第七話:ヴァルキリー
ホラーエリア、お化け屋敷。あれは絶妙な配置だと近藤は言う。
私のようにストーリーにのめり込む、感受性の強い人間には一番痛いだろうと。人間の暗部を見せ付けられるんだから大ダメージだ。ストーリーが波に乗ったところであれ。入り込んでいたのに悪夢見せ付けられて一気に覚める。挙句耐久エリア。パニックになったら借金塗れで詰み。
「ホラー耐性もあるけど順序も絶妙で悪質」
私は近藤の言葉に頷いた。酷い話だと思う。連れて行った近藤も恨んだ。
「俺みたいにああ、こういうやり方ねと割り切れる奴はいい。けど加奈は相当パニックに近かった。脳内で映像補完したろ?」
それだ。いくらモザイクかかっても頭の中では完全に見えている。どうしても補完してしまうのだ。
「俺はなんとも思わない。まあなんともは言いすぎでも、所詮つくりごとと割り切れる」
そうなんだ、さすが一個上。私は結構心にダメージ負ったよ……。
「で、ここをクリアすると……お前小足見てから昇竜の意味分かるか?」
さっぱり。首を振る。だよなと近藤も顔に出した。
「3フレーム、1フレーム大体0.015秒と思え、つまり0.045秒で動く対象に反応して攻撃し続ける。ちゃんと当てる。出来ると思うか?」
「わかんない。卓球部的にどうなの? そういうスポーツでしょ?」
「無理だ。格ゲーの神と呼ばれた人間が出来るわけねーだろと否定してる。土台無理な話だ」
ダメじゃない!
「ナチュラルドーピングがあるから、まあなんとかなるかもしれん」
ああそうだ、人間の限界超えることが出来るんだ。いや、限界を引き出すんだった。リミッターアンロック!
「で、次。結構多いのが耐久ものでな……たとえばそうね、ちょっとこれ見てみろ」
近藤はそういって空間ブラウザを開きどこかのホームページを表示させた。掲示板らしい。一見して、悪口雑言の限りが並べられている。
「これどこ?」
「トカレストのメインストーリーの公式掲示板。ただし隔離版。パスワードは毎日変わる。相当進んだ奴らしかそもそもパスワード知らない。メインストーリーに関する話はここでしろってことね」
何故隔離する。いや、これだけ荒れてればそうなるのは分からなくもないけど。でも納得出来ない。
「メインストーリーの話を公式掲示板でやるなってことだ」
「なんで?」
「荒れるからだろ」
「そりゃ分かるけどなんで隔離されないといけないのさ、消せばいいじゃん荒れたら。管理しろよ!」
そりゃあそうなんだが……と近藤は渋い顔を浮かべた。
「まあでも現実、メインストーリーの話を書き込むとな、イカ男でゲソ! とか、そんなことより野球しよーぜ! とか、くぅわがぁわしんじぃぃぃくぅがわぁくぅがぁわぁーとか本田△とかわけの分からん書き込みに改ざんされる。基本削除はしない、それがここの運営のやり方だ。挙句延々とマークされて何書き込んでもそうなるから無駄」
確信的嫌がらせじゃねーか……イカに野球脳にサッカー脳扱いかよ。
「女が書き込むと、ホモが嫌いな女子なんていません! とかだな。私、孕みます! とか」
腐女子扱いか……せめて孕まず、気になります! とちゃんと改ざんしてやれよ……。ま、だから何やっても無駄だと近藤は言って、荒れ狂う隔離版を指差す。
「メインやってる猛者がこんだけ切れるのも凄いが、これだな、これ」
近藤が検索をかけ、一つの書き込みを表示させた。
『個人的に一番きつかったのは、48時間耐久レース。あれは修正するべき』
『ああ、あれはしんどかったね……』
そんなやり取り。罵詈雑言もあるが、冷静なやり取りもある。補足するように、何の話か書き込まれていた。
――時速300kmで走る馬車を48時間操作し続けるレース。体感で48時間に設定されているので、完走したとして現実では二時間程度で終わるのだが、過酷という次元ではない。
山あり谷あり、自然の中を走り続ける。スリル満点、針振り切ってる。
ちなみにチームプレーは許されているが、一人乗りである。交代は、止まった状態の人間が時速300kmの馬車に飛び移り行わなければならない。なぜなら、走り出した馬は完走するか事故るかしないと止まらないから。
『このゲームVRMMOって聞いてたんだけど、人間の限界に挑むゲームだったのか?』
そんな素朴な疑問が、公式掲示板に寄せられていた。
「なんすかこれ」
「生き地獄かな」
ポカンと口が開いてしまう。実感が湧かない。どんな生き地獄だ。
「ここだけ特別扱いなんだな。トカレストの時間の概念は分かってるよな?」
確かこの世界の一日が、現実の四時間。近藤と遊ぶのは大体いつも四時間。六分の一の計算だ。
「酷いと思ったんだな、運営も。二日分の耐久レースが二時間に短縮されてる」
酷いと思うなら、そもそもやめろよ。
「他にもある」
「聞きたくないんだけど……」
「まあ、俺だって言いたかないんだけど、そうね」
近藤もさすがに私の落ち込みようが気になるようだ。
「なんか辛そうだな、いいや。要約するとあらゆる理不尽に耐え、あらゆるゲームに精通し、ハイレベルで実践出来て、しかも実際の運動能力も必要とされる。あらゆる能力だ。精神力も並大抵ではすまない」
人間の限界に挑むゲーム……そのままじゃないか。こんなの、もうゲームじゃねえ! バンバンとテーブルを叩く。周囲の注目を浴びたが、そもそも人が少ないのでもう気にしない。この時点で人少ないとかどんだけだよ! が、近藤の話はまだ続く。聞きたくないけど、我慢するしかない。
「ミステリーパートなんていう変わったものもある。殺人事件に巻き込まれるんだ」
「謎解き? いける、死体は勘弁」
「いや、耐久ものだ」
「なんでミステリーで耐久になるの!」
「犯人は結構早く見つかる。探偵役がさっさと解決してくれる」
「何しに参加するの……」
「基本見てるだけ、それ大事。犯人の自白あんだろ、お決まりの」
ああ、よくある崖の上で自白とかそんなのか。
「そうそう。犯人の自白が四十八時間続く」
「四十八秒にまとめろよ!」
「そう思うが仕方ない。で、そんな自白聞いてられるか?」
「絶対寝る」
「だろ。でも、そうするとこうなる」
――今、犯人はなんと言いましたか?
