第九話:幕開け、殺る上での条件
四人は廃村の探索を行っていた。もう七つ目になるのに、進展がない。地図上の変化を全て埋めないと、イベントは起きないのだろうか。姫と直接対話したいが、会えなくては話にもならない。
「あのサイクロプスも探してる女が原因となると、相当に手強いぜ」
「サイクロプスは後半に出てくる敵だ。そもそもここにいることがおかしいんだよ」
男二人は探索もそこそこに不測の事態について話し合っている。だが二人とも一応大人だからいきなりぶっ放すようなことはしないだろう。問題は……、
「シケた村だぜ……」
そう言ってコルト・パイソンをぶら下げているあの子だ。いつの間にかカウボーイハットを取り出し頭に乗っけている。西部劇のつもりだろうか、完全にガンマンモードに入っている。
大丈夫かなあの子……エリナ嬢はどこで手に入れたのか近代兵器を持っている。サイクロプスのガードごとぶっ飛ばすハープーンも大概だけれど、なんで戦車まで持っているのだ。一体誰と戦争するつもりなのか。ガンナーというより一人軍隊だよ、あれは。
「ここもダメか……」
ホーリー・アイで分かるのは痕跡だけだ。イベントが起きる条件はなんだろう。近づいたと思った姫の気配も今は感じられない。このエリアではダメなのか? 次のエリアまで進まないといけないのだろうか。その時、ステータスボードのランプが点滅した。
「ん?」
四人共それに気付き、ステータスボードを開く。
『トカレスト速報。mission10、レイジングコンドル討伐最短記録達成』
珍しい、メインストーリーの速報が入るなんて。最近ニュース配信サービスが始まったが、うるさいので基本的には全て切っている。サブクエスト系のニュースばかり配信されて気分が悪いのだ。そもそも興味もないので、今はメイン限定の設定にしてある。つまり、機能していなかったのだけれど。
「あれ、これうちらのパーティーじゃないか」
ハッキネンの反応に私も記事に目を落とす。名前が表示されると、そこには見知った旅団の面子が載っていた。
「ボス攻略最短記録。三分の新記録達成か。やるじゃねーか」
「ああ、僕らはいらなかったということだね」
マーカスの言葉に、ハッキネンが苦笑している。私も同様に苦笑いを浮かべるしかない。やはり彼らは強い、そして順調に前に進んでいる。焦るな、少し。あまり離れると追いつけなくなる。そんな不安が頭をよぎった。
「インタビューもあるんだな。メインにしてはいい扱いじゃねえか」
「人が増えたから、多少サービスが必要だと考えたのかな」
『フェアリーナイトのジル氏は"弱過ぎた"と至って簡潔なコメントを残しています。"攻略情報のお陰です。今後さらに塗り替えられると思います"そう謙虚に話したのは暗黒騎士の間宮氏。パーティーは総勢五十人規模という大所帯で、その構成は――』
間宮らしくないコメントも載っていた。男二人はその記事の話題や、旅団について色々と話しているようだ。エリナも交えて会話は弾んでいる。
一方の私は、置いてけぼりを食らったかのような焦りを強く感じた。自分で選んだこととはいえ、ここまで結果が出ないと間違えていたかなとも思う。とはいえ未だにファーストミッションから抜け出せないこの状況も、事実として大きく圧し掛かってる。
