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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第十二話:地下空間での戦闘3

 どうやって下まで降りたのか、まるで覚えていなかった。マーカスに担がれ飛び降りたのか、階段を使ったのか、意識が朦朧としていたのだろう。そんなに負担のかかることをやったつもりはなかったのだが。

 見上げれば眩しく、視線を落とすとバラバラになった死骸が散乱している。視線を真っ直ぐに整えたいのだけれど、フラフラとしてうまくいかない。それでも一人で立っていることは間違いなかった。


「まだダメか」

「お姉ちゃん、大丈夫?」


 二人の声も何故だか遠い。


「ああ、うん、もう少しで元に戻ると思う。おかしいね、なんでだろ」

「ど派手な技使ってたじゃねーか」


 そっか、でも乱れ撃ちなんて今までも結構使ってたんだけどな。ぼんやりとする視界の中で、ステータスボードを開く。スタミナゲージが揺れている。いや点滅している。ああ、スタミナ使い果たしたんだ、気付かなかった。


「威力と範囲、それに誘導弾付けたから意外と身体にきたみたい」


 そうして、ちょっと座るよと半壊した建物に寄りかかる。きちんと休めばスタミナも回復するはずだ。いっそ眠ろうかと思ったが、頬に冷たい感触を覚えて、目を開けた。


「こんなところで寝ちゃダメだよ。はい、スタミナ回復薬」

「まだ敵は残ってるんだぜ、しっかりしろよ」


 エリナの持つ回復薬が二重三重に見えてうまく掴めない。おかしいな。エリナが私の手を取りしっかりと渡してくれて、ようやく回復薬を口につけることが出来た。これでもう、大丈夫なはずだ。


「ありがとエリナ」

「ううん、これで元気出るね」

「回復薬、持ってないのか?」


 マーカスが疑問を口にした。


「ああ……ううん……持ってるよ。でも倉庫の中なんだ」


 大丈夫、意識ははっきりとしてきた。けどなんか頭痛がするぞ。


「いや、なら使えや」

「そうしたいんだけど、レンタル倉庫なんだ。空間アイテム倉庫じゃなくて、移動式のレンタル倉庫借りてるの。多分ここまで入って来れないと思う」


 意味ねーじゃねえかとマーカスが呆れ、エリナは私がいっぱい持ってるから大丈夫だよと言ってくれた。優しく愛らしいエリナに、笑顔で応える。

 しかし、どうも身体の感覚がおかしい。確かに力んでいたし、集中力もMAXだった。フルパワーでぶっ放したとはいえ、乱れ撃ち自体はそんなにゲージを消費する技じゃない。スタミナだって回復したのに……妙な違和感を感じながらも、瓦礫に足を取られることなく前に進むことが出来たので、もう大丈夫だと判断する。

 そうして強く息を吐き、改めて周囲を見渡す。地上はエリナの掃射や手榴弾で粉みじんの惨状だったが、私の乱れ撃ち、さらにエリナの追加爆撃でもう瓦礫の山だ。更地になっていないのが不思議なほどである。辛うじて残った建物も半壊がいいところで、このブロックはもう使い物にならないだろう。それでも敵は生き残っているらしい。ちょろちょろと、影が見えるが襲い掛かってくる様子はなかった。来るならこいよと睨みつけていると、


「知性のある獣だと言ったろ。怖くて手出し出来ないんだよ。昆虫じゃねーからな、痛いのも怖いのも嫌なんだろう」


 マーカスがぶっきら棒にそんなことを言った。

 とすると、気配はするが今は隠れているということか。


「エリナ、どの程度残ってる」

「うん、こっちに500、ハックの方に200ぐらいだと思う」


 そういえば、エリナが普段通りに戻っている。安心したのかな。


「500は多いな。大体半々としても、あれだけ派手にやって500しか仕留め切れてないのも残念だ」

「二度やんないとダメだから?」


 だろうなとマーカスが頷いた。そうなると、問題は生き残りだが……知性のある獣、奴隷である彼らが怯えて出てこないのならば都合がいい。このまま放っておいてもいいだろう。私はそう意見したが、マーカスに否定された。


