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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第十八話:ヴァルキリーの戦闘3

 みんな頑張ってるな。でも数が多いんだ、いつまで持つか。早めに仕留めないと。


「ふぅー……」


 下準備は整った。こっから超短期決戦に入る。もう、何もさせない。

 しかもこいつは、私が何をするかだけでなく、下手すれば何をしたかにも気付いていない。そして、私をどこまでもヴァルキリーだと思っている。神技を警戒し過ぎて、どうやってそれを封じるか、そればかりに気を取られている。経験がこいつの思考を縛り付けている。


 ――今まで手に入れたスキル、必殺技、私もそれを神技だと思っていた。だが違うらしいと気付いたのは最近のことだ。神技の項目が追加されて、初めてその違いを知った。

 エフェクトのそれが神技でも、翼をいつくら羽ばたかせても、これはヴァルキリーの固有スキルでしかない。

 それでも屋外なら神技を発動させる意味はある。遥か上空からの神聖なる一撃、そしてブループラネットに乱れ撃ち。敵の位置を完全に把握、誘導スキルなしでも外すことはない。

 一方的に攻撃出来る。向こうにターンを回すこともない。

 けどここは適さない。屋内な挙句に狭過ぎる。外に連れ出して乱戦になると同士討ちの可能性がある。それは出来ない。いや、その必要もない。

 けれど、せいぜい神技には警戒してもらおう。それも勝ち筋の一要素となる。


「ヴァルキリーの本気って奴を、思い知るといいよ」


 どこまでも冷めた表情で、ザルギインを見据える。


『勝てぬ戦に挑むのはなんのためぞ。聖剣士殿が助太刀してくれると、信じているのは分かる。だがその全てを吐き出すとは愚劣極まりない。もはや貴様は抜け殻も同然ではないか』


 本当に、目だけは確かだ。ブループラネットを使った以上、SSゲージは完全に空となった。だが、それがヴァルキリーというもの、アーチャーというものだ。こいつは目の前の出来事に囚われすぎる。


『貴様も死ぬことと、見つけたか』


 まさか。本当にお喋りだな。

 始めよう、またガルさんとやり取りされては敵わない。


「命乞いをするならここだ。自分の墓を掘る時間ぐらいは用意してあげよう」


 一つ、歩を進める。あえてゆっくりと距離を詰める。


『不死である。墓など不要。それよりも、その矛を収め聖剣士殿と話し合う時間を頂きたいものだ』

「必要ない」


 ザルギインの提案を、ガルさんが拒絶した。ザルギインは無念そうに溜め息をつき、


苛烈なる抵抗者(シビアプロテスターズ)


 一つの障壁を創り出した。半透明の盾のようなものか。しかし、また防御魔法? どこまで守りを固める。イベンチュアル・スカーはザラトイ・ドラゴンに匹敵する強化系の補助魔法だ。受けに回る必要はないのにキューブを自ら消し去り、カウンターを兼ねた「触れえざる者」との二枚障壁、それでいいのか。


 こいつ、イメージとしてはマーカスに近い。肉体的な強さは比較にもならないが、魔法系スキルを駆使して戦うタイプ。だが攻めるマーカスに対し、こいつは守りを固めている。

 なるほど、先の対話でもそうだが、ガルさんの言う統治者、戦争と戦闘の違いが分かってきた。


 ――キングさえ取られなければいい。


 死なねば負けではない。命ある限り勝機はある。だからこその不老不死か。冥府に赴く理由「死にたくはない、だが死場を探していた」これは本音に近いものだな。

 そしてまた間合いを詰めた。


『何をするかは大体分かる。しのげば我の勝ちなり。その時は黙って立ち去ってもらえぬか』


 無視だ。向こうはこちらの技も戦略も、理解出来ていない。神技を発動させないことに心底戸惑っているとみた。つまり、


『では、諦めるというのはどうかな』


 同じことだろう、時間稼ぎが見えみえなんだよ。内と外を絡めて考える、信頼出来る兵団の勝利を信じて疑っていない。させるか、短期戦で……いや、待てよ……。


「おかしな話だよね、逃げ惑うのがお前の特技だろう?」

『なんの話だ』

「三十六計逃げるにしかず。さすがに聞いたことぐらいあるよ」


 さらに一歩、まだ詰める。まだ詰めないとダメだ。

 奴には選択肢が二つある。ガチガチに守りを固めてのカウンター。もう一つは違和感を持ちつつもあえて攻撃に転じる。少なくとも牽制ぐらいは入れてもいい。だが、こいつはそれすらしない。

 これが困る。

 最後の最後まで、こちらの詰めの作業を観察するつもりなんだ。自分が見過ごしたものがあると気付いているか、知らないものへの警戒感が強い。そして、守りに絶対の自信がある。


