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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第二章 〜東山道の怪物〜
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第15話 ケノノワコウド

 館の中では、兎と亀が、

「お帰りなさいませ」

 と、ひれ伏して形名を出迎えた。


「お直り下され。菟道殿。甕依殿」


「はっ」

 と、兎と亀は面を上げると、


 兎が困った顔で、

「形名様。我等を菟道殿、甕依殿と呼ぶのを御止め下さいと、この五日間、ずっと申し上げて居るでは御座いませんか。兎と亀と御呼び下され」

 と形名に願い出た。


「菟道殿と甕依殿は、私よりも年上ですから」


「形名様」


「では、菟道殿も甕依殿も、私の事を形名と呼んで下さい」


「それは成りませぬ」


 形名と兎の遣り取りは続いた。


 そこに亀が口を挟んだ。

「それでは、各々を、形名殿、兎殿、亀殿と呼ぶのは、如何でしょうか」


 兎は、

「亀」

 と抑えたが、


 形名は少し考え、

「其れは妙案だ」

 と微笑んだ。


(これで同格だ)

 亀も微笑んだ。


「ほんとの所、僕は主としての話し方は嫌なんだよ」

 形名は言葉を崩した。


「なんか、偉そうで、周りの人たちもぺこぺこする」


「いや、でも、形名様」

 兎が挟むと、


「だから、そこ。形名殿だってほんとは嫌なんだから」

 形名は顔を顰めた。


「分かりました。形名殿。この旅の間だけと言う事でお願いします。この事が父上殿の耳に入れば、我等はどの様なお咎めを受ける事か」


「分かったよ。兎殿」


「親父殿の耳に入んねぇんじゃ、俺、この旅の間は、形名って呼ぶぞ」


「いいよ。亀」


「亀。無礼だぞ。形名殿も御理解下され」


「分かった。それでは、私と其方は、形名殿と兎殿。僕と亀とは、形名と亀。こうしよう」


「あぁ、もう、仕方ありませぬ」

 兎は諦めた。


「そうそう。兎殿は、親父殿から伺って居ったのですか」


「何をです」


「新書の中身」


「いえ、全く」


「短剣の発注、千本。乙名子様は、毛野が戦でも始めるのかって申された」


「えっ、そんな話は聞いた事も御座いません」


「なあ、形名。千つったら、毛野の衛兵と同じくれぇの数だな。兵に配んのかもな。洲羽の剣は人気だかんなぁ」


「軍備か。父上殿は、兵の強化は国作りの基礎と、常々、仰って居られますから」


「でも、軍備って事は、戦の準備だよね。嫌だなぁ」


「ご安心下され、形名殿。父上殿の考える事であれば、間違えは御座りませぬ」


 兎と亀は、毛野の衛兵を勤めていた為、兵の事情には詳しかった。一方、和気による形名への主教育は、倭風の振舞い、作法、儀礼、出立ち。形名は兵の事など全く知りはしなかった。


 形名は、夜が更けるまで、兎と亀に、毛野の兵制について、興味のままに話を聞いた。



 次の朝、一行が旅支度を進めて居ると、外から衛兵の声がした。

「形名様。形名様。準備は御済ですか。乙名子様が、旅立ちの前に、洲羽の鍛冶場を直々に案内すると申されて居ります」


「もう暫くのお待ちを」

 兎が答えた。


「亀、早う」


 一行は、準備を早め、急ぎ外へ出ると、衛兵が整えた馬に跨り、衛兵を先頭に馬を走らせ、鍛冶場を目指した。洲羽の鍛冶場は、外から覗かれぬ様、曲がりくねった狭い山道を進み、小高い丘を越えた所に在った。


 鍛冶場の入口がある丘の上では、乙名子が一行の到着を待ち構えて居た。


 乙名子が視界に入ると、一行は馬を飛び降り、走って乙名子に近寄り、形名が透かさず挨拶をした。

「お待たせ致しまして、大変、申し訳御座いません」


「いえいえ、急に呼び立てたのは、我の方だ。急がせてしまって申し訳ない。其れよりも観て下され、毛野の皆様。如何かのう、我等の鍛冶場は」


「でか」

 奥を覗いた亀が漏らした。


「どれ」

 形名も前に出て奥に眼を遣った。

「すごい」


 毛野の鍛冶場は、一筋の山間の谷に築かれていた。


 一方、洲羽の鍛冶場は、山一面に広がり、幾筋もの谷に沿って、無数の赤い光が点在していた。野だたらの焔だ。炉内の炭に岩壺や鬼板を砕いて混ぜ入れ火を焼べる。赤々と燃え上がる灼熱の焔の中で鉄は産まれる。炉は煙を噴き上げ、無数の煙が一つとなって、山を霧の様に包み込んだ。山には皮吹子を潰して炉に風を送り込む男達の力強い声が響き渡った。


 焔の中から産れ出づる鉧塊は鍛錬場に持ち込まれた。鍛冶場棟梁の指示により、鉧塊は砕かれ、その質により、造り出す鉄器の種類に応じて破片は振り分けられた。剣の作製には最も良質な部分が選ばれた。鉄を鍛えて鋼と成す。汗の飛沫と共に、幾度も、幾度も振り下ろされる大鎚は、甲高い金属音を響かせ、火花を散らして、鋼を育てた。

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