「不安要素は取り除いておいた方がいい」

「けど、やる気ないならそれでいいじゃない」

「隙を狙ってるだけかもしれないだろ。エリナの集中力も切れた。直に眠たいとか言い出すぞ。俺一人でいくから、お前はここでハックの様子を見てろや」


 そうしてマーカスは一人で敵の残党狩りへと向かった。エリナは私のスカートを掴んで、なんだか不安げな表情を見せている。


「大丈夫だよ、マーカスなら一人で全部片付けちゃうかもしれない」

「うん。でもハックが、おじさんなんか滅茶苦茶で怖い」


 ああ、とエリナの視線をたどる。地下都市の奥ではハッキネンが孤軍奮闘、長刀を振り回して激戦を繰り広げていた。

 奴隷達は死ぬことでその力を発揮する。人型のままゾンビのように甦るもの、モンスター化するもの、空を舞い空中から襲い掛かるもの。ビルからハッキネンを狙い撃ちしているのもいるが、暴風のように暴れ回るハッキネンには当たらない。


「怖い、か……」


 これは仮想現実なんだと自分に言い聞かせれば、ハッキネンが無双しているに過ぎない。だが、目の前の光景から感じるのはやはり虐殺でしかない。空を舞う敵も、よく見れば逃げようとしている。だがハッキネンの剣風で切り裂かれ、無残な姿になっていた。右へ左へ舞うように刀を振り回すハッキネンは、確かに滅茶苦茶で怖くもある。けど、ハチャメチャ度で言えばエリナだって大概ちゃあ大概だ。


 モンスター達もハッキネンに恐れをなしたか、数を減らし続けることに恐怖したのかは分からないが、ついに壊走し始めた。一段落ついたと言っていいだろう。


「ダメだ、やる気が失せた」


 マーカスは戻ってくると舌打ち混じりでそう言った。生き残った半数が、命乞いをしているように見えたのだという。


「変異を拒絶している奴もいた。化け物になるのが相当気に入らないらしい」


 どこまでも利用される存在というものが浮かび、私もマーカスも居た堪れない気持ちへとなっていた。

 ハッキネンは壊走した敵に追撃をかけていたが、やはり途中でその気持ちが失せたらしい。正気に戻ったのか、しきりにこちらを探している。私達は戦闘の終了と判断し、ハッキネンと合流した。


「ハッキネン、大丈夫?」


 返り血で染まるその姿はかつての近藤を思わせるが、状況はかなり違う。人型モンスターとの戦いで、彼が心にダメージを負っていないかが心配だった。


「ああ、特に問題ない。そっちはどうなんだ?」

「気分が、悪い。マーカスも同じみたい」

「移動するぞ」


 マーカスはついに眠ってしまったエリナをおぶってさらに奥、噴水のある広場を指差していた。一帯に散らばる死体を気にしてのことらしい。

 すやすやとエリナが眠りに就く中、三人はそれを護衛するように背中を向け合っていた。建物の中に入る方が安全かもしれないとは思うが、戻ればどうしても死体が目に入る。といってこれ以上進めばさらなる敵が現れるかもしれない。結局、狙い撃ちされるかもしれないこの広場で妥協するしかなかった。


「いざとなれば天上に風穴か、それはいい考えだ」

「でしょう? 脱出には剛力を使えばいい。エリナも寝ちゃったし、まだゲージも残ってる。戻るなら今だと思うんだ」


 マーカスが口を閉じる中、私とハッキネンはそんなことを話し合っていた。だが、二人共逃げるつもりはさらさらないだろうことも理解出来ていた。

 ここは一体、なんなんだ。あの奴隷達は誰で、操っているのは何者なんだ。誰も入ったことのない空間で、誰も対峙したことのない敵と戦った。どこにもこんな情報は落ちていなかったんだ。尻尾巻いて逃げ出せば、何も分からないまま終わってしまう。

