9-4 すれ違う大学食堂
久しぶりな人達の登場です。
「やあ、優太郎。講義は順調かい?」
『お前なぁ。先週から今週にかけて、金借りにしか大学にこなかったな。いったい何しているんだ?』
講義終わりを見計らって、俺は優太郎に電話する。
今週に限った話ではないが、優太郎には頼り切りだ。ならば、もうこれ以上頼ったところで変わらないので存分に働いてもらおうと思っている。この電話はその依頼である。
『いい加減にしろよっ』
「そう言うなって。今度は精神的以外にも報酬を支払うからさ。マカデミアナッツとマンゴープリン、どっちが好きだ?」
『どこのお土産のつもりだ。電話からもガヤガヤ五月蝿い騒音が聞こえるし、お前今どこにいるんだ?』
≪――九十便が、ただいま到着いたしました――≫
『ちょっと待て、そのアナウンスは何だよ』
「安心しろ。俺が乗る飛行機じゃない。チャーターしたセスナの準備はもう少しかかる」
今日のノルマは二往復だ。優太郎が紹介してくれた金策手段のお陰で、当初の予定よりも多くの武器を手に入れられるだろう。
たった一日で三千万円以上を失うだけの価値があると良いのだが。
「金銭も時間も非効率な回収作業なんだよ。火力だけで言えばガスタンクに及ばない。ただ、次の敵になりそうなアジサイ姉モドキは、ギルクと違って攻撃力はそこまで必要ではなさそうだ。必要なのは取り回しの良さかな」
『それだけの金があるなら通販しろよ』
「法律で規制されている。日本国内で手に入れるのは、ファンタジー生物と戦うよりも非現実的だ。ありそうな場所に攻め込むにはレベルが足りない」
魔法少女なら可能かもしれないが、俺はしがないアサシンだ。隠れる事は得意でも、人を幻惑させるスキルは持ち合わせていない。
『どうせ盗むつもりだろ。盗賊にでも転職したらどうだ?』
「魔法少女のためとはいえ、心は痛んでいるんだぞ」
贖罪のため、FXで得た資金の九割をコンビナートとゴルフ場に投げ込んでいたりもする。被害総額から言えば微々たるものだろうが、誠意の問題だろう。
「優太郎に還元する金は残っていないから安心しろ。金で支払える恩とも思っていないから心配しなくて良い」
『評価されているのか、それ?』
「だからさ。講義の代弁とは別に、前の漫画喫茶の時みたいに働いてくれないか? 今回の子は面倒臭さと頑固さが売りで、姉に対する想いが過剰で扱いに困る子なんだよ」
『……どれも欠点としか思えない』
「そこは優太郎の目で判断してくれ。他人に対して拒絶的な子なのか、それとも、三年前をきっかけに内気を患わせた子なのか」
アジサイはきっと無茶をする。昨日も俺が路地裏を通らなければ、姉と同じ運命を辿っていた。頑固なアジサイは今日もどこかで危険と出遭って、今度は誰にも助けられずに死んでしまうかもしれない。
あんな救い甲斐のない魔法少女を助ける必要はない。マスクをつけた恩人を魔法で脅してくる無礼者が酷い最後を迎えても心は痛まない、良い気味である。
だから、嫌がらせに優太郎を使って助けてやろう。
『なるほど、それは効果的だ。特別、俺に対して絶大な嫌がらせになっている』
「俺が遠出している間だけだ。お土産も毎回買って帰るさ。――そろそろ時間だから、行ってくる。指令書はフライト中にしたためておくから、一時間後に」
発行されたばかりの真新しいパスポートを取り出して、ロビーを行く。
パスポートを手にした理由は、当然、海外に赴くためである。とはいえ、所詮は日帰り旅行だ。他の旅行者と比べて酷く軽装である。
大学に行く時と変わらない黒いパーカー姿で、俺は金属探知機を潜り抜けていった。
月の魔法使い、月桂花は純粋な日本人である。
時代は異なるが、皐月やアジサイと同じく天竜川を縄張りとしていた月の魔法使いでもあった。
しかし、現在の月桂花は黒幕の首魁、主様の奴隷でしかない。レベリングの犠牲となった月桂花は命乞いをして、主様が了承したために構築された主従関係だ。
主様が望む事柄は少ない。次のレベリングのため、よりレベルが高く、より活きが良い魔法使いを用意する。たったそれだけだ。
複数の魔法使いのレベル調整。
魔法使いが死なない程度の難敵の調達。
魔法使い親類、友人関係の調査。
これ等がどれだけ多忙であっても、主様にとってはたった一つの望みでしかなく、労われた事などない。労が報われて欲しい仕事ではないので、この数十年、月桂花は感情を殺して機械的に動作し続けたのだ。
だから、ここ数日の月桂花の働きぶりは異常と言える。
月桂花、ギルクに続くもう一人の幹部格、デア・ピラズィモスが後処理も考えずに狩り取ってしまった魔法使いの外泊理由のでっち上げ。この作業を適当に済ませた月桂花は、ギルクを倒した謎の人物の正体を熱心に追っていた。
「御影さん……。月の属性を司るわたくしを惑わせる御影さん。貴方は、いったい何者なのですか」
ギルクが倒される様を、月桂花は最初から最後まで目撃していた。
それはつまり、ギルクを見捨てたのと同意であるが、人を襲う化物は絶滅しろという主義を持つ月桂花としては微塵も心は痛まない。黒豚の面を二度と拝めないのだと思うと、清々しささえ感じる。
それに、あの日の月桂花は努めて冷静に、魔法使いにアサシンが加勢したぐらいでギルクが敗れるはずがないと予想していたのだ。不用意に手を出せば、プライドの高い黒豚は侮辱と捉えて、後々の暴力に繋がる。こうも予想していた。
結果を覆した黒いマスクが特徴の青年。彼の名前はギルクが倒されるよりもっと前に、月桂花は知っていた。
御影の行動範囲から彼が地元の大学に通う学生である事までは把握できている。ここまでくれば、後は不当な手段で学生名簿を手に入れれば個人の特定は難しくない。
……難しくない、はずであった。
「顔が分からないから、そんな些細な理由でわたくしを誤魔化せるはずがありません。一体、どのような手段で身元を隠しているのですか?」
御影個人を特定する情報を、月桂花はまだ入手できていない。魔法を操る彼女が探し当てれないぐらいに難航している。
「なるほど、それは効果的だ。特別、俺に対して絶大な嫌がらせになっている」
国立大学に直接出向いており、今は学生食堂の入口近くの席に座っている。講義の合間で人が多くて席がなく、月桂花は携帯電話で誰かと会話をしている男子学生と相席していた。
月桂花は早く御影を探し出さなければならない。
本性を現したギルクを倒せる御影は、奇跡を起せるぐらいに魅力的だ。条件次第では、月桂花さえも倒してしまう強い男の子だろう。
だからこそ惜しい。このままでは最終的に、主様と戦い、無残に死んでしまう。
主様は正真正銘、純正の化物だ。人の身で勝てる勝てないの問題ではない。そんな範疇では語れないからこその化物なのだ。
「主様は、化物の王、魔王と呼ばれる存在ですから。主様には殺させないわ」
己の意思を確認した月桂花は席を立つ。向かいの青年も、通話を切った相手に苛立ちながらどこかに去っていった。
「御影さんぐらいは、助けてあげたい」