チャット欄にそう表示された。
「で、1.○○と叫んだ。2.○○と喚いた。3.○○と太った」
「選択しろと?」
「時間内に正解しないと失敗。犯人が真面目に聞けと切れて全員殺しにかかる」
「その方が早い! 返り討ちにしてやんよ!」
「周囲にわんさかいる登場人物の誰かが怪我したり死ぬと、賠償金請求される」
「なんで!」
「知らん。とにかく責任全部押し付けられる。失敗出来ない。これを丸二日、現実で八時間耐える」
リアルにお腹空きそう。
「呑気だな。とにかくこんなんばっか。戦闘も過酷だけど、嫌がらせのが過酷。こういうゲーム」
……近藤、いいお話ありがとう……心が折れそうだよ、パト○ッシュ……。
「さすがに折れたか? ここで退くのも勇気だ。無駄な時間になりかねん」
それは諭すような口ぶりだった。でも諭されることなど一つもない。
「何言ってんすか近藤さん……全然折れてないっすよ……私折れさせたら大したもんっすよ……」
私切れさせたら大したもんっす……折れてないです。ピヨリ状態、頭の上で星が回ってるかもしんないけど精一杯強がった。本音言うのなら……正直嫌ですよそりゃ……色々意味ねーし……。それでも、折れるわけにいかないんだ。
「近藤……覚悟決めよう。耐久ものはなんとかなる。攻略情報つきの近藤がいてくれたら、いけるよ! むしろこう言いたい、近藤は私が必要だろう!」
「まあ否定はしないが、あえて修羅を選ぶのか……かなり不毛なんだがなあ」
めいっぱい頷いた。近藤と二人で攻略してみせる。誰もまだクリアしてないゲーム。メインスーリー。一番乗りは無理かもしれないけど、最後までやり遂げよう!
「姫、どうなるか知りたい。魔王が誰なのか知りたい。ラスボスをタコ殴りにしたい!」
「課金したくない、だろ」
ああそうさ! そらそうよ! 金がないからな!
「最後まで付き合ってくれ近藤。このゲーム……このゲームつくった奴らとの戦いだ!」
マジで不毛だと思うがなあ……近藤はそう呟いて黙り込んだ。でも私は逃げない。じっと近藤を見つめて、不動明王のように威風堂々オレンジジュースを追加する。もう一杯くれ、リアルじゃそうそう飲めないんだ。
「いいタイミングだと思うよ正直。ここで手を引けば確実に楽しめる……」
やめてくれ近藤と、私はその言葉を遮った。近藤にも気持ちが伝わったらしく、それ以上は何も言わずに受け入れてくれた。
「じゃあ一つだけ、口で言うのは簡単だ。今ここで覚悟の程を示してくれ」
至って冷静な口調で彼はそう言った。つまり、ヴァルキリーに転職しろということか。了解、上等、退路は自分で断つさ!
さっとヴァルキリーの転職証を取り出し、指で挟んだ。決まってるはずだ、いいポーズだと思う。ちょっと写真撮って欲しいぐらい。
この転職証は、売れば最低でも十万円。けどそれがなんだ。いや待て十万か……いやいや忘れよう、そんなことはどうでもいいんだ!
近藤はただ黙って私を見ている。背中を押すつもりもないらしい。上等、使うぞ。私が半神、ヴァルキリーだ!
「転職証、ヴァルキリー発動!」
光に包まれ謎にくるりと一回転。白い世界に包まれ私はアーチャーに別れを告げる。世にも稀なる低レベルヴァルキリー誕生の瞬間。アーチャー、今まで楽しかったぞ……ありがとな……ブループラネットは凄かったよ。絵的に。
――白い世界から戻ると、強い違和感を覚えた。これ、絶対なんか頭に乗っかってるよね。背中に何か生えてる気がするんだけど。なんだこれは。
「おめでとう。今日から加奈、お前がこのチームの主戦力、エースだ」
近藤はそう言って手を叩いている。
何故か周囲の人々からも祝福され、少し照れたが正直些細なことだった。
退路を断ち、メインストーリーを踏破するに相応しい条件が揃った。
そして、それに相応しいパートナーが目の前にいるのだ。