 私はハッキネンを誘って建物内の探索を提案した。表向きは神聖なる肉眼(ホーリーアイ)での確認作業だが、エリナを巻き込まずに、二人でケリをつける腹積もりだった。ハッキネンもマーカスも、察してはいただろう。血塗れのソードマスターは何も言わず、私についてきてくれた。




 入り口から数えて二つのブロックでは死体が散乱し、ビルも原型を留めていないものが多い。噴水のある広場から中央を真っ直ぐに伸びる大通りがある。相変わらず古風であり近代的とも言えるビル群との境目が、次の戦闘、又はイベントのボーダーラインだろう。

 ハッキネンと二人、慎重に歩を進め一度裏通りへと移動した。

 敵、いや彼らの姿はもう見えない。どこまでも我々を避けているのだろう。ハッキネンの異次元の強さ、エリナの容赦ない近代兵器の威力、マーカスの躊躇いのないMP回収という名の暴力、そして私の弓攻撃と乱れ撃ちで力の差を思い知ったのだろうか。


「着替えるよ、いくらなんでも汗をかいた」

「はい、お手伝いしましょうか?」


 いや、とハッキネンも疲れた笑みを浮かべた。甲冑を着込んでいるわけでもなく、和服を着流している彼に手伝いは必要ないのだろう。私はワンボタンで肌着を取り替え、トネールの弓を仕舞いこんだ。レンタル品なので使用回数に制限がある。これからは売り物の白銀の弓で戦うことになるが、ゲージは温存出来た。戦力的な不安はない。


「しかしここは、一体なんなのだろうね?」

「姫縁の者、そのねぐらと見ていますが、姫自身のねぐらかもしれません。単に遺跡や神殿かもしれませんが、大よその見当はつきます」


 姫は外にいるはずなんだ。突き落とされたのだから。他に出入り口でもない限り、姫が待つことはないだろう。とすると、魔に関わる何者か。それ以外には考えにくい。状況も、それを指し示している。


「ここからは、二人でやろうと思います。これ以上エリナを巻き込みたくありません」

「ああ、分かっているよ。あの子を気遣ってくれてありがとう。僕も迂闊だった、少し過酷だね、このイベントは」


 精神的に、という意味だろう。エリナの目には的にしか映っていないらしいが、長期戦を強いるのは歓迎できない。助っ人を頼んだのは、私にしても迂闊だった。心配なのはハッキネンにしても同じだ。精神や、現実的な疲れはないのだろうか。そう確かめると、


「疲れていないと言えば嘘になる。けれど弱音を吐くつもりはないし、足手まといになることもないよ。正直一対一が、一番得意だしね」


 ハッキネンは余裕を見せるためか、少し微笑んでいた。あれだけ殺して、笑えるのはここが仮想現実の世界だから。でなければ、怪物だ。


「でも、もう人型は御免こうむりたい」

「ですよね」


 怪獣の方が気持ちは楽、二人の気持ちが同じで私は安堵した。


「タイミングはお任せします。行けるとなったら、先に進めましょう」


 ハッキネンは頷き、壁を背にもたれかかり、少しの休息に入った。

 私は自分の状態を確認する。ここまでの戦闘では何も得られなかった。スキルもレベルも、入った時のままだ。そしてステータスボードには強制戦闘を意味する赤いマークが点滅し続けている。

 次に撤退の条件について考える。この四人でしくじれば仕方ない。パーティー内においてそれが共通理解であったが、これからは二人だ。地下空間とはいえ、近接特化のソードマスターにはやや広過ぎる。また、障害になるものが多くて逃げ隠れされると今のように仕留め切れない。

 離脱する際、ブループラネットに回すゲージを温存。つまりそこが撤退のラインか。ハープーンの代金次第では、エリナに頼むがどうだろう。マーカスにチャットで尋ねると、

[派手にやれや。温存して死なれても、困る]

