第22話 タタリ
一行は、一夜の野営をし、刀支の里へ入った。
「亀、おめぇの顔、酷く成って来てんなぁ」
「そうかぁ、兄ぃ。自分じゃ見らんねぇけど、口が上手く動かねぇんだ」
亀は引き攣った口で答えた。
「荒ぶる神に触ったか」
兎が揶揄うと、
「兄ぃ。怖えぇ事言うんじゃねぇよ」
奥に篭った様な言葉は聞き取り辛かった。
「今日は宿を取ろう」
「亀、それが良いよ」
一行は、道沿いの宿を探し、泊まる事とした。
宿に着き、兎と形名は直ぐに馬を下りたが、亀は馬に跨がった儘、動かなかった。
「おい、亀、もたもたすんなよ」
と兎が急かしたが、
「下りらんねぇ」
呂律は上手く回らなかった。
「えっ、下りられないのか」
亀は首を振ろうとしたが、それも上手く出来なかった。
「形名殿、手伝って下され」
「はい」
兎と形名が亀を馬から担ぎ下ろすと、亀の身体は硬く成って居た。
「歩けるか」
心配そうに兎が聞いたが、亀の脚は前に出なかった。
兎は亀に肩を貸した。
「済まねぇ、兄ぃ」
亀は食い縛った歯の隙間から涎を垂らした。
「馬は私が。兎殿は亀を宜しくお願いします」
母屋へ行き宿泊の手続きを済ませた形名が宿に入ると、
「痛てぇ、痛てててっ」
と呂律の回らぬ叫び声を上げた亀が、背を反らせて転がっており、
其の傍らで兎が、
「亀、おい亀、大丈夫か」
と狼狽えていた。
亀の姿勢が元に戻る様子は無かった。
「形名殿、亀を宜しく頼みます。これは科野の坂の神の祟り。私は呪術医を探して参ります」
「分かりました。亀の事は私に任せて下さい」
兎は、転がるように急いで宿を出て行った。
「亀、亀」
形名は泣き出した。
「僕が、僕が弱いから、亀が怪我をして、こんな風に成っちゃったんだ」
「五月蝿え。斬られたんは、俺が弱えからだ」
亀の声が聞こえた様な気がしたが、亀は苦しそうに背を反らせた儘であった。
「亀、亀、本当にごめん」
形名の眼からは止め処無く涙が溢れた。
(怖えぇ、怖えぇよ。身体は痛てぇし、声もでねぇ。俺、死ぬんじゃねぇべか)
亀の意識は清明であった。背が反った儘動けぬ亀の眼からも一筋の涙が溢れた。
兎は、母屋へ行き、
「誰か、誰か居らぬか」
と大声で叫んだ。
「何やね。先程、肩を組んでお連れさんを運んで居った御方やないか」
と宿の亭主が奥から出て来た。
「弟が、俺の弟が、祟られて居る。科野の坂の神の祟りだ」
「坂で何やあったんかね。白い鹿でも出たんかいの。あっこ神は、白い鹿やで」
「そうだ。白い鹿を見た」
「ちょっと待っといてや」
と言うと、亭主は、奥へと入って行った。
奥で、女将に何かを探させると、白い塊を手にして戻り、其れを兎に突き出した。
「これ。蒜や。日本武尊命様があっこの坂で荒ぶる神さんを鎮めたっちゅう御守りやで。弟さんに齧らせたれや。良くなるで」
「有り難い」
兎は蒜を握ると宿へ駆けて行き、扉を開け、亀へと飛び寄り、蒜を亀の口に押し付けた。
「亀、早よ、噛め。齧れば、良く成っから」
亀は歯を食い縛った儘で、蒜を齧る事は出来なかった。
「亀。噛んでくれ。頼む」
兎は亀の口に蒜を捻じ込んだ。周囲には蒜特有の臭いが広がった。
「これで大丈夫だ」
兎と形名は、暫く亀を見守った。
何の変化も起こらず、亀の眼からは涙が溢れた。
其れを観た兎は、
「亀、待ってろ。呪術医を連れてくる」
と再び宿を飛び出し、母屋の亭主の元へ走った。
「亭主。頼む。呪術医だ。この里に呪術医は居ねぇのか」
「こん里に呪術医は居らんが、里外れに漢人の集落が在る。そこの僧医が能く奇病を治すと聞くもんで、行ってみたらどうやね」
「直ぐに行く。何処にあんだ」
兎は亭主から漢人の集落への道を聞き、馬を飛ばした。
一刻程して、兎は一人の僧医を連れ、宿へ帰って来た。
「さあ、こちらへ」
兎が扉を開けて、僧医を中へ案内すると、
僧医は亀を診て、
「思った通りじゃ」
と、手にした包みから薬草を取り出した。兎に聞いた亀の症状から、僧医は寺で幾つかの薬に目星を付けていた。
「其方の弟君の証に対し、傷寒雑病論に有る医術では大承気湯を用いる。其れと、音と光が治療の妨げと成る。小さくて良い。宿から離れた暗い部屋を用意して呉れぬか」
「はい。直ぐに手配します」
兎は急いで宿を出ると、亭主に頼んで小さな蔵を貸して貰った。
「準備が整いました」
兎は宿の扉を開け、僧医に伝えた。
「では、其処に弟君を運んで頂けぬか」
「分かりました。では、形名殿、手伝って頂けませんか」
「もちろん」
形名は涙を拭った。
兎と形名は、弓状に硬くなった亀を、宿から離れた窓の無い蔵に運び入れた。僧医は二人を蔵の外に連れ出すと、小声で、
「始めに厳しい事を伝えておく。弟君の病は悪い。既に病が進み亡くなる者の多い状態と成って居る。其の覚悟はして欲しい。良いか」
兎と形名は俯いた儘、無言であった。
「上手く運ぶとして、治療には、十日程の時が掛かる。音と光が弟君の身体に障るが故、呉々も小屋には近付かぬ様に。必要な物は私が取りに出る」
僧医は治療の準備を整えると、蔵の扉を閉ざした。




