表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第四章 ~継承者の惨苦~
111/121

第111話 ナラネバ

「では、行って参ります」

 と、形名が石成と赤猪に向かって頭を下げると、長野と秋野がそれに続いた。


「さあ、形名様、こちらです」

 長野と秋野の導きで、形名は、里の裏門をくぐり、黒う嶺へと向かう小道を上り始めた。


「布加無曽殿、池邉様との事が思い出されますなあ」


「兄上が熊送りを成し遂げた日の事ですか」


「そう。其方が、池邉様が狩った熊の首を、高々と掲げ、この裏門に現れた時、儂の震えは止まらなんだ。其方等が山に入りて二十日。儂等は其方等が既に亡くのうたものと覚悟を決め、熊送りの儀を取り止めて、探しに行かねばと思うて居った。猪の毛皮を身に纏い、頭上に掲げる熊の首からしたたる血を浴びる其方は、暁に照らされ真紅に染まって居った。正に赤猪。その折より、皆が其方の事をそう呼ぶ様に成ったので有ったな」


「黒う嶺で熊を追う日々は身と心を削られます。吾等は死をも覚悟して居りました。特に深山では。彼等には、深山に入る事なく、里山で狩りを成して欲しいものです」


「そうさのう。池邉様は二人で事を成し遂げた。此度は三人、この日の為に熊狩りを経験させた二人を付けて居る。もし狩りが成らねば、形名様は、この国の主としての証を示せなかった、と言う事に成って仕舞いますな」


「血脈を受け継ぐ王としての力の証、ですか。有るでしょう。形名様には。あの、兄上様の子、なのですから」


 石成と赤猪は、形名達の後姿を見護った。



 数刻の後、南に高く昇った陽は、黒う嶺を覆う若葉を青々と照らした。


「もうしばらく歩いて居りますが、熊は何処に居るのでしょうか」

 形名は、毛皮の暑さも有り、汗まみれと成って居た。


「形名様、ここは未だ里山の浅き所。人の臭いが残って居りますが故、野生の獣達が現れるは稀に御座います。特に、熊は警戒心が強う御座いますので、深山に餌が無くなりでもせねば、ここへは」

 長野は涼しい顔で有った。


「そうですか。では、どの様に熊を見付けるのです」


「里山をくまなく巡り、出会でくわし次第、その場で狩る積りで居ります」


「はぁ」


「兄様、しばし、休みませぬか、吾等は山に慣れて居りますが、形名様は」

 秋野が浮かぬ形名に気を遣った。


「そうさなあ、焦っても仕方有るまい。形名様、休みましょう」

 長野が言うと、

「形名様、これを」

 と秋野は腰から竹水筒を取って形名に手渡した。


「有り難う御座います」

 形名は一気に飲み干した。


「あらあら、そんなに乾いて御出おいででしたか」

 秋野が笑うと、


「はい」

 と、形名も微笑み返した。


 そして、それを見た長野も笑んだ。



 三人に笑みが浮べる余裕が有ったのは、数日の事で有った。


 黒う嶺に入って十日。里山を巡り尽したが、熊を探せずに居た。


 形名は慣れぬ山歩きに疲れ切って居た。


 長野と、秋野は、焦って居た。


 この十日は、食事も、睡眠も、十分では無い。そして、里と違い、山の中では、糧を得るのにも身体を使う。長く山で過ごせば体力が削られるのだ。力が無ければ、熊と出会っても、仕留める事が難しく成る。


 少しでも早く、熊を見付けねば。ここ数日が勝負だ。


 長野と秋野は覚悟を決めた。


「形名様、深山に入りましょう」

 長野が申し出た。


「深山に入って、大丈夫なのでしょうか」


「深山は獣界。里山では、吾等が獣を狩る側ですが、深山ではそれが逆と成ります。吾等が獣達の餌と成り、狩られる側と成るのです。ですから、大丈夫では御座りませぬ。しかし、これ以上、里山を探しても、熊に出会う可能性は低いかと。そして、これ以上、山で過ごせば、吾等の体力も尽き、熊狩りは成せませぬ。今、ここで勝負に出るのが肝要かと」


「そうですか。吾にその判断は仕兼しかねます。然るが故、長野殿が言うのであれば、それに従います」


「形名様。吾等に御任せ下され。どんな事が有っても、形名様を御護り致します」

 秋野が笑顔を作ったが、形名の不安気な顔が緩む事は無かった。


「では、参りましょう」


 三人は斜面を、獣の様に四足で進んだ。



「形名様、これが結界石に御座います」

 斜面が急と成る手前で、長野が頭程の大きさの石を指差した。


「これが結界石なのですか。私には他の石との区別が付きません」


「神の文字が彫って有りますので」


「これが文字なのですか」


「はい」


 石には神代文字が刻まれて居た。


「この石を越えると深山。獣界に御座います。ここからは、決して油断なさらぬ様に、お願い致します」


 三人は結界を越えた。


 暫く歩むと、

「形名様、身を伏せて下さいませ」

 と長野がささやいた。


「如何したのですか」

 形名も小さく返した。


「あちらに御座います」


 長野が見詰める先へと眼を遣った形名は、

「ひぇっ」

 と声を上げた。


「形名様」

 と、秋野が咄嗟に形名の口に手を当てた。


 視線の先では、一頭の狼が、小刻みに震える鹿の内臓を喰い漁って居た。


 狼が、声を上げた形名の方へ視線を向けると同時に、長野は狼へと矢を放ち、これを葬った。


「運が良い。狼が一頭で居るとは。はぐれ狼なのでしょう。群れで有らば、吾等は今頃、獣達の餌食えじきと成って居りました。吾等はこの毛皮の御蔭で、人の気を失って居りますが故、人として深山から排除される事は有りませぬ。が、獣界は弱肉強食。弱きものは、皆、強者の餌と成ります。くれぐれ々も、気配を悟られぬ様に、お願い致します」


 形名は、引きった表情の儘、小さく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