第102話 ホプニレ
「形名。如何じゃ、館はすっきりして居るじゃろ。和気のおっさんがここを発って直ぐ、家人共に頼んでおっさんの物を全て片付けさせたんじゃ」
苦い顔をした石成は、緩りと低い声で、諫める様に、
「ピリカ様」
と発した。
「ここは、館の中じゃ。他には誰も居らぬ。誰に示しを付けると言うのじゃ」
「ピリカ様」
「阿佐久良殿、館の中では構わずとも良いでは御座りませぬか」
「形名様、それでは」
「まあ、皆さん、先ずは座りましょう。それと、阿佐久良殿。話しとは何でしょうか」
「まあ、二人が宜しいのであれば、この館の中では構いませぬが、決して、民の前では」
「分かりました。その様にします。それよりも、話とは」
「そうです。重要な話をしに参ったのです。粗野な姫君に礼を説きに参ったのでは御座いませぬ」
「粗野とは何じゃ」
「二人とも、止めて下さい」
「話よりも、船に乗って民の前に姿を現す事が、其方の目的で有ろう。形名よりも目立ちよって。どちらが非礼じゃ」
形名は右掌を開いてピリカを制すと、石成に向き直り、
「阿佐久良殿、話を」
と頭を下げた。
「分かりました。熊送りについて、で御座います」
「熊送り。其方等、倭連合の国々でも、カムイホプニレをすんのか」
「全ての国で行って居る訳では御座いません。毛野の民は、古より蝦夷との交わりが深く、蝦夷に由来を持つ部族も少なからず存在して居ります。彼の地より渡り来た稲を成す吾等の祖は、蝦夷の行う勇敢な熊送りの所作に魅了され、即座に吾等の習わしに取り入れたのだとか。熊送りの儀は王の役務。それ故、毛野の新たな王と成る者は、皆、熊送りを行い、真の王と成って行くのです」
熊送り。
熊祭りとも呼ばれるこの儀式は、熊の生息するヨーロッパ、アジア、北アメリカの各地で、多くの部族によって行われて来た。森に棲む熊は、強く、逞しく、人間、否、全ての生命にとって危険な存在である。人は熊を、畏れ、敬い、森の主として崇めた。熊は神の化身で、毛皮を纏い、人の言葉を解する。森を出て人里へ現れる熊は、毛皮を脱ぎ去り、神霊と成って、獣界の森から神界への帰還を望んで居るのだと言う。人界の里を治める長は、この神の望みを叶える者で有る。熊の命を絶ち、その毛皮を剥ぎ、その血肉を自らの肉体の一部と成し、その霊を儀式を通じて神界へと送り届けねば成らない。
だから、特別な能力が必要だ。
「形名、出来るんか」
ピリカは、形名の身体を篤と見た。
六尺(約180㎝)、二十五貫(約95kg)の形名の身こそ、毛野の山に住まう月輪熊に伍すが、
「えっ」
眼が泳ぎ、言葉の裏返る形名の心は、神の望みを叶える者のそれでは無かった。
「形名、剣技は。倭で剣の技は修練して居ったのか」
「うん。法輪寺では剣術師範を招いて、氏族の子弟は、日々、剣技を磨かされるんだ」
「狩りは」
「無いよ。仏道では殺生を禁じられて居るから」
「殺さずとは、何の為の剣じゃ。で、如何するんじゃ、形名。不殺ではカムイホプニレは出来んぞ」
「ピリカ様、そう心配為されるな。形名様に、毛野の王としての証、血脈が継がれて居れば、自ずと熊送りは成る」
「その血脈とは何じゃ」
「ピリカ様は血脈を知らぬのですか。血脈とは一族の始祖神の能力を継ぐ流れ。その能力を受け継ぐ者が血脈の伝承者と成り、一族を束ねる。毛野の始祖神はオオナムチ。オオナムチの能力が有れば、熊の命を絶つなど容易き事」
「オオナムチとは何じゃ」
「ピリカ様はオオナムチも知らぬと申されますか」
「知らぬ。吾等の神は全て自然の中に宿る。そして、その神の宿る自然を操る者が族長と成るのじゃ。故に、アペの族長は、火を操る」
「ほう、地を拓かぬ蝦夷らしい。人では無く、自然が神なのですな」
「揶揄って居るのか」
「否、否」
「もう良い。其方を相手にすると腹が立つ。それよりも形名。真に大丈夫か。大野の爺が、吾が里を発つ時に、諄い程に言って来たんじゃ。『決して、キムンカムイには手を出すな。特に今の時期のキムンカムイを狩るは、初めての者には、到底、無理じゃ』とな」
「ピリカ様。もし、形名様が熊送りを為さらねば、形名様は、先の王、池邉様より受け継いだ惣領の地位を失い、上家の一族の中から新たな惣領が選ばれるだけの事です。吾が父が失った時の様に」
「分かりました、阿佐久良殿。では、どの様にすれば良いのです」
「熊送りは、黒う嶺[久路保嶺(赤城山)]の森の中で行って頂くべく、山裾に住まう上家の一派、布加無曽一族が、祭祀を含め、諸々の準備を進めて居ります。再来月、皐月初日の大安に、森に入って頂くと言うのは、如何でしょうか」
「分かりました。それ迄に支度を整えて置きます」
形名は微かに震えて居た。




