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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第四章 ~継承者の惨苦~
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第119話 クサカゲ

 師走半ばの能く冷えた雪舞う日に、火雷丸が、

「おい、胤。魚を捕って来て呉れねぇか」

 と頼むと、形名は小屋を出て、一刻も経たぬ内に、魚篭びくから溢れんばかりの魚を捕って帰って来た。



 それから数日を経た、温かな日差しに寒さの少し緩んだ日に、火雷丸が、

「なあ、胤。兎を捕って来て呉れねぇか」

 と頼むと、

 形名は、

「吾では上手く捕れませぬ故、ほの殿が捕って来て下さいませんか」

 と断った。


「上手く捕れねぇって。御前ぇ。無茶苦茶、弓は上手ぇじゃねぇかよ。ここに居させてやってんだから、飯ぐらい捕って来いよ」


「でも、未だ身体が」


「又それか。もう治って居る筈だぞ」


「でも、未だ」


「何時もこれの繰り返しだ。そんなに狩りが嫌いなんかい。もう良いよ。分かった。俺も行くんで、付いて来い」


「はい」


 形名は、火雷丸に連れられ、渋々、狩りに出掛けた。


 佐味の地は、利根川流域の湿地に在り、小屋の周りには未開の草原が広がって居た。


「おい、胤。あそこ、あそこに何か居るぞ。弓を構えて置け」

 火雷丸は、草の僅かな揺らぎも見逃さない。

「居た。兎だ。狩るぞ、胤。未だ動くなよ。息を殺して、構えてろ」

 火雷丸は、右手を上げた。

「放て」

 火雷丸は、兎が草の間から顔を出した刹那、右手を振り下ろした。


 形名が弦に駆けた指の力を静かに解くと、矢は兎へと向かって飛んだ。


「何遣ってんだ」


 火雷丸の言葉通り、矢は、前肢を上げ背伸びして立つ兎の横に突き刺さり、それに驚いた兎は草叢くさむらの中へと消え去った。


「済みません」


「何故にわざと外す」


「否、態とでは」


「ほう。まぁ良いわ」


 形名と火雷丸は、再び草原の中を、得物を探してまわった。


「胤。あそこ」

 火雷丸は、草叢の奥に潜む小さな陰に気が付いた。

「次は外すなよ」

 火雷丸は、先程と同じ様に、右手を上げ、草が激しく揺れると直ぐに、

「放て」

 と、手を下ろしたが、形名の右手には力が込められた儘で有った。

「早う」

 草の間から、得物が顔を覗かせると、形名は弓を放った。


 形名が射たのはきじで有った。雉は、その場で回転しながら激しく羽ばたきをし、断末魔の叫びを上げると、息絶えた。


「遣りゃあ、出来るじゃねぇか」


 火雷丸は、雉を掴むと首を落として、血抜きを始めた。


 形名は、地面に顔を向け、それを観ない様にして居た。


 火雷丸は、それに気が付いて居たが、そこに触れる事無く、血抜きを終え、

「帰るぞ」

 と、首を落とした雉を形名に手渡した。


 形名は、顔をしかめて、雉の肢を掴んだ。



 暫く歩むと、火雷丸は右の手を横に突き出し、

「居るなぁ」

 と形名を留めると、顎で草が微かに揺れる場所を示した。

「次も外すなよ」


「でも、雉を持って居るので」


「そいつはその辺に放って。まぁ、良い。俺に渡せ」

 と言うと、火雷丸は獲物の居る場所から目を離す事なく後退り、形名から雉を取り上げた。

「分かってるよな。さっきみたいに遣りゃあ良いんだ」


「何してる。早く矢をつがえろ」

 火雷丸は、乗り気で無い形名をかした。


 言う事を聞かねば、火雷丸は殴る。何時もの事だ。だから、形名は指図に従った。


「良いか。外したら、御前ぇん飯は抜きだぞ」


 形名は飯が大好きだ。だから、狙った。草陰にうごめく、未だ見ぬ得物を。


 そして、願った。

――兎では有りませぬ様に。


 一瞬、草のざわめきが止み、次の瞬間、飛び出して来たのは、


「うぉ、猪じゃねぇか」

 火雷丸は喜んだ。


 猪は、矢を構え自らの命を狙う男、形名に狙いを定めた。


 猪と眼の合った形名は逃げた。


 が、獣には逃げる物を追う習性がある。猪突猛進。猪は背を向けた形名に驀地まっしぐらに駆けた。


 猪が、火雷丸の横を通過し、形名の背にその牙を突き入れんと跳ねた刹那。


 宙に、赤き飛沫が舞った。


 火雷丸が逆手に握った剣が、猪の頸を裂いたのだ。火雷丸の肩から手の甲に掛けて走る火傷痕に沿って、猪の血が走り。それはあたかも炎の様で有った。


「胤。これじゃあ、仕方無ぇな」

 形名は飯を失わずに済んだ。


「こいつを運ぶのは手伝えよ」

 形名は、火雷丸の指示に従い、猪を利根川へと運んだ。


「えっ、何を」

 火雷丸は、形名の眼の前で、猪の肢に縄を結ぶと、川の中へと放り込んだ。


「御前ぇ、何も知らねぇんだな。まぁ、記憶が無ぇんだから、仕方無ぇか」

 火雷丸は、石の上に腰掛けた。

「御前ぇも座れよ。こいつをさばく前に、確りと肉を冷やさなくちゃなんねいんだ。だからよ、それ迄の間、ちょっと待たなくちゃなんねぇんさ」


 形名は、川底に沈む猪を、悲しそうに見詰めて居た。

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