13-5 黒幕共の日常3
「デア・ピラズィモス……いや、スキュラは敗れたか。分不相応で反抗的な性格が気に入って飼っていたのだがな。我に懐かぬところが特に可愛くもあったが、所詮は野垂れ死にするだけの野良犬であったか」
地上の人間には知る余地すらない地下の魔窟。
燭台の頼りない光に照られている異世界の魔王の顔は、人間族の男性を模してある。狭い地下空間に住むための擬態であるが、地上の街に単身で観光に出掛けるためにも用いられている。
「ギルクに続いてスキュラまで失った。此度の異世界遠征は手痛い出費がかさむ。ゲッケイを除けば、人語を解する配下はお前一人ではないか。悠久の暇潰しを共に歩めるのは、お前しかいないという暗示か」
魔王、配下からは主様と呼ばれるその男は、人間の顔をうまく使って、届いた悪報に溜息をつく。
「……干物の如き老体に、勿体無いお言葉でございますな」
そんな主様に答えるように、枯れた声が一つ。ギルクでもなければスキュラのものでもない、まったく別の老人の声だ。
「馬鹿を言うな。我から見れば、オーリンとて若輩である。勝手に老衰するでない」
主様の配下は半減していた。経験値となるべき魔法使いを狩ろうとして、逆に討伐された結果である。
勇者のいない、レベル0の人間族しか存在しない異世界で次々と配下を失っていく異常事態。異世界と侮らず、装備を充実させていたというのに異常事態は続いている。
魔法で逆襲されないよう、身を削って耐魔アイテムを授けてあった。
まだ心配だったので、身を剥いで回復アイテムを授けてあった。
それでも主様は二人も可愛い配下を失った。レベル100未満の脆弱な体で放し飼いをしていた所為だと、主様は悲しがる。
しかし、所詮はたったの二人の被害。
その程度で、主様は危機感を覚えていない。
「寿命のない主様と、この萎れた矮躯を比較されても困りますな。ですが、主様のご命令とあれば、老体を酷使してでも若返ってみせましょう」
「その戯けた性格が、まだまだ幼いというのだ」
配下を失ったのならまた育てれば良い。育成に掛かった時間は戻って来ないが、寿命のない主様にとって、時間は捨てても捨てても残る余り物だ。効率が悪いという欠点は、主様の視点から見返せば、長く遊べるという利点となる。
配下を逆襲可能な敵の登場も、お気に入りを壊される憤慨を抜きにして考えれば、普遍的な日常に刺激を加えてくれる甘味料と言えた。
「さて、主様。この老体はどうするべきで? 当初主様が命じられていたように、今しばらく静観を続けるべきですかな。それとも、若造と畜生を葬った不埒者を仕置きするべきですかな」
「我も御影なるアサシンに少なくない関心を持っている。奴が現れなければ、今期の遠征も問題なく進むはずであった。しかし、正体不明のアサシンが場をかき乱した所為で被害が拡大しつつある。どんな味のする害虫なのか、実に興味がそそる」
木の根で組み上げた歪な玉座の上で、主様は頬杖を付く。今後の方針を吟味し、天井を見上げている。
玉座から数段下がった場所では、先程から主様と語り合っている小さな体の老人が、主様の決断を気長に待ち続けている。老人は酷い猫背のため、本来の身長よりもずっと小さく見えてしまっている。が、背を伸ばしても身長は一ニ〇センチを超えないだろう。
「オーリンの希望はないのか?」
「老体は主様の命令が全うできれば本望でございますゆえ。軋む体を酷使して外を出歩きたくないとは、とても、とても述べられませぬな」
主様がオーリンと呼ぶ老人は、中途半間に抜け落ちなかった白い髪と髭が不恰好な、老いたゴブリンだった。
通常は緑色のゴブリンの肌は、経年劣化よってガマカエルの如き茶色がかってしまっている。
四肢は骨が浮き出る程にやせ細り、力強さは一切感じられない。
老いたゴブリンはこれまでの主様の配下と異なり、まったくと言っていい程に凶悪さと凶暴さがない。
「スキュラに魔法使いを横取りされそうになっても、オーリンは動かなかったが、そうまでして動きたくないのか?」
「老人の醜態ほどに醜いものはございませぬ。犬の躾けはいつでもできる事。食の少ない老体には、喉を通り易いように噛み砕かれたカスさえ残っていれば丁度良いのです」
ゴブリン族が異世界における最弱モンスターである事を考慮すれば、老化したゴブリンに脅威がないのは自然とさえ言える。
しかし、老いたゴブリンには他の配下とは異なる部分がある。
オーリンは、主様と友人のように会話を楽しんでいる。上下関係はあるものの、二人の間に長年の信頼があるのは確定的だ。
「……卒業式まで二週間か。動きたくないというのであれば、今動く必要はないのだろう」
主様が譲歩している事実からも、オーリンが特別視されていると分かる。
それもそのはず。オーリンこと、オールド・ゴブリンは主様が最初に育てた下級モンスターである。主様と千年以上の時を生きる友人だ。主様が贔屓するのも仕方がない。
「では主様、魔法使いはひとまず放置しておくとして――」
喉の渇きやすい老人との会話は、そろそろ一区切り付くはずだった。
しかし、オーリンは井戸端会議で相撲の新人力士について語り始めるような気楽さで、別件について主様に確認を取る。
「――そういえば、主様。この老体に、別に命じていただきたい案件がありました」
「我には思い付かぬが、何かあるか?」
三百年前から能動的な行動を取らなくなったオーリンから、珍しく主様に意見具申。
主様は頬杖を解いて別件を思い出そうとするが、記憶には何もない。
「はい、我々とは別に、世界を移ってきた者の件について、どうするべきですかな?」
これにてスキュラ編は終了です。
次回より新章開始となります。
ようやく最後の魔法少女を不幸に……活躍させられます。




