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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第四章 ~継承者の惨苦~
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第102話 ホプニレ

「形名。如何じゃ、館はすっきりして居るじゃろ。和気のおっさんがここを発って直ぐ、家人共に頼んでおっさんの物を全て片付けさせたんじゃ」


 苦い顔をした石成は、緩りと低い声で、諫める様に、

「ピリカ様」

 と発した。


「ここは、館の中じゃ。他には誰も居らぬ。誰に示しを付けると言うのじゃ」


「ピリカ様」


「阿佐久良殿、館の中では構わずとも良いでは御座りませぬか」


「形名様、それでは」


「まあ、皆さん、先ずは座りましょう。それと、阿佐久良殿。話しとは何でしょうか」


「まあ、二人が宜しいのであれば、この館の中では構いませぬが、決して、民の前では」


「分かりました。その様にします。それよりも、話とは」


「そうです。重要な話をしに参ったのです。粗野な姫君に礼を説きに参ったのでは御座いませぬ」


「粗野とは何じゃ」


「二人とも、止めて下さい」


「話よりも、船に乗って民の前に姿を現す事が、其方の目的で有ろう。形名よりも目立ちよって。どちらが非礼じゃ」


 形名は右掌を開いてピリカを制すと、石成に向き直り、

「阿佐久良殿、話を」

 と頭を下げた。


「分かりました。熊送りについて、で御座います」


「熊送り。其方等、倭連合の国々でも、カムイホプニレをすんのか」


「全ての国で行って居る訳では御座いません。毛野の民は、古より蝦夷との交わりが深く、蝦夷に由来を持つ部族も少なからず存在して居ります。彼の地より渡り来た稲を成す吾等の祖は、蝦夷の行う勇敢な熊送りの所作に魅了され、即座に吾等の習わしに取り入れたのだとか。熊送りの儀は王の役務。それ故、毛野の新たな王と成る者は、皆、熊送りを行い、真の王と成って行くのです」


 熊送り。

 熊祭りとも呼ばれるこの儀式は、熊の生息するヨーロッパ、アジア、北アメリカの各地で、多くの部族によって行われて来た。森にむ熊は、強く、たくましく、人間、否、全ての生命にとって危険な存在である。人は熊を、おそれ、敬い、森の主としてあがめた。熊は神の化身で、毛皮をまとい、人の言葉を解する。森を出て人里へ現れる熊は、毛皮を脱ぎ去り、神霊と成って、獣界の森から神界への帰還を望んで居るのだと言う。人界の里を治める長は、この神の望みを叶える者で有る。熊の命を絶ち、その毛皮を剥ぎ、その血肉を自らの肉体の一部と成し、その霊を儀式を通じて神界へと送り届けねば成らない。


 だから、特別な能力ちからが必要だ。


「形名、出来るんか」

 ピリカは、形名の身体をとくと見た。


 六尺(約180㎝)、二十五貫(約95kg)の形名の身こそ、毛野の山に住まう月輪熊つきのわぐまに伍すが、


「えっ」


 眼が泳ぎ、言葉の裏返る形名の心は、神の望みを叶える者のそれでは無かった。


「形名、剣技は。倭で剣の技は修練して居ったのか」


「うん。法輪寺では剣術師範を招いて、氏族の子弟は、日々、剣技を磨かされるんだ」


「狩りは」


「無いよ。仏道では殺生を禁じられて居るから」


「殺さずとは、何の為の剣じゃ。で、如何するんじゃ、形名。不殺ではカムイホプニレは出来んぞ」


「ピリカ様、そう心配為されるな。形名様に、毛野の王としての証、血脈が継がれて居れば、自ずと熊送りは成る」


「その血脈とは何じゃ」


「ピリカ様は血脈を知らぬのですか。血脈とは一族の始祖神の能力を継ぐ流れ。その能力を受け継ぐ者が血脈の伝承者と成り、一族を束ねる。毛野の始祖神はオオナムチ。オオナムチの能力が有れば、熊の命を絶つなど容易き事」


「オオナムチとは何じゃ」


「ピリカ様はオオナムチも知らぬと申されますか」


「知らぬ。吾等の神は全て自然の中に宿る。そして、その神の宿る自然を操る者が族長と成るのじゃ。故に、アペの族長は、火を操る」


「ほう、地をひらかぬ蝦夷らしい。人では無く、自然が神なのですな」


「揶揄って居るのか」


「否、否」


「もう良い。其方を相手にすると腹が立つ。それよりも形名。真に大丈夫か。大野の爺が、吾が里を発つ時に、くどい程に言って来たんじゃ。『決して、キムンカムイには手を出すな。特に今の時期のキムンカムイを狩るは、初めての者には、到底、無理じゃ』とな」


「ピリカ様。もし、形名様が熊送りを為さらねば、形名様は、先の王、池邉様より受け継いだ惣領の地位を失い、上家の一族の中から新たな惣領が選ばれるだけの事です。吾が父が失った時の様に」


「分かりました、阿佐久良殿。では、どの様にすれば良いのです」


「熊送りは、くろ[久路保嶺くろほね(赤城山)]の森の中で行って頂くべく、山裾に住まう上家の一派、布加無曽ふかむぞ一族が、祭祀を含め、諸々の準備を進めて居ります。再来月、皐月初日の大安に、森に入って頂くと言うのは、如何でしょうか」


「分かりました。それ迄に支度を整えて置きます」

 形名は微かに震えて居た。

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