今日中に全て回ってダメなら、もう先に進めよう。そう思い、屈んで地図を開いた時、僅かな違和感を見つけた。今、何かおかしくなかったか? 何か違う映像が見えなかったか? 何かしたのか、私は。何をした。そうして気付く、ホーリー・アイだ。神聖なる肉眼を発動させたまま地図を見たんだ。もう一度発動させ地図を眺める。明確に一箇所、変化があった。これだ。
「次は砂丘の神殿だったかな?」
「いえ、最初の神殿の近く、荒野まで戻ります」
ハッキネンの声にそう答え、立ち上がった。
「地図をホーリー・アイでね。けどそれじゃあヴァルキリーしか見抜けないってことかな」
「ヴァルキリーに準ずるジョブはなんだ。ルーンフェンサーにディバインナイトか。あとはフェアリーナイトも近いっちゃあ近いな」
「魔術師系だと、それっぽい術やスキルはあると思います」
馬車の中で、男二人の問いに答える。
「ガンナーはダメなの?」
「ダメかな……魔法とは遠い職業だから」
エリナにぶーと膨れられるが、近代兵器を駆使するガンナーにはちょっと無理だろう。
「何があると見ているんだい」
「分かりません。ただどう考えても素通りしているので、ちょっと見つけにくい何かがあると見ています」
うん、とハッキネンは頷き鞘に手をやった。暴力神父も拳を握り締めている。何か起きる、そう感じているのだろう。エリナ嬢ですら、AK-47を磨き始めた。それ、どこで覚えたのだ。
荒野に戻ると、地図の変化を元に、馬車を止め徒歩で移動を始めた。とはいえ簡単には見つからないだろう。ハッキネンにもマーカスにも「地図の変化が分からない」と言われてしまった。私が探すしかない。
意外にも簡単に地図の変化と自分の立つ場所を一致させることに成功した。だが何もない。だだっ広い荒野が広がり、赤土の上に虚しげな雑草が生えているだけだ。少し考え、こういう時はお決まりの……とホーリー・アイを発動させると、地図とは全く違う場所に反応が見られた。
「ここじゃないのか?」
ハッキネンにそう言われたが、変化の見て取れる方向を指差して前進していく。随分と歩かされたが、ようやくたどり着き、それが何かをはっきりと見極めた。
「扉か……」
「こんなもん、絶対見つかるわけないぞ」
二人の声を他所に、私は地面に存在する扉にそっと触れた。大きい扉だ、入り口なのは間違いない。だが特にこれと言って手応えはない。ホーリー・アイで見ても、そこに扉があることしか分からない。
「こじ開けるか」
「なら剛力かな」
「いえ、まず聖痕を刻みます。それでダメならこじ開けましょう」
スキルを発動させ、神聖なる力を右手に宿す。エリナが近寄ってきて興味深げにそれを見ている。その時ハッキネンが呟いた。
「おかしい。さっきまで微かにあった敵の気配が消えている」
「消えた?」
「完全に消えた。かなり遠かったが、今はいない」
二人のやり取りを聞きながら、聖痕を刻み込む。もしヴァルキリーにしか見つけられないものなら、この方法が妥当と見るがどうだ。だが反応は見られなかった。もう一度試みようとした時、
「剛力も試してみようや」
とマーカスが寄って来た。こじ開けるのか。エリナの手を引き、中央から少し離れる。一瞬神殿を全部回らないとイベントが発生しないのかとも思ったが、マーカスの動作でそんな考えは吹き飛んだ。
「殴るのかよ!」
「壊すなとは、どこにも書いてないからな!」
しかし――その拳が扉目掛けて叩きつけられたと思った瞬間、ふっと足場がなくなった。扉が、開いた? だが落ちる感覚は一瞬のものだった。エリナをかばい背中を打ったがそれほどの痛みは感じない。段差があるところを見ると階段か?
