第十九話:ヴァルキリーの戦闘4
二人の怪物の対話が続いていた。しかしよう喋るAIだ、これじゃ観るRPGだよ。
「貴様、国はどうした」
『今となれば確認出来ないが、滅んだらしい。それは貴君らの方が詳しくても良さそうなものだがいかがか?』
「ここは冥府の入り口と聞いたが、事実か」
『ああ、そうだ。まだ説明していなかったが、自ら冥府へと赴きその支配を試みた。残念ながら、こうして生きて還ったわけだが』
「一族は」
『軍の主力を連れて逝ったからなあ、どうなったかも分からない』
「迂闊だと思わなかったのか」
『すぐに還るつもりだったんだよ。想定外の事態が多過ぎた。決して見捨てたわけではない。寿命も迫っていたしな』
「不死とはどういうことだ」
『神と魔、それに竜を葬り去る過程で手に入れた。正確には不老不死だ。若干若返ったのもある』
「そうか」
そうして、ガルさんは口を閉じた。
――沈黙が場を支配する。
聞こえるのは外で行われている戦闘、銃撃やマーカスの咆哮だけだ。が、ガルさんは何がしたかったんだ……。
『では、こちらの番ということでいいかな』
「おい、弾くぞボケ」
「彼女がそれでいいというのなら、それでいい」
思わず振り返ると、ガルさんは腕を組んで視線を落としていた。
『おいおい、さっきから私に背を向けているが、それはさすがに油断しすぎではないか』
「黙れ。ガルさん、こいつに地獄を見せるんじゃなかったんですか? いやもう勝ったんですけど、姫の仇討ちましょうよ」
『誰が勝ったって?』
「まだ勝負はついていない。そういえば、彼はどうした。せっかく上級職に誘ったのに、騎士団に顔も出さない。陛下直属の近衛騎士団、もしくは海軍が希望なのか? 何か聞いていないか?」
俯きながら、ガルさんは呟くようにそう言った。
また近藤? なんで近藤の話が出るんだ。姫、ラビーナの仇が目の前にいるんだぞ。近藤のことが気になるとしても、全部片付けてからでもいいじゃないか。
戸惑いと苛立ちから、私はあえて口を閉じた。今はそういう状況ではない。
「聞いていないのか。彼がいれば、どうしていただろうか」
いない人間の話をするなよ。もう戻って来ない、もう一緒に戦うことはない。離れるって決めて、もうそんなの随分前の話だよ。
気分が、悪い。この地下都市に来て以来ずっと気分が悪かったが今最悪に気分を害した。
「おい、私は許可しない。テメエは死ぬ。仮にクレイモアをしのいでも、ブルプラがテメエを貫く。抵抗しても無駄だ」
自覚のある八つ当たりだが、こいつには何をしたってなんとも思わない。ザルギイン、口を割らせたいこともあったが終わりにしよう。
『抵抗ねえ……では、しのげば消えてくれるかね。私としても君に手出し出来なくてとても困っているのだ』
「馬鹿なのか? そんときゃガルさんがテメエを斬り刻む。ないけどな」
自信はある、ガルさんはニフリート・クレイモアを見たことないから分からないんだ。だが、
「特に斬り刻む理由はないよ」
そのガルさんの一言で私は固まってしまった。しばし呆然とした後、やっと開いた口から出たのは何度も繰り返した言葉だった。
「な、何言ってるんです。姫の仇ですよ」
「自業自得だ。そうだろうザルギイン」
『そうなんだが、なかなか納得してくれなくてね』
「じ、じゃあなんで地獄見せないとって言ったんですか!」
「奴隷だよ。奴隷の骸を見て、気の毒に過ぎると思った」
『憤るのも無理はないか。だが、それはそれで理由があるのだ。出来れば弁解の余地が欲しい』
奴隷……それは確かに許されないことだけど、姫は、姫はどうなんだ。姫のことを考えていないのか、ガルさんは。喧嘩売られたから、命狙われてるから、目の前にその元凶があっても今更「どうでもいい」のか?
「なんて勝手なんだ! ガルさん、見損なったよ!」
元はといえばガルさんが姫の気持ちに気付いてあげられなかったからこんなことになったんじゃないか! 自分でも、そう悔いていたじゃないか!
だがガルさんは私と目を合わせようともせず、まるで無関心だった。
『今一度訊くが、なぜあれに拘る』
「……お前に言うことなんぞない。その口閉じろ」
『憤激している割りには行動に移さない。本当は知りたいことがあるのではないのか。予定も変わった、必要とあらばそのなんだ、ラビーナ嬢だったかな、それの話をしてもよいぞ』
……殺す、コロス、砕く。ただ一つだけ確認しておくことがある。
「姫を元に、人間に戻せるか」
『無理だ』
もう、こいつに用はない。
「ニフリート・クレイモア、最大化。失せろくそ野郎」
衝撃音と共に、ザルギインの頭部が吹っ飛んだ。モザイクがかかっているので、はっきりと確認出来ないのが今は悔しかった。こいつが吹き飛ぶ瞬間だけは、見てもよかった。目にしても、悔いはない。
そして振り返り、聖剣士と向かい合った。
「ガルさんには失望しました。ガルさんは姫のことを考えてくれていると、信じていました。あなたは最低の人だ。ラビーナが嫌がって逃げ出したのも、今なら分かる。信用出来ないのも分かる。もう、会いたくありません」
だけど、やっぱりガルさんは私の目すらまともに見ない。いや、どこを見ているのだ。私はこんなにも最悪な気分を味わっているのに!
『痛い、痛いなあ……耐えたぞ、小娘』
おぞましく不快な音色が、背後から伝わってきた。
完全に、切れた。
野郎耐えやがった……どうやって話しているのか知らんが、さっさと死ねばよかったものを!
「ブループラネット、全弾標的、ザルギイン。全方位攻撃、いけ」
奴にまだ余力があれば、恐らく、シビアプロテスターズと触れえざる者でこちらにもいくつか返ってくるだろう。だが、そんなことはどうでもいい。どーせ選択肢なんてないんだ、もう疾風も使えないし、神威使えば自爆と変わらん、結果は一緒だ。ガードのことなんて考えずに、何もかもぶち込んでやる!
[ログアウトするよ。ごめん、相討ちになっちゃった]
[マジかよ][いや待った][ボス!]
ステータスボードからは強制戦闘の文字が消えていた。ガルさんが天井をぶち破った段階で強制戦闘は終了していたのだ。ハッキネンに言われて気付いたが、この時点で負けることは絶対にないと知った。だからこそ四人は更に踏み込んだ。
ハッキネンは片付けると言っていたが、外の敵は手強いから無理だろう。葉隠れだと冷静でいられるみたいだし、引き際を間違えることはないと思う。
マーカスはぶち切れてたけど、エリナのこともあるから無茶するはずもない。
エリナ、ごめんね巻き込んで。セーブしてないから、弾薬は消費したことになるのか元に戻るのか分かんないけど、出来るだけ支払えるように努力するよ。ハッキネンが。
着弾音が聞こえる。青白く輝く光の矢が、次々とザルギインに襲い掛かっていることだろう。そしてそれは、私にも襲い掛かる。クレイモアと違い、これは幻影ではない。直撃すれば即死する。借金生活なんてごめんだ。セーブしてないけど、もう一度このイベントをやろうとも思わない。
いいや、もう、こんなゲーム、こんなゲーム嫌いだ! 辞めてやる!
奴の最期を見届けるために、私は聖剣士に背を向け振り返った。
そこに、そこにはブループラネットを被弾するザルギインがいるはずだった。
だがそこにあったのは、巨大な「何か」だった。
それは、巨大な腫瘍のように見えた。
気味の悪いそれは光の矢を受け大量の黒い血を流していた。
そして光の矢が、私へと襲い掛かってきた。
愕然としながら、ログアウトしようとするが、一瞬の躊躇いが生まれ、まるでスローモーションのように光の矢が目前にまで迫った。
聖剣士がその矢を防いでいなければ、私は死んでいただろう。
この世の地獄を、この身体で思い知ることになっていただろう。