 そう返信が来た。これならフルで戦える。

 ただ、何故か少しだけ頭が痛い。背中まで痛むのはなぜだろう。リアルに風邪でもひいたのか、乱れ撃ち以降あまり気分がよくなかった。体調には問題ありか。長期戦だけは避けたい、そんな気持ちが強くなっていた。


「行こうか、集中出来た」


 ハッキネンの言葉で二人は行動を開始する。

 中央は通らない、あえて壁際の裏通りを選び奥へと進む。恐らく、既にボーダーラインは超えているはずだ。警戒し、透視機能はないがホーリー・アイを発動させる。

 基本的に敵を見かけたら即殲滅、の気持ちは大事だが要となる存在を消し去らなければならないというのが、二人の共通理解だった。つまり、一気に奥を目指す。最深部、神殿のような場所に何かがあるはずだ、何者かがいるはずだ。

 歩き続ける裏通りはなぜか日陰で、ひっそりとして何も存在していなかった。敵の気配もなく、少し拍子抜けしてしまう。二人顔を見合わせ、首を捻る。


「このままだと奥まで行けますよ?」

「うん。2000の敵、いやあの奴隷が全てだったのかな」


 とすれば、姫は何がしたかったのだ。


「僕が気になるのは、まあ君のファーストミッションとお姫様もそうだけど、ここの成立過程と存在意義だ。誰がなんのためにここを造り上げたのか。見事な地下都市だよ」


 確かに、不思議な話だ。誰も来たことがないこの街は、一体なんなのか。


「私が一番気にかかるのは、誰が掃除しているんだろうってことだったりします」


 ハッキネンは笑いを噛み殺し、


「確かに、ゲーム内とはいえ整っている。が、まあ奥についてしまったよ。中央の通りに出て、あの建物に入ろう。笑ってる場合では、ないか」


 真剣な眼差しでそう告げた。何もなく、たどりついたか。なんにせよ、警戒だけは怠らず、日の当たる中央通りへと二人は足を向けた。


 目の前に見えるのは荘厳な神殿だ。最深部にあるのはやはり神殿だったか。見返せば銀行のような建物や会議場、デパートのような建造物もある。どちらが先か気にもなるが、まずは勝つこと、生き残ることが重要だ。


「もし中に何者かがいたら、ここから撃ちます。この神殿が崩れようが、知ったことではありません。ただ姫であった場合は、話ぐらいは聞いてやろうかなと思いますがどうでしょう?」


 そうハッキネンに持ちかけると、


『それは困る。こちらは歓迎しているんだ、破壊行為も程ほどにしたまえよ、ヴァルキリー』


 神殿内部から声が響き伝わってきた。やはり、誰かいる。こちらがヴァルキリーだと把握もしている。見ていたのか?

 そしてハッキネンが前へと出た。つまり、真っ当にやろうということか。私は全方位に注意を向けつつ、マーカスへとメッセージを送る。

[今から殺る。声からして男。万が一の場合は二人で脱出されたし]

 返事はすぐに来た。

[おこぼれで経験値欲しいから、最後までいるって。双眼鏡で見てはいるが、定期的に状況を教えてくれや。条件次第では、エリナの目覚めと共に援護に向かう]

 心強い。もし声の主、こいつだけなら乱戦はないだろう。ハッキネンの少し後ろを歩き、神殿の中へと向かう。


『ここに生きた人間が来るのは、君たちが初めてだ。よく見つけたものだ、人というものはどこまでも冒険的な生き物なのだね』


 また中から声が聞こえる。何者だ。そこでハッキネンが首を傾げた。


「威圧感の欠片も感じられない、殺気もだ」

「同感です。ただ、生きた人間って表現は癪に障りますね」


 そんな言葉で、ソードマスターの身体が少し震えた。武者震いという奴だろうか。

 この存在は、許しがたし。

 たとえどんなに弱かろうが、どこまでも砕いてやる。そんな決意と共に、二人はついに神殿内部へと足を踏み入れた。

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