「大丈夫か?」
ハッキネンがそう覗きこんだ瞬間、吸い寄せられるように彼も落ちてきた。
「誰だ、突き飛ばしたのは!」
彼は上を振り返りそう叫んだが、その時にはもう扉は閉まっていた。だが私は見逃さなかった。そこに姫の顔を見ていたのだから。
「やられた! 姫に尾行されてたんだ!」
暗闇の中歯軋りをして、ホーリー・アイを発動させる。だが扉は押しても引いても開かない。マーカスがライティングの呪文を唱えて周囲を明るくした。階段だ、地下深くまで続く階段に私達はいた。
「あれが姫君か、参ったな突き飛ばすとは」
「すいません、まさか不意打ちに罠まで仕掛けてくるとは……」
「いやそれより、見ろ、赤くなってる。強制戦闘だぜ」
マーカスの言葉でステータスボードを開く。確かに赤い文字が浮かび上がっていた。強制、戦闘……。一体どこの誰と戦うのだ。
「エリナ、敵の数は把握出来るか」
マーカスにそう声をかけられたエリナが「イージス」と呟いた。
「……2000。ブラザー、こりゃあ2000はいるぜ」
ひらひらとした薄いピンクのドレスに二丁拳銃、AK-47を担いだ美少女ガンスリンガーが、そう告げていた。
エリナの目は子供のそれではなくなっていた。立ち振る舞いからして、異様というか相当入れ込むタイプなのはなんとなく感じていたが、この子はもはや兵士のようだ。同時に、映画の登場人物になりきっているようにも見える。この幼子は一体どんな教育を受けてどんな作品と接してきたのだ……。
マーカスにしても同じだった。敵勢2000と聞いた瞬間プロの顔、いや殺意が全身から立ち込めている。
唯一変わりなかったのはハッキネンだ。姫に突き飛ばされたことで気分は悪くしていたようだが、時折笑みを見せるあたり今までの彼と変わりない。
私は、責任を感じていた。魔の気配を感じ取る役割を担っておきながら、まんまと姫の罠にはまってしまった。そして強制戦闘である。閉じ込められた地下へ通ずる階段は石ではなく土で出来ていた。古さを感じさせ、この先にあるのが遺跡か神殿であることを予感させる。
「あの、イージスってどんなスキルなんですか?」
警戒しつつ、戦闘準備を整える三人に、躊躇いながら尋ねてみた。ハッキネンは首を振り、マーカスが答えた。
「本来は広範な機能を持つ防衛システムだが、今は索敵に特化したスキルだと思ってくれればいい。ガンナーのスキルだ」
「便利だな。ガンナーが結構やばいジョブに思えてきたよ」
「いや、アーチャーと違って弾薬が無限ってわけじゃねえ。金もかかるし、持ち運びにも手間がかかる。それに腕だってそれなりに問われるぜ」
マーカスはそう言って、オープンフィンガーグローブを装着した。だが、インパクトの部分は鋼鉄のようなものが埋め込まれているのだろう。その破壊力は素手の比ではないか。
「しかし2000は厳しいです。というか理不尽ですよ、姫の野郎……」
私の言葉に、ハッキネンも同感と頷いて肩を竦める。だが、やはりその姿からは余裕が感じられる。旅団、いや、あのパーティーの前衛としてはこれぐらい問題にもならないのだろうか。そんな私達の姿を観察するように見たマーカスが口を開いた。
「厳しいかどうかは問題じゃない。強制戦闘である以上、選択肢はねえ」
「ああ、それに姫君は外だから中にはいないと思われる。つまりキリアさんに遠慮することなく戦えるってわけだ」
ハッキネンの気遣いに、ありがとう、すいませんと頭を下げる。彼は何も言わず、ただ微笑んでいたが、マーカスは少し口調を強めた。
「こうなってしまった以上、なんとしても乗り切る。ただ、さすがにこの状況は想定外だ。その点異論あるか」
私もハッキネンも首を振った。
「だよな。助っ人として来たわけだが、別に契約を交わしたわけじゃねえ。信頼関係って奴でここにきた。だが自業自得で全部負担しろと言われたらさすがに、ふざけんなって話になる」
「要求はなんだい?」
ハッキネンのあっさりとした言葉に、マーカスはまるで敵を見るような目を向けた。
「俺は特にない。ただし、エリナの武器と弾薬はロハじゃねえ。この点そちらが負担することを確約してくれや」
マーカスの鋭い視線は、こちらにも向けられた。私はマーカスの気迫ではなく「弾薬代の負担」という点に気圧された。て、手持ちの金は20000em弱……。エリナのジャベリンにハープーン、それに各種銃器弾薬の費用を負担しろということか……いや、地雷と戦車もか? む、無理だ……。頭を抱えそうになったが「分かった」とハッキネンがあっさり受け入れた。い、いやあのそのせめて値切る交渉だけでも、と割り込もうとするがハッキネンはさらに続ける。
