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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第四章 ~継承者の惨苦~
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第116話 ヒンソウ

「掟とは」

 赤猪は眼を見張った。


「吾が父上様と同じうに」

 石成の言葉に、赤猪は頭を左右に振った。


 石成が眼で合図をすると、意識の戻らぬ形名の手足に、従者が縄を掛けた。


「何を為さる」

 と赤猪が叫んで、形名に寄ろうと踏み出したのを、石成は制した。


「長野。形名様は、真に、形名様は熊を倒したのだな」


「はい」

 石成の後ろから問う赤猪に向かって、長野は大きく縦に首を振った。


「そうは言うが、山へ入った布加無曽の兵は、倒した熊を見付けられなんだので有ろう。そして、その見付けられなんだ熊の親子を、今、ここへ持って来たのは、吾が息子。王としての役務を果たしたのは誰なのか。それは、自明の理」


 赤猪、長野、秋野は、拳を握り締め、地を見詰めるより他は無かった。


「これより、吾等、阿佐久良一族が総領館へと入り、毛野の政務を執り行う」



 石成は兵に命じて、手足を縛った形名を板に乗せ、惣領館へと運ばせた。



 石成の一行が、惣領館に着くと、

「おい、形名、如何したんじゃ」

 と、板の上に横たわる形名に気が付いたピリカが、館を飛び出した。


 すると、

「この者を捕らえよ」

 との石成の指示に応じた兵達が、ピリカを取り囲んだ。


 ピリカは、自らを捕らえようとした兵の顎に、瞬時に膝を入れ、卒倒させた。


「何なんじゃ、阿佐久良殿。形名は死んだのか」

 戦の折に、命を失った兵は、板の上に乗せられて、家へと運ばれた。


「形名様、否、形名は、生きて居る。が、意識は無い。意識を失うて、熊送りを成せなんだのだ。故に、惣領の地位を失うた。そして、村長達の合議で、吾等、阿佐久良一族が、惣領の地位を受け継ぐ事と成ったのだ」


「何じゃと」


「それと、形名は、王の役務を果たさぬ者として、咎人と成った」


「何」


「それ故、手足を縛られて居る」


「何故に、意識を失うたんじゃ」


「熊に遣られたみたいだのう。顔に熊の爪痕が残って居る。山の中で、形名も、布加無曽の息子達も倒れて居ったとの事だ」


「そんな訳は」

 形名の鉄壁の防御を知るピリカには、受け入れ難かった。


「それと、其方は、もう王の姫君では無い。まあ、吾が息子の妻として遣っても良いのだが、この様に粗野な姫君を息子は好まぬ。故に、心を入れ替える迄は、アペの人質として扱わせて頂く。今後、一切、部屋を出る事はまかり成らぬ」


 ピリカは抗ったが、多勢に無勢。座敷牢へと押し込められた。



――五年振りか。

 ピリカは、アペの族長館でシヌエを施された後に、牢に閉じ込められた時の事を思い出して居た。


「ピリカよ。石成様が御呼びで有る」

 ピリカを牢へと運んだ兵が、扉の前で告げた。


――あの時も十日で有ったな。

 ピリカの脳裏に、自分がここへ連れて来られた日の事が蘇った。

「何じゃ」


「偽王、形名の刑が執行される」


「何じゃと」


「其方も見届けよとの、御達しで有る」


「あぁ」

 ピリカは牢を出ると、案の定、暴れ出した。


 兵は、それを見越した上で、備えをして居た。兵が声を上げると直ぐ様に、大勢の者達が駆け付けた。


 ピリカは取り押さえられ、手枷、足枷を付けられると、館の外へと連れ出された。


 ここ数日、雨が降り続いて居た為、館を囲む堀の水は溢れんばかりに満ち、崖下の水路に向かって、激しく滝の様に流れ落ちた。


「形名」

 崖上の館の門が放たれると、ピリカは、水路に浮かぶ小舟に、形名が横たわって居るのに気が付いた。


 形名は動かない。


「形名は死んだのか」

 船着場に着いたピリカは、そこに立つ石成に尋ねた。


「否、生きて居る。そう、息はして居るのだが、未だ眼は覚まされぬ」


「船の上に寝かせて、何をするんじゃ」


「流します」


「何じゃと」


「粗野な振る舞いは治らぬと見えるのう。それでは、我が息子の姫君にはそぐわぬぞ」


「五月蠅せぇ」

 ピリカは、石成の後ろに隠れるように立つ久比麿を睨み付けた。


 久比麿は眼を伏せた。


「此奴がカムイホプニレを成したんじゃと。にわかには信じられんのう。全く覇気が無い。キムンカムイが此奴に殺られるものか。そして此奴にオオナムチの能力何ぞが有るものか」


(ああ、此奴にはオオナムチの能力は無い。貧相な外殻だ。オオナムチが宿れば、命を落とす)


「何だ、この犬児いぬころは。しっ、しっ」

 石成は、川下から現れたヌプリを追い払おうと、手を振った。


(形名は、熊を倒した。オオナムチの能力でな。だが、殺りはせんかった。何を考えて居るんだか。そして、此奴は熊を狩っては居らぬ。殺ったのは配下の兵だ)

 ヌプリは、形名を追って、黒う嶺に入って居た。


「そうじゃったんか」

 ピリカは大きく頷いた。


「何を犬児と喋って居るのだ。気でも触れたか」

 石成に、ヌプリの声は届いて居なかった。

「まあ、良い。これから、偽の王、形名が、王の役務を放棄した咎に対する刑を執行する」


 石成は、剣を抜くと、天に翳し、大きく振り被って、斬り付けた。


小舟を船着場に繋ぐ縄が絶ち斬られ、船は離岸した。


 堀から水路へと流れ込むの水の流れは早く、形名を乗せた小舟は見る間に小さく成り、利根川の流れへと消えて行った。

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