


「いや待て、先ずは、甕依殿を、其方らの宿へと運んで下され。もうこの暗い蔵に居る必要は無い」


 兎は亀に駆け寄ると、形名と二人で亀の両脇を抱えて、宿へと運んだ。


 宿の女将の用意した鍋が煮え上がると、

「斐殿。これで宜しいですか」

 と兎が猪肉と野菜を碗に盛って手渡した。


 斐は、

「仏の道では獣の肉は食えぬのじゃ」

 と肉を箸で掴むと、旨そうに頬張った。


「えっ」

 と形名が呆気に取られて居ると、


「毒見は僧医の役目であろう」

 と斐は笑った。


「旨い。これは精が付きますぞ。甕依殿。先ずは汁から」

 斐が汁をたっぷり容れた碗を亀に渡すと、


「旨い。久しぶりの飯は最高に旨い」

 亀から笑みが溢れた。


「亀、どんどん食え。食材はたっぷりある」

 兎は碗に山盛りの肉と野菜を盛ると亀に差し出した。


「菟道殿、少し御待ち下され。甕依殿はこの十数日、胃腑に何も入れて居らぬ。今日は汁のみが良い。其れ故、鍋は野菜と肉がくたくたに成る迄、確りと煮込んで下され。そして其の、野菜と肉の滋養分が十分に融け出した汁を、甕依殿は時間を掛けてゆっくりと、そして、たっぷりと飲んで下され」


 亀は頷いた。


「それと、滋養分の抜け出した、野菜と肉は、菟道殿と形名殿で全て平らげて下され。命を頂いて居るのだ。捨てる事は成らぬ」

 斐はほくそ笑んだ。


「はい」

 兎と形名は少し不満そうに頷いた。


「私は、暫く寺を空けて居ったので、これから寺へ戻る。また明日、甕依殿の様子を伺いに戻って参る」

 斐は漢人の集落へ帰って行った。

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