「状況はまだはっきりしていないが、あくまで必要な消耗品に関してはこちらが負担する。これは約束するよ」
「派手にはやんなってことか。状況分かってんのか?」
「お互い分かってないはずだが?」
「そうだブラザー、オジキの言うとおりだ。数は分かったが、じゃあどの程度の的なんだとなったら、やってみるしかない」
物凄く的確な分析を、物凄く気合いの入った表現で、物凄く可愛い声の美少女ガンスリンガーが堂々と主張していた。AK-47を点検しながら。これにはマーカスも「そうだな」と頷くしかなかった。
どうでもいいことかもしれないが、ハッキネンはオジキで、マーカスはブラザーなのか。オジキって、やくざ映画でも観たことがあるのか? なら、私はなんなのだろう。なんか、いつかそれを呼ばれるであろうことに、ちょっと気後れするんだが……。
「ハック、お前の力は知ってる。そっちの姉ちゃんはどうなんだ」
私がつまらないことを考えている中、マーカスとハッキネンが戦力の分析を始めた。
「そうだな、彼女は、一言でいうなら怪物クラスだ」
「ほう……」「ふむ……」と助っ人二人が感嘆と疑心の混ざった声を上げた。
「いずれ本物の怪物になる、そういうプレーヤーだよ。現状はただ強い。そう思ってくれればいい」
ハッキネンはそう言い切って、すっと私に視線を寄越した。そんな風に見られているとは思ってもいなかったので、少したじろいでしまう。まだまだ穴の大きい存在だと自分では思っているし、ここの三人も大概怪物だ。若干インチキくさい近代兵器には思うところもあるが、そういうゲームなのだから仕方ない。それに、間宮達だって次元の違うプレーヤーであることは間違いない。私もそれに比肩する存在……随分な評価だ。
マーカスは続けて「得手不得手は」と尋ねた。
「ヴァルキリーはゲージ効率が悪い。長期戦に向いてない。それ以外は万能の存在だと思ってくれればいい」
ハッキネンの解説に、助っ人二人が目を合わせた。
「実力は申し分なしか。なら、この四人でしくじればそれはもう諦めるしかない、そういうことだな」
「分かりやすい話だ、ブラザー」
二人はそうして、不敵な笑みを浮かべていた。
詰めの作戦会議が始まった。口火を切ったのはマーカスだ。
「今のところ敵がこちらに来る様子はない。戦場はあくまで下ってことなんだろう」
「問題はその下がどうなっているか、だね」
「それだ、最悪のケースは二つ。一つは地下迷宮だ。この場合狭い通路での戦闘になる。これだと乱戦も考えられる。挙句迷ったりはぐれたりしたら洒落になんねえ。長期戦も視野に入る」
ハッキネンが初めて表情を曇らせた。狭い通路では太刀を存分に振るうことが出来ない。それは私とて同じだった。
「二つ目はなんですか?」
私の問いかけに、マーカスは眉間に皺をつくった。
「俺らをはめた姫君の実験場だ」
「いや、姫君は外……そうか、それはあるな」
ハッキネンは最悪の事態を正確に把握したらしい。
「ああ、あの化け物の交配、合成が行われていたとしたら、それが相手になる。最悪なのは、それが2000いるパターンだが、エリナ、どうだ?」
エリナはしばし考え込んだが、首を振って「ないね」と断じた。
「なら、化け物の巣窟ってわけではないんだろう。だが全くいないとも言い切れない」
大した信頼関係だ、私は二人の絆の強さを強く感じた。
「ヴァルキリーの姉ちゃん、姫君関連のイベントで間違いないよな」
唐突であり、当然の問いに「そう思います」と答えた。
「向こうが仕掛けてきた。仮にそいつがいたら、砕くぜ。問題あるか」
三人の視線が私に集中した。姫にはめられた。挙句に閉じ込められた。しかも強制戦闘だ。以前にそうも約束した。それに、私の迂闊さからこうなった。当然の要求だ。なんの躊躇いもなく頷くべきなのだろう。頭では、そう分かっていた。だが口から出た言葉は違っていた。
「もしいたとしてという限定条件にはなりますが、まず何が目的なのかを吐かせて、それで納得いかなければ砕くなりお好きにどうぞ。だけど、一番切れてるのは私だってことを、お忘れなく」
三人の冷めた笑みが、回答だった。ただでは砕かん。そう意思統一された。




