第二十八話:鮮血、反逆と深紅のヴァルキリー4
六槍によりドラゴンは串刺とされ、身動きが取れずにいる。だが、分裂は止まらない。傷つければ傷つけるほどに、彼らはそれを分裂への足がかりとする。
槍ではダメだ。
粉々にするか、燃やすかしないとこいつらは仕留められない。
一番はコアを破壊することらしいが、ザルギインには無理だろう。剥き出しになっているコアがすぐそこにありながら、ザルギインは有効な手立てを打てずにいる。やはりこいつは援護系か。
今や私は、ただ見るだけの立場と化しているが、状況だけはなんとか把握出来ていた。
[頭から説明するべきだったかもしれない。僕も焦っていたのかな]
ただメッセージを受け取ることしか出来ない私に、ハッキネンはそう、反省の弁から語りだした。気にすんなよ!(怒)と返事出来ないのは本当に残念だ。
[無駄かもしれないが、一応頭から説明しておく。もし戸惑っているのならこれを判断材料にしてくれ]
ヴァルキリーは戦闘の最中も、地下都市全体への注意を怠らない。ハッキネンとマーカスの姿も視界に入れ、ザルギインの様子も窺っている。一番は、ガルさんへの警戒だろう。その視線には殺意が満ち満ちている。
少しだけ映ったハッキネンとマーカスは、対照的な姿になっていた。マーカスは筋肉がさらに膨張し、一回り大きく見える。対するハッキネンは、その長身がやや長身ぐらいに落ち着いて見えた。MPを吸われて縮んだように見えるのだろうか。
見た感じハッキネンは随分とお疲れのようだが、聞かせてもらおうじゃないか、共闘の理由を。この混乱の元凶を! 私はそう意気込み、鼻息荒くチャット欄を見つめていた。
[まず、君が意識を失った後聖剣士殿とザルギインの間で話し合いが行われた。聖剣士は後ろの兵団が人質だから、矛を収めろと迫った。それならばとザルギインは、地上の全てが人質だとこれを拒絶した]
話し合い、か。ガルさん最初は相手にもしてなかったのに、一応話し合ったんだな。
しかし、地上の全てが人質とはね……なんつースケールのでかい交渉だ。大体知ってるけどほんと何者なんだこいつらは。けどガルさん、やっぱりザルギインを見逃すつもりだったのかな。姫を捕まえないのは分かるけど、ザルギインは斬り捨てていいと思うんだ。「姫を元に戻すことは出来ない」あの一言があればこんな奴生かしておく必要はないじゃないか。
そんな私の思いは当然ハッキネンには伝わらない。ハッキネンはただ淡々と、事実関係を示し続けた。
[はっきり言って聖剣士殿はザルギインに興味がないようだった。ザルギインも、話し合いの余地がないならばそれはそれでいい、そんな風に見えたね。ただ、君が意識を失ったと知ったエリナが神殿に駆けつけて状況は一変した]
エリナ、私を助けに来たのか? なんてことを……あの子ほんと、入り込んだら見境がない。でも、その気持ちが嬉しいよ、エリナ。エリナにも、ヴァルハラ見せてやりたかった。今心底そう思う。
[でまあ、そんなエリナを見て……ガルバルディ殿が"お切れあそばされた"]
は? なんで? 私は誰にも聞こえない言葉を発してから、更なる説明を待った。
[何故戦場に子供が、しかも女の子がいるのだと完全に、お切れあそばされた]
ああ……ガルさんそういうとこうるさいんだこれが……分かるわ。海賊上がりだが、今やお上品な騎士団長でもあるし。騎士道って奴を、ガルさんなりに追求してるんだろう。
[エリナはザルギインに攻撃を仕掛けようとしたが、もうそういう状況でもなくなった。ガルバルディ殿の解釈では、ザルギインは子供と戦う、まだ幼い女の子を手にかけ殺そうとする……鬼畜外道にも劣る存在……という認識になってしまった。つまり魔王とか覇王とか、冥府がどうとかいう細かい背景が全部すっ飛んだわけだね]
いや、私としてはそれ大体合ってるよ、と言いたいところなんだけど一方で若干気の毒かもしれないとも思う。姫のケースから言っても的を得ているとは思うんだけど、ただ、エリナは……エリナは特別なんだ。
このトカレストにおいてエリナは完全に特殊な存在である。ただ強いとか弱いとかそういうことではないし、年齢でも測れない。同じ世界にいてもあの子だけは別ゲー状態なんだ。
