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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第四十話:ヴァルキリーの台頭3

 プルス・ウルトラは公式が用意したチートである。

 そんなインチキアビリティ発動前後のことだが――。


 一人地上に残されたエリナは拡声器を落とした後、脱出を試みる敵に備えトラップを配備、銃器を配置して万全の態勢で待ち構えていた。穴は一直線、障害物遮蔽物はないに等しい。火炎放射器と対戦車ライフルでシンプルなシューティングゲームになるだろうなと、そんなことを考えていたらしい。

 私がプルス・ウルトラを発動した後案の定敵が逃げてきたのでそれを駆逐し、見事撃滅してみせた。速報ではエリナの登録名が延々と流れ続け、ガンナーだとほとんど意味のないレベルも上がり続ける。あまりに一方的なのでレアものを狩ったという達成感はなかったが、任された仕事はこなしたので気分は悪くない。

 ただその後は手持ち無沙汰になってしまい、下に降りようか迷ったという。ここにいてもゲームにならない、それにハッキネンが離脱したのではないか? という疑問がエリナを動かそうとしていた。

 そうして行動に移そうとしたのだが、なんともタイミングが悪いことに来客が二人訪れ、エリナは溜め息をつくことになる。



 マーカスは周囲の状況もよそに、その駆け引きを愉しんでいた。

 騫駄は実に面白い、まさかこんな敵と出会えるとは思いもよらなかった。

 こいつは珍しくギリギリの人型であり、体術の使い手でもある。ただの殴り合いでもなく、能力の押し付け合いでもない。戦闘の幅は狭いが、深みがある。これは自分の得意分野だ。負けるわけにはいかないし、負ける気もしない。

 舐めているのか遊んでいるのかは分からないが、こちらのスタイルに合わせて姿形を変える騫駄との戦いは全く別の世界での出来事のようだ。そうして彼は、このゲームに関わって始めて満足する自分を見つけていた。

 ボクサースタイル、キックスタイル、総合スタイル、どれにも対応する騫駄の性能に感心した彼はいつしか夢中になり、慌しく変化する周囲の状況を気にすることもなくなっていった。

 唯一ギャラリーの笑い声だけは不快だったが、ここは敵地だと自分に言い聞かせればそれはそれでいいシチュエーションだ。

 特にプルス・ウルトラ発動後はもう自分がやることはないだろうと、さらに集中出来たと言っている。ハッキネンはどこだ、と一応それだけは気にしていたらしいが。



 ハッキネンは回復に忙しかった。

 とにかく休息が必要で、戦い続けるのはもう無理だと判断せざるを得なかった。

 バンカーバスターの直撃を食らうような間抜けを犯したわけではないが、巻き添えを食ってしまったのだ。マーカスがザルギインに守られる一方、ハッキネンは自力での対応を求められ、挙句に鈍った身体は思うように反応してくれない。

 戦闘が長引きゲージを吐き過ぎたのも痛かった。付け加えるならば「リアルに疲れた」という問題が彼を襲っていた。いつも日本人プレーヤーに合わせていた彼だが、不意のイベントでの戦いは堪えるものがあった。

 と言っても安全地帯、隠れる場所などここにはない。一度上に出ようかとも考えたが、勘を働かせた彼はここは盲点かもしれないと元々の入り口へと逃げ込み、そのままラビーナに落とされた地点まで戻った。

 間違えて敵がなだれこんでくればそれで終わりだが、ここまでの流れでそれはないだろうと休息に入り、敵の名前を検索にかけ対策を考えることにした。この博打は成功し、敵にも味方にも見つかることなく彼は完全に戦場から離脱することに成功している。

 色々と探し物をした結果多少気に障るものを見つけもしたが、プルス・ウルトラや状況の変化により冷静さを取り戻した。

 一番の関心事はこのイベント結末であり、重層的なイベントにおいてAIがどんな決断を下すのか、自分達の選択が何を導くのか、それを見届けねばと静かにその時を待った。



 来客の一人は「なんで自分がこんなことを」と不満たらたらだった。出迎えたエリナにみんなは下だと聞かされ、仕方なく着替え始めたものの本当に自分が必要なのか甚だ疑問だと首を捻ってしまう。どういう育て方をしたのかまでは分からないが、目の前の女の子がやたらに強いだろうことぐらいメインをやっていれば分かる。こいつだって相当な戦力だろうに、どうして自分が行かねばならないのか。

 そこらへんも含めて、とエリナに事情を尋ねたが説明が下手なのか頭が悪いのかいまいち要領を掴めない。結局のところ分かったのは、下にはレアモンスターが大量にいるということだけだった。とにかくSOSは間違いなく受け取っている。

 どれこれも自分で確かめるしかないと釣竿と獲物の入ったクーラーを置き、不承不承着替えをすませた彼は今一度エリナと話し合い「まあこのエリアで負けることはないだろう」と重い荷物を抱えて地下都市へと降り立った。そうしてなんだこの壮絶な光景はと口を開け、絶句することになる。


