9-6(青) 黄色い妬み
(青)と名していますが、どちらかといえば(赤)っぽい話です。
「――発火、発射、火球撃ッ」
浅子の防御魔法のお陰で雷をノーダメージでやり過ごせた皐月。
反撃の瞬間を誤らず、火球を後方斜め上に向かってスローイングする。
「氷の人が炎の人を守るとは予想外だったです」
皐月の魔法は、文字通り火力に優れている。しかし、傾向として単発式のものが多く、命中精度が高いとは言い難い。
狙い撃つべき敵はビルの屋上。高低差の不利もあって、一発で命中させるのは難しかった。
「――発火、発射、火球撃ッ」
「無駄な魔法です」
「――発火、発射、火球撃ッ。――火球撃ッ。――火球撃ッ!」
「乱発したとこ――」
「――火球撃ッ。――火球撃ッ。――火球撃ッ。――火球撃ッ!」
「いつまで続けるつもりですかッ!」
命中させる必要はなかった。敵に魔法詠唱の暇を与えず、屋上全体を炎で満たすまで投げ込み続けるだけで良い。
蒸し焼きを逃れるためにビルの屋上から跳び上がる敵の魔法使い。空中という踏み込む地面がない場所に追いやられた、こう気付いた時にはもう遅い。
皐月の本命の魔法が上空に向かって突き上がる。
「――業火、疾風、火炎風ッ。アジサイの仇討ちだっ。炎の竜巻に巻かれろッ!!」
「し、んで、なぃ」
皐月が発動させた魔法は、ギルクを葬った魔法の下位互換、ビル五階相当の高さまで伸び上がる炎の渦である。
下位互換といっても、真性の化物でなければ直撃に耐えられるものではない。敵とはいえ、同じ人間に放てば骨すら一瞬で燃えカスとなる高熱の竜巻だ。
熱し易い心の持ち主が炎の魔法使いの代々の特徴であるが、皐月が敵の安否を気に出来ない程に怒っているのは明白だった。
「――稲妻、足蹴、直撃雷!」
炎の渦を蹴り破って、服を一部焦がしながらも敵の魔法使いが脱出に成功する。
逃走用の魔法ではなく、脚に雷を纏わせて跳び蹴りで直接相手を攻撃するための魔法だったらしい。逃げる動作を攻撃に連動させて、皐月に襲いかかってくる。
「魔法使いの癖して格闘術って、頭おかしいんじゃないッ、落花生ッ!」
「焼き殺す事しか頭にない一芸魔法使いに言われたくはない言葉です!」
「不意打ちしてきた癖に! 反論できると思うな」
皐月はコンクリートの地面を弾丸にして撃ち出す魔法で敵を迎撃する。一芸と呼ばれた事に対する反論、ではなく、炎で質量を受け止めるのは難しいからである。
コンクリートの弾丸と敵の脚が衝突する。
破片が周囲に飛び散り、拳のようなコンクリートが動けない浅子に襲いかかろうと迫る。が、あらかじめ衝突の結果を予想して動いていた皐月が浅子を抱えて路地を後退。両人とも被害範囲から逃れる事に成功する。
同じ地面の上で、敵同士となった魔法使いが対峙する構図が生まれる。
全身が痺れて動けない浅子。
浅子を抱きしめながらも前方を睨む皐月。
そして、黄色い矢絣の振り袖に黄色い袴が目に痛い、雷の魔法使い、落花生。魔法の余韻が残っているのか、締め上げのブーツの底から焦げたゴムの煙を発している。
浅子や皐月と同じ、天竜川の魔法使いであるはずの落花生。良い近所付き合いとは言い難いが、魔法で不意打ちされるような殺伐とした間柄ではなかったはずである。
着地体勢を解いた落花生は、これまた黄色いリボン付きのサイドアップの髪を揺らし、二人を睨む。
「落花生。襲ってきた理由ぐらい教えてくれない?」
「気に入らないです。私だけが苦しんで、炎の人だけが助けられた。そんなの……理不尽だからです」
「逆恨みでさえない言いがかりにしか聞こえないけれど……何かあった?」
皐月の受け答えが気に入らないためか、魔法詠唱もしていないのに落花生の体からビリビリと電流が走る。
「何、ですか! 私だけが殺されて、胸を裂かれて、動いている心臓を見せられた恐怖が、たった一言ですか! 助けられた人間は気楽で羨ましいですね。だから妬んでしまっても仕方がないですね!」
「まさか、落花生も黒幕に襲われたの!?」
「助けられた貴方とは違いますッ! 私だって、泣いて叫んで助けを呼んだはずなのに、誰も助けにこなかった。同じ魔法使いなのにどうして私だけ、化物に捕まって利用されなきゃならないのですか!!」
無謀にも天竜川の黒幕に一人で挑み、負けた皐月。彼女は事前にマスクの男から忠告があったり、心身共に犯される寸前に助けられたりと恵まれている。
一方の落花生は、何の前触れもなく現れた女の形状をした化物に襲われた。奮戦はしたが、魔法攻撃がことごとく無効化されては勝負にならない。
遊ばれながら殺された落花生は、何故か敵の手によって蘇生され、二度目の戦いでも負けてしまう。
無意味な生と死の繰り返しの果てに、面白半分で体から心臓を抜き出されながら告げられた。
このまま心臓を潰されて二度と生き返らず死ぬか。
或いは、化物の奴隷となって人間を裏切ってでも生き延びるか。
落花生は本能に従って生存を選択した。心臓を失って酸欠になった頭で導き出せる答えが最良のものであるはずがない。が、どうせ、女の化物に飽きられるまで殺され続けたはずなので、落花生の選択は誤りではなかったと言える。
「同情はしてあげる。けど、八つ当たりが過ぎるから」
「今の私に行動の自由はない。私は氷の人を襲ってくるように命じられただけです。だから、命令の邪魔となりそうな魔法使いを余分に攻撃するのは、当然だと思いませんか」
「この女はッ! 私が助けられちゃったのは、仕方がないでしょうに!」
落花生は週始めのカラオケボックスの会合で、皐月から天竜川の真実を聞かされた。言葉には出さなかったが、何故もっと早く知らせてくれなかったのか、と皐月を恨んだものである。
「同情してくれるなら、氷の人をよこしてくれますよね。そうすれば、助からなかった魔法使いは二人になります。私の負担が軽くなるかもしれないです」
「ッ、できる訳ないでしょうがっ! アジサイは大事な友達だから!」
「……いっ、から? 友だ、ち、覚え、な、ぃ」
「今から! 親友でも良いから!」
「友達とかッ、彼氏とかッ、炎の人はどこまで私の気を逆撫でするですかッ!」
襲われた癖に、どうして彼氏ができたという無駄話でまだ笑っていられるのか。
落花生にとって炎の魔法使いは忌々しい隣人であったが、今は本当に忌々しい人間となってしまった。
「無駄話は終わりです。足手まとい抱えながら、天竜川で最速の攻撃魔法を使える私の相手ができますか!」
帯電する魔法に呼応して落花生の髪が蠢き、二人の獲物を威嚇する。
「……サ、ツキ」
「何、アジサイ。置いていけとは無しだから」
「…………おく、な。それ、よりも、電わ」
皐月はアジサイの視線の先を確認する。
そこには愛用の巾着袋があり、中では電子音がずっと前から響いていたようだ。切れ切れなアジサイの言葉を解読するに、どうも電話の着信が入っていると言いたいらしい。
「この忙しい時に電話って。アジサイは取れないか。……落花生、一応聞くけど、電話取って良い?」
「どこまでもッ! 雷の魔法使い、落花生が駆けるッ!!」