だからザルギインは、エリナを年齢とか見た目で判断はしなかった。強力な兵器の使い手、そうとだけ捉えていた。だがガルさんは騎士の目線だ。お切れあそばすのも、分からないではない。アンモラルな生き方をしてきた海賊が、今モラリストとしての生き方を模索しているんだ。しかも、その変節はごく最近と言ってもいいぐらい近い話なのだ。
[でまあ、僕らは子供を戦場に連れ出す、騎士たる、戦士たる資格のないただの悪徒であると、こうなってしまった]
……なんとなく、合っているような気がする自分が悲しい。
[この時点でザルギインは逃げることが出来なくなった。"気が変わった。お前は殺す"そう言ってたね、聖剣士殿は。で、僕らには"説教するから全員並べ"と、こう言ってきた]
……この地下都市で、冥府の入り口で何をしようとしてんだあのおっさんは。
[とはいえキリア君はいつまで経っても目を覚まさない。回復を試みるが、全く回復しなかったらしい。エリナがそう言っていた。ちなみに僕らは怖かったのでずっと外にいた]
素直過ぎるぞ、ハッキネン。そこは、中にたどりつけずにと言ってもいいところだ。まあ、そう言わない辺りがハッキネンのいいとこなんだけど。どうやっても回復出来なかったのは、ヴァルハラに魂が飛んでしまったからだろう。何をやっても、魂が戻らなければどうしようもない。筋としては不自然じゃない。
[怒り心頭の聖剣士殿は君を起こそうと色々と試みたらしい。最後の方は殴ったりとかもしたと聞いてる。エリナも手伝ったがどうやっても目を覚まさないのでガルバルディ殿も諦めて、とりあえず先にザルギインをぶっ殺そうと、こうなった。当然ザルギインは弁明の機会を求めるが……兵団を動かしたのがまずかった。一人では怖かったというのも分かるが、それを敵意とみなされたのだろう。そのせいであの兵団はご覧の通り――一刀の元に斬り捨てられた]
……一刀、ですか。無双乱舞ではなく、一刀ですか……。
いや、もうその辺のインチキっぷりはいいや。おかしいだろ! と騒いでもそういう人だから、ガルさんは。つか私、知らない内に殴られてたのか。この血塗れ具合、もしかしてその一撃のせいじゃ……そう疑念が頭を過ぎるが、気のせいだろう……か?
[ここからは恐ろしく早い展開だった。言い訳も出来ないと悟ったザルギインは、諸手を挙げて降参した。ここがターニングポイントだ。この降伏は、彼が冥府で軍門に降った存在の否定へと繋がる。主人、支配者たる存在への裏切りを意味する]
うん? 裏切り? 誰を裏切ったのだ。というか、根を上げるの早すぎないか。ちっとは踏ん張れよ、カス野郎が。血祭りにされれば良かったのに。
出来れば目の前でそう罵倒してやりたいところなのだが、ザルギインは現在絶賛苦戦中だ。マーカスはまだ来ないし、エリナの援護も止まっている。一人で戦うのは、さぞ寂しかろう。そして頼みの兵団は今やガラクタと化している。
[彼は今や使役される立場でしかない。かつての覇王も、今では駒の一つでしかない。地上に派遣された彼がどんな任務を背負っていたのかは彼自身が説明したので理解していると思う]
そのハッキネンのメッセージで、一瞬思考が固まった。
……いかん、覚えてない。度忘れしている……思い出せ、思い出せ私! あいつ何させられてんだっけ? ガルさん見張ってるだけじゃなくて、全裸で飛び回ってるんじゃなくて……なんだっけ? 冥府に攻め込んで、負けて帰って……そうか、そうだ、思い出したぞ!
魔なるものが、地上へと帰還するための準備、だ!
[ザルギインの降伏により、これは放棄されることとなる。結果としてザルギインが使役していた、かつて彼が冥府において仕留めた竜、神、魔、鬼、幻獣。そんなものが反旗を翻した。彼は仕留めたこれらを常に所持していたらしい。正確には、同化していたのだろう。殺さず、肉体に封じ込め武器としていたのだね]
何が起きているのか、そして何が起きたのか今やっと理解出来た。
だからか、だからこんなことになったのか。
ザルギイン、やはりあいつ、眼だけは確かだ。
そしてその変わり身の早さの意味も、私には分かるような気がした。