「あの白い騎士はなんだ……ラスボスか?」



 ――そして私は、三体の化け物に囲まれていた。


 プルス・ウルトラは頭のおかしい公式が用意した頭のおかしい技だ。私は決してゲームの穴を突いたわけではない。こんなものを用意した奴が悪いのだ。何せこれとて万能ではない。正に今、それを実感しているのだし。


 目の前に人面七足歩行の化け物が悠然と立っている。鋼の頭髪、能面のような顔にベヒーモスの如き巨躯を持ち、火炎と鉤爪、それにテイルアタックを繰り出す屈強な怪物だ。当然シンプルな体当たりですら強烈なものだろう。

 それでも私は勝てると踏んだ。しかも軽々と、悠々と。

 どれだけ強かろうが今の私に敵はない。

 バラスシュトラという奇妙な怪物を前にしても、さして緊張感はなかった。ペーパーソード片手に正面から堂々たたき伏せる。力の誇示、頭にあるのはそれだけだった。


 後方の天井には六槍の結界で磔になったサーヤノーシュが哀れな姿を晒している。プルス・ウルトラの効果はレイスにも適用され、ただでさえインチキじみた天界の戦士は手のつけられない最強クラスの存在へと進化していた。

 強化されたレイスはガルバルディを挑発する有様で、それを見たザルギインは光の速さで姿を消している。事故が起きるかもしれないと思いつつ、私は目の前の獲物を狩りに行った。すぐ傍に横たわる精霊パンツァーファウストは三秒で仕留めた。お前は何秒もつんだ? と。


 それがとんだ勘違いだったと気付いたのは三十秒後のことだ。


「話が違う! なんだこいつふざけんな!」


 感覚のない左腕を二度強打され、思わずそんな言葉が口を突く。攻撃は通らない、超高速の攻防にはついてくる、挙句にこいつの破壊力、尋常ではない。


「プルス・ウルトラ使ってんのに……どういうこった……」


 地下都市に焦げた臭いと灰が舞う中、針の吹っ切れた強さを持つはずの私が思わぬ苦戦強いられていた。

 おかしい、使い方を間違えてはいない、公式チートの効果は確かだ。灰色のゴーレムは三秒でクソゲーにしてやったじゃないか!?

 バラスシュトラが強過ぎる? いや、あのパンツァーファウストが弱過ぎた? それとも、プルス・ウルトラが通用しない相手? こっちがチートならあっちもチート? ないないないない!


「そんなわけない! こっちはパラメーターいじってんだ、通用しないとしたら武器が弱過ぎるとしか……いや、それはありえない切れ味だけは抜群……ってああ!!」


 手元を見ると、ペーパーソードが根元からポッキリと折れ、私は武器すらない状態になっていた。


「さすがに素手は無理だ! 拳が割れる! マーカスじゃあるまいし!」


 もう回復薬は使い切った。次の攻防を、どうしのごうか。慌ててそこらに転がっていた大剣を拾い(恐らくザルギインの兵団の物だろう)この化け物とどう向かい合うべきか、恐怖に身を竦ませた。


 だが、予想外の展開はさらに続いた。


 仕留めたはずのパンツァーファウストが再生を始めているのを、目の端で捉えたのだ。舌打ちどころか舌を噛み切りそうだった。野郎、崩れた半身を精霊術か何かで補おうとしてやがるのか? 「お前のそのガタイじゃ動いただけで崩れる、重すぎるだろうからな。もう勝負はあった、死に方は自分で決めろ」などと決め台詞を残したのにこれじゃとんだピエロだ!

 さらに最悪なのは、何者かに背後を取られていることだった。

 ただ背後の奴は攻撃してこない。何か詠唱しているようで、それだけでそいつが何者なのか分かる。魔導師系、魔法使いだ。


 まずい、非常にまずい。


 シンプルな攻撃魔法でも性質が悪いが、もっとまずいのは状態異常だ。攻撃魔法はたとえ追跡型でもスピードで誤魔化しが利くし、被弾して始めて効果が出る。だが状態異常系はそもそも目で捉えられないものもあるし、強制効果のものだってある。耐えるにしても運の要素が絡んでくる。ダブルビジョンを外せないとなると、慣れの問題だって出てくる。

 プルス・ウルトラのせいで力押しばかりに比重が傾いていた自分の頭が冷めてきたのは、この段階になってのことだった。まだ敵の特性を全て掴んだわけではないが三度もヘマはしない。ただ完全な三対一になったとして、全て仕留め切るとなるとさすがに手持ちの武器では……いやこの状態では無理だ。


 どうする、先手を打つか、それともカウンターで……。

 来客が降りてきたのは、そんな進退窮まった状況でのことだった。

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