『時と場合による。それはお互い様だろう?』

「そうとは限らない」

「捨てねばならん命もある。粗末に扱われる命というものがあるのならば、それは我らの肉体と魂」


 ガルさんがそう口を挟んだ。


『そうだな、そうかもしれんな。そうでなければ、指揮は執れない』


 何を納得してやがる。一瞬見せた、無念な顔も気に入らない。


「なんでガルさんから逃げない。一度は逃げて、ラビーナに全てを押し付けたくせに」

『あれが買って出た。何度でも言うが、我に非はない。なぜ拘る、貴様からは高貴なるものを感じない。といって下衆な権力者というわけでもなかろう。またそれに属するわけでもない』

「あの子が可哀想だからだ」

『自ら選んだ。一国の姫君に対して、その想いが僭越だと考えられないのか』

「……なんで、あんなことをしたんだ。ガルさんを敵に回して、なんの得があるのさ」


 剥き出しの殺気と警戒を含んだ会話は、そうして止まった。ザルギインが躊躇している。

 その躊躇いが命取りだ。


『親しいのだな。貴様を殺せば、聖剣士殿はさぞお怒りになるのだろう。心配せずともよい、殺しはしない。傷一つつけずというわけにはいかないが、五体満足で帰してやろう』


 その言葉を最後まで聞くことなく、私は一瞬で間合いを詰めた。ただし、こちらの攻撃、ペーパーソードの間合いの外をあえて選びブレーキをかける。これでカウンターは使えない。私がボウガンとペーパーソードのどちらを選ぶか、そしてニフリート・クレイモアをどこで使うか、迷う位置を維持する。


 ザルギインが完全防御の態勢に入った。


 最警戒はブループラネット、視線が私の周囲に集中している。当然か、たとえどんなに遅くとも触れれば無事ではすまない。止まっているのと変わりなくても、それに目がいってしまう。攻防一体、ゲージを吐き出した渾身の技を警戒するのは自然なこと。


 そして、その全てが、フェイクだ。

 全てを解き放つ……まるでそう見えるかのように!


 ブループラネットによる全方位攻撃、真正面から来るアルバレスト、いつどこに現れるか分からないクレイモア、意表を突く剣戟の一刀――。


 どれをも置き去りにしての突進技神威!

 その速さ、疾風の如く!


 青く輝くブループラネットとニフリートクレイモアだけは完全に阻止する。

 それがザルギインの取った選択だった。

 これで、シビアプロテスターズは機能しない!

 私自身が「素手」であることと二つの大技に神経をさかねばならない奴はその選択に対応出来ない!


 ザルギインが「私自身」以外の全てを警戒する中、私はただ奴のこめかみに触れていた。

 掌に、吐き気のする冷たい感触が伝わってくる――。



「私ももっと、速くなりたいなあ」

「うん? なんで、必要ないだろヴァルキリーには」

「だってさ、ほんとに見えなくなる時があるんだよ、速過ぎて」

「気にすんなよ。得手不得手の問題だ」

「でも見えないと選択に困ることがあるんだよ?」

「いや、だからそのスピードを信じて好きにやればいいんだよ。大体見える見えないは動体視力の話だろう」

「だからだよ。速く動ければそれだけ見える世界も違ってくるじゃない」

「分かるけど、向き不向き考えろよ。遠距離出来んのに、なんでスピードに拘るんだ。火力とブループラネットの応用性を伸ばした方がいいに決まってんだろ」

「でもさあ、風林火山とは言わなくても、せめて疾風ぐらいは取得したいんだよねえ」

「いらないって。俺がいくらでも速くしてやんだろうが」

「そうなんだけどさあ、いざって時のこと考えたらなあ」――。


 そのいざが今だ。ようやくやってきた!

 目と鼻の先に、苦痛に顔を歪めるザルギインがいる。すぐ様離脱を試みるがさすがにそれは許されなかった。両腕に宿したイベンチュアルスカー、その右腕が私を払うように振り回された。三度の神威でライフは激減、鎧を脱ぎ捨てている以上受けるという選択は出来ない。そもそもその必要もない!


 左腕を差し出しガード、見事に弾き飛ばされ広間中央まで後退を余儀なくされた。しかし、激痛が走ったのは一瞬のことだった。壊死か、ザルギインの攻撃を受けた箇所が変色している。左腕はもう使い物にならない。


 だが、勝負あった。


 ザルギインはこめかみを押さえ、まるで初めて手品を見た子供のような無邪気さと、苦痛と屈辱の混ざり合った表情を浮かべている。


『これは驚いた、なんという疾さ』


 これが大して速くないんだ、誰かさんと比べると。


『なぜ捨て身技を選んだ』

「当たればなんでも良かった。特に意味なんてない」


 とはいえブルプラやホーリー・クラッシュがこちらに返ってきたらさすがにまずいとは考えた。


『ヴァルキリーだろう、貴様』

「知らないし、どうでもいいし」

『道理で……私が警戒していたのはそのためか……あの長身の男の方が組し易かった』


 カスが、ハッキネンを舐めるなよ。

 左腕は自然にだらりと下がってしまう。もう支えることもままならない。大きく息を吐き出し、ザルギイン、ガルさん、両怪物に聞こえるように宣言した。


「勝負あった。もう終わりだ。終わりです」


 奴の頭蓋に、極小サイズのニフリートクレイモアを埋め込んだ。不死と言えど、脳を直接やられれば無事ではすむまい。仮に生残ったとして、それはただの肉塊だ。


『光の矢を置き去りにしての、突撃。大胆だねえ』

「聞こえてないのか? 終わったんだよ。テメエの頭はいつでも弾けるんだ。私の気分次第でね」


 理解出来ていないはずはない。もう具現化しているんだ。異変に気付かないほど鈍くも愚鈍でもないだろう。

[なあ、いくらなんでも手強過ぎやしないか?]

[同感だ。というより数が多過ぎた]

[タフ過ぎるね。ジャベリンの直撃を受けてそれでも即死に至らない]

 三人のチャットでのやり取りが視界に入った。やっぱり、後ろの方が手強かったか。数も多いし、最前線で戦ってきた兵団だろう。正直勝てる気がしない。

[頭獲らねーとジリ貧だなあおい]

[終わったよ。頭にクレイモア埋め込んでやった]

 三人の会話に、そう割り込んだ。後は洗いざらい吐かせてから処理すればいい。キングを獲られたポーンがどう出るかは分からないが、それもやり方次第でなんとでもなる。

[キリアか……多分気のせいじゃないかな]

[ああ、まだこいつら殺る気満々だぜ]

[ボス、まだ終わってない。連中守備を固め始めた。いい的だが、意図がわかんねーよ]


 なに?


『逃げる算段かね。向こうは随分と苦戦しているようじゃないか』

「止めろ。そのどたま砕かれたくなかったら連中を止めろ」

「無理だろう。それより腕は大丈夫か? 苦戦するとは思わなかった」


 ガルさん、腕は正直やばいけど、何を言ってるんだ。


「勝ちましたよ。もうあいつは半分死んでる」

「それは元々じゃないのか?」

『まあそうなんだが、どう定義するかは私の知ったことではないなあ』

「止めろっつてんだろ!」

『何をだ? 馬鹿の重ね掛けか?』

「テメエの頭蓋にクレイモアを埋め込んだ、理解してんだろ。今弾いたってかまやしないんだぞ」

『やれよ』


 なんだこいつ開き直りやがって……き、切れそうだ、マジでやったろかしら。

 激情に駆られ、感情的になる自分を挟むように、酷く冷たい視線が絡んでいた。ガルさんとザルギインが、私をすっ飛ばし睨み合っている。


「ザルギイン、貴様何を考えている。まだ彼女は本気を出していない。お前もだ。殺ろうと思えば殺れたのではないのか」

『そうすると貴君が割って入る。実質不可能な話だろう?』


 本気も本気、やれることは大体全部やったぞ。残るのは攻防一体最後の切り札と化したブループラネットとペーパーソードだけだ。ガルさんは私に何を見出しているんだ、分かんない。

 ザルギインの持ち札がまだまだあるのはなんとなく分かる。だからあえて捨て身で切り込んだ。


 同時に、これは報復でもある。姫の苦しみを、少しでも味あわせてやろうとそう思った。頭蓋に埋め込まれたクレイモアが私とザルギインの契約となる。私の機嫌を損ねれば、いつだって巨大化させその頭を吹き飛ばせる。


「ではどうする。どうしたいのだ。私が直々に手を下さねば、負けを認められんか」

『私はただ、貴君と話し合いたいだけだ』


 それはない、ありえないんだ。姫を手にかけた時点でこいつは詰んだ。もう詰んでるけど、仮にクレイモアをしのいでもガルさんがここにいる時点でこいつの運命は決まったも同然だ。なのに、どうしてこんなに余裕こいてられるんだ……?


「おい、不死だからって図に乗るなよ」

『ちょっと黙ってろ。なんなら帰ってもいいぞ』

「いつだってテメエを殺れるんだよ! 戦闘不能にしてやれるんだ、分かってんのか!」

『だからやってみろよ』


 切れちまった……望みどおり、終わらせてやろうじゃねーか!


「待ちなさい。頭が吹き飛んでは話が出来なくなる」

「ガルさん!?」

『おお、やっと話し合う気になってくれたか』

「貴様はカザコフ王朝の建国者だったな。だが、それは伝説上の存在だ」

『二千年前だと言っていたね。それだけ経てば忘れられるのも頷ける。それに、君の王国は内向き過ぎるよ。宮殿を見ただろう、あれは元々私の別荘だ。盗賊の住処になっていたので掃除が必要だったが、全く現代人は何を考えているのやら。ちなみにこの地下都市も私の部下が造ったものだと思われる』


 ガルさんは超アグレッシブなアウトドア海賊なんだが、王国に限れば内向きか。それに、別荘ってのは本当だったんだな。むかつきを覚えつつも、ガルさんに待てと言われれば待つしかない。間に挟まれて、私はただ耳を澄ませていた。

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