第104話 アカシ
「済まぬ。済まぬ。その剣の鍛えを観て居ったら、無性に腹が立ってな」
形名は、呆然と、先を失った大王より賜った剣を見て居た。
声を上げて笑うピリカは、
「折れた。見事に折れよったのう」
と壁に近付き、剣先を引き抜いた。
「これでは、戦で使えんじゃろ」
「そう、その通りだ。倭は、この様な剣を各地の国造に下賜して居るのだな。驚いたわ。鋼の質が悪過ぎる」
「乙鋤殿、何て事を。これは国造の証ですぞ。倭の大王より、正式に国造と認められた証なのです。これが無ければ、僕は、僕は」
形名の眼からは涙が溢れた。
「坊ちゃま。剣で有れば何でも証と成るのでは御座いませぬ。元来、剣は、自らの身体を、民の生命を、国の存在を護る為の武具。剣に護る能力が有らねば、身体も、生命も、存在も、戦によって奪い去られて仕舞いましょう。斯様に脆い鋼では、戦場で何も護る事など出来ませぬ」
「そうじゃ。脆い剣など何の証のじゃ」
「ピリカ、少し黙って居れ」
乙鋤はピリカを眼で抑えると、再び形名に視線を移した。
「剣には護る能力が有る。人々はその能力に憧れ、それを畏れ、それに従う。護る能力が有ると言う証なのだ、剣は。それ故、国の王は剣を佩び、民を、国を、護る事を示して居るのだ。その大王に賜った美しき拵え、見事な出来だ。人々を護る剣を飾るに相応しい。しかし、その脆き鋼で作られた剣には、国も、民も、護る事は出来ぬ。そして、当然、坊ちゃま、其方自身の御身体も。だから、その剣は偽の証。何やらその剣、倭連合の有り様を、その儘、示して居るのやも知れませぬな。様々な地の鋼を織り交ぜた結果、結合が弱く、脆い」
「で、でも」
「分かって居る。分かって居る。倭の掟は守らねば成らぬ。逆らえば、其方の大叔父の如く、咎を責められるやも知れぬからのう。公では、その大王より賜った煌びやかな拵えに、毛野の家に受け継がれた剣を納めて佩びて居れば良い。儂が上手く作り直して置く」
形名への話を終えると、乙鋤はピリカに眼を遣った。
「なあ、ピリカ。どれ程優れた剣でも、使い方を誤れば、当然、欠けるし、時には、折れる。折れれば、護れぬ。だから、闇雲に剣を振るうては成らぬのだ。儂等、刀鍛冶は、使う者の技量に合わせ、剣の鍛え方を変えて居る。故に、剣には相応しい使い方が有るのだ。其方は、其方を護る剣の扱いを学べ」
「何だ、おっさんってのは、皆、同じ事を言うんじゃな。大野の爺にも似た様な事を言われたわ」
「そりゃあ、そうだ。若い時には、皆、同じ事を経験して居るからのう」
乙鋤は気持ちよく笑って居たが、
「ねえ、貴方。壁はちゃんと直して下さいよ」
との美杢の怒気を含んだ言葉を聞いて、真顔と成った。
「それでは、吾等の剣を宜しくお願いします」
「おっ父、宜しく」
「おお、其方等の剣の事は任せて置け。それと、もしもの時の為に、この短剣を持って行け。夜盗や、山賊が出るやも知れぬ」
形名と、ピリカは、乙鋤に渡された短剣を腰に下げ、館を出た。
「あれ、ヌプリが見えぬぞ」
「馬の蔭に隠れて居るんじゃないのかな」
「ピリカちゃん、如何したの」
「ホロケウを連れて来たんじゃ」
「狼。狼なんて、何で連れて来たの」
「飼って居るんじゃ」
「狼が飼える訳無いじゃない。何処よ」
「馬留の所で待って居る筈じゃったんだが、見当たらんのじゃ」
「逃げちゃったんじゃないの。狼なんだから」
「そんな筈は」
ピリカは馬留に駆けた。
「おーい、ヌプリー」
ピリカは声を上げ乍ら、馬留の周囲を探した。
「おーい」
「分かった。あの崖じゃ」
ピリカは、馬留に繋いだ手綱を手早く外すと、馬に飛び乗り、腹を蹴って馳せ出た。
「あら、ピリカちゃん行っちゃったわね。坊ちゃまも、直ぐに追わなくちゃ」
形名も、急いで馬留から馬を出すと、馬の尻に鞭を走らせた。
「ヌプリー」
全速で馳せるピリカの眼に、未だ遠くに見える崖前の原に屯する獣達の中で、暴れるヌプリの小さな姿が入って来た。
――ホロケウの群れだ。
ピリカは手綱を強く握ると、馬に鞭打ち、更に急かした。
「御前ぇ等、何してんだ」
ピリカは狼の群れの中へ割って入り、瞬時に数頭を蹴散らすと、馬を飛び降りヌプリに寄った。
狼は突然の乱入者に動揺し、ピリカとヌプリとの間に同心円状に距離を取った。
ピリカがヌプリを抱き上げると、
(助かったぞ)
と、ホロケウカムイの声がピリカの脳内に響いた。
「御前、如何してここへ」
(此奴等に連れて来られたのだ。此奴等の群れは、雷の峰の南東麓を縄張りとして居り、儂が其方の館に来た折より眼を付けて居ったんだと。そして、ここは此奴等の私刑場。五年前に其方等がここに誘われたのは、必然だったという訳だ)
「ヌプリ、逃げるぞ」
(どうやって)
ピリカが振り返ると、後ろに居る筈の馬は、狼に恐れを成し、群れから離れた所で怯えて居た。
「殺るしか身は護れぬ様じゃの」
ピリカは乙鋤に手渡された短剣を抜